第22話 文字

「結構お早いお戻りね、リベラート」

「いやあ、少し教えただけですぐに吸収しちゃうからさ。今日は初回だし、あんまり

やりすぎるのは良くないかなって」


 俺とリリアが文字の練習をしていると、戻ってきたリベラートとリリアが話し出した。


『早かったな』


 俺はこの数時間で覚えた文字を、土魔法で空中に浮かび上がらせる。


「……ッ!?もう文字を覚えたのかい!?」

『覚えた訳じゃない。そこにある表と照らし合わせているんだ』


 俺が独自に日本語とこの世界の文字を照らし合わせた表を作ったのだ。

 リリアはかなり不思議そうな顔をしていたが、まあ俺にしか分からない表だろう。


 俺が文字を扱ったことにリベラートは驚き、文字がまだ読めないノアは不思議そうに首を傾げるも、俺が作り出したものが文字だと分かると身を乗り出した。


「私も!私も文字を習いたい!」


 おお。かなりの食いつきだな。


「私だってレイとお喋りしたい!!」


 迫真の表情でリベラートに縋るノアは今までにない熱量を持って、まるで脅迫しているかの如く勢いでお願いしていた。


 俺としては嬉しい限りだ。

 なんだかんだ、まだノアと会ってから三日しか経っていないものの、この三日は何かと忙しかったから構ってやれていないのだ。


『俺からも頼む。俺だってノアと話したいんだ』


 なんてったって推しだからな。


 俺のそんな意思を見て、リベラートやリリアはポカンとした表情になった。

 どうしたのかと思ったが、次の瞬間にはリベラートは爆笑してしまった。


「ふふっ。ハハハハ!レイ、君は本当に魔物かい!?俺には娘と話したい不器用な父親に見えるよ!」

「……全くね。言葉が通じるのは分かっていたけれど、こうも人間に近い考え方をしてるなんて思わなかったわ……」


 突然笑い出したリベラートと呆れたリリアの様子に、唯一文字が読めないノアは何故彼らがこんな態度をとるのか分かっていないようで、少し不機嫌そうにしていた。


「……私を放って三人で楽しそうにしないでくれない?」

「ふふ。ごめんごめん。レイはね、ノアと話したくてたまらないみたいだよ」

『そこまでは言ってないだろ』


 俺が反論するとリベラートはまたしても愉快そうに笑うのだった。


 ノアが文字を読めないことを良いことに、リベラートによる偏向報道が罷り通ってしまっている。なんと横暴なことか。いやまあ、話したくてたまらないっていうのは何も間違いではないんだけどさ。


「本当に!?」

「ああ、本当さ」

「なら早く私に文字を教えてよ。さあ、早く!」


 なんだかノアのやる気がヒートアップしている。

 無駄に体力を消費しないといいんだけど。


 そんな風に心配していると、リリアがジト目で俺を見てきた。


「……アンタのせいよ。もうそろそろ日もくれるっていうのに、ノアのやる気は鰻登り。果たしてノアが私たちを離してくれるかしら」


 …………。


 まあ、何とかなるんじゃない?





 





 ノアが全力を尽くして文字の勉強をしている隣で、俺はふと思いついたことを試していた。


「*&%~!$#”!」

「……ッ!?……今の、アンタ?」


 横にいたリリアが肩を揺らして驚いた後に、俺に向かってジト目を寄越してきた。驚かせたのは申し訳ないが、俺がやったことには変わりがないので頷く。


「一体何?今の不快な音は」

『風の魔法の応用で、喋れないかなと』

「……は?」

『音って空気の振動だから、魔法を上手く扱えれば実質喋ることが可能なのかなって』


 そう思って試してみたのだが、出てきたのは気色の悪い音の羅列だった。

 何よりそんな細かい空気の扱い方なんて魔法があったところで難しすぎることが分かった。


 ただまあ、諦めるという選択肢はない。どうせ暇だし、音は分かっているのだから試行錯誤で何とかなるかもしれないから。


『あと土魔法で文字を起こすのなんか汚いから今から水にするわ』

「……そんなことはどうでもいいのよ。問題はそんなに細かく魔法を扱える技量がアンタにあることなの」

『……?何か問題があるのか?』

「……まあ問題と言うより、アンタが強い魔物だってことが分かったくらい。少なくとも魔法技術に関してはリベラートと同等かそれ以上ありそうだってことが分かっただけよ」


 ただ、風の魔法で声を出そうとすると、とてつもない集中力と魔力の精密動作が求められる。難しいだろうと言うことは察していたのだが、これは思った以上に難易度が高そうだ。


「……あのさ、君たちの会話を盗み聞きしていた訳じゃないんだけど、レイがやろうとしている事って超高度な技術だよ?そもそも音になるってだけで凄いのにさ」


 ノアに文字を教えていたリベラートがこちらに向いてそう言った。その隣ではノアが期待に満ちた目で俺のことを見てくる。


「いつかレイと喋ることができるかもってこと?」


 そんなノアの疑問に、俺はいいえとは言えない。

 やったろうじゃねえかよコノヤロー!何が超高等技術だってんだ。こちとら数十年魔法に触れてきた魔法オタクだぞ!


 そう心の中で啖呵を切りながら、俺はノアの疑問に力強く頷いた。


 すると、ノアは笑みを浮かべて言った。


「頑張って!」


 こりゃあ、頑張るしかなさそうだな。

 

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