第11話 休息

「ノアさんはどこですか?」


 そう言われたので俺は二階を指す。


「どうやら、少し早すぎてしまったようですね」


 そうですよ。まあ、時間の概念が曖昧なこの世界では仕方がないことなのかもしれないね。


 とりあえず座りたまえ、なんの用があってここに来たのか俺が聞いてあげよう。


 なんだか二階がバタバタと慌ただしく物音を立てている間に、俺はウィルをリビングへと招いた。

 ウィルは袋に詰めた食材や衣服、それから日用品などを持ってきてくれたようである。


 萌え袖状態となっている俺の腕をウィルへと差し出すと、彼も俺が何を主張しているのかが分かっているらしく持っていた荷物を俺に渡してくれた。


 さて、君も座りたまえ。ノアが下りて来るまで時間がかかるだろうからね。俺は適当に椅子を引いて、そこにウィルを座らせた。


 何か話があるのなら俺が聞いておくけど、何かある?


 そう思うが、俺からは何も伝えられない。とりあえずウィルの目の前に俺も座って、彼が何か言うのを待つことしかできないのだ。


「……本当に、何もしてこないんですね」


 今更だね。何かするなら俺は既に何かしている。


「レイさんは、何故人間を襲わないんですか?」


 そんなことを聞かれても俺は答えようがない。まあなんだ、とりあえず首を竦めてみよう。これで何かが伝わるとは思わないけど。


「ああ、話せないんでしたか。すいません」


 いえ、お気になさらず。


 そうこうしているうちにどたばたと身支度を整えたノアが降りてきた。


 うん。美人だ。流石は俺の推し。とは言え、まだ服は昨日のままだし、昨日から風呂にも入っていないだろうから清潔かと言われるとそうでもないんだけど。それでも可愛い外見をしているのだから凄いよね。


「あ、ウィル」

「おはようございます。ノアさん。こちらに生活に必要なものは粗方揃っていますので、ご使用ください。それと、日が昇り切った頃合いに幹部会合がありますから、その時になったら呼びに来ますね」


 そう言ってウィルは帰ってしまった。

 

 あっけない。まあいいか。


 とりあえず、貰った食材や日用品を片っ端から見てみよう。

 三つの袋に詰められたのは、一つは日用品、一つは食材。もう一つは本などの娯楽の品だった。


 ……これ、俺が文字を勉強するいい教材になるのではないかな?まあ、一朝一夕で何とかなるとは思わないけど、発音が分かっているのだからあとは文字と照らし合わせるだけだし意外といける……のか?


「ん?レイ、どうしたの?固まってるけど」


 そう聞いてきたノアに本を見せる。


「本だね。これは、大英雄シルバの物語だよ」


 大英雄シルバ?

 

 聞いたことがない人物の名前が出てきて困惑するも、この世界で伝わっている伝承かなんかなのだろう。この世界はゲームの世界観ではあるが、現実でもある。勿論、歴史もあるわけで。


 俺はこの本を開いて、文字を指さした。指ないけど。ローブの垂れた袖だけれども。


「……?あ、何が書いてあるのかって?」


 そうですそうです!


「読んで欲しいってこと?」


 うんまあ、微妙に合っているけどちょっと違うな。そんなニュアンスを込めてジェスチャーしてみる。

 すると、ノアも首を傾げて俺の意図を読み取ろうと考えて始めた。


「あっ!文字を教えて欲しいってこと?」


 そうです!


「……ごめん。私も文字は分からないの。私、昔は奴隷だったから、教養とかは全くなくて……。その物語は有名だったから、私も表紙で判断しただけなの」


 おいリベラート!なんだこの采配ミスは!


「後で一緒にリベラートさんに教えて貰おうね」


 俺の推しに悲しい思いをさせやがって許せん。後で問い詰めてやる。主にノアが。

 まあ、本なんて超貴重品を与えてくれるというのはそれだけ心配されているという証なのだろうか。


 この世界では娯楽なんて上流階級だけが持ち得るものだ。資源がカツカツなこの領内じゃ本なんてものに貴重な資源を使っていられない。守護者はそれが手に入るだけの地位にあるという裏付けでもあるんだけどね。


 とりあえず、朝食にしましょう。夜中にこの家の構造を大体把握しておいたし、科学文明は発達していないとしても、魔法がある為か入浴の習慣だってあるし、貧しいが故か食の文化や調理法に関しても、できる範囲内で工夫しようという努力を感じる。


 さながら文明が進んだ古代ローマのような生活形態だな。

 魔法があるとはいえ、水道設備は整っているようだし、生活するのに困ることはなさそうである。


 さて、まあ朝食づくりと行きましょう。

 パンもあるし、肉や野菜、卵なんかもある。割れないように保護されていて感心だ。


「レイ?」


 俺が食材を持ってキッチンへと向かったことが不思議だったのだろう。

 まあ、適当にベーコンと目玉焼きとパンでいいか。俺も別に料理が上手いわけでもないし。


 俺が料理を始めたのを見て、ノアがなんだか呆れている様子だ。


「レイって、何で魔物なのかな?」


 なんでだろうね。俺もよく分からない。

 まあとりあえず後五分くらいしたら出来上がるから座って待っていたまえ。


 そうして、出来上がった料理を皿に盛り付けノアに渡す。

 パンと目玉焼き。王道の組み合わせだな。俺は食べれないけど。


「……なんか、安心する味だね」


 それは良かった。卵を割るのに苦労した甲斐があったというもの。


「昨日もレイに作ってもらった串焼きだったし、もしかして私の胃袋を掴む気だったり?」


 なんちゃって。なんて楽しそうに笑うノア。


 胃袋を掴めるだけの料理センスは俺にはないけど……修行しようかな?



 

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