第10話 一段落終えて

 俺の能力をその身で体験して放心状態になってしまったリベラートを見るのは凄く楽しかった。性格が終わっていると言われようと楽しかったものは楽しかったのだ。


 南部統括との話も恙なく纏まったところで、俺はまたもや布に包まってノアに背負われていた。俺のことについては時間を掛けてゆっくりとこの南部の守護者たちへと馴染ませていくというプランで行くらしい。


 うん。いいと思う。突然魔物が仲間になりましたよ。なんて宣言するよりは情勢を見ながら慎重になることは悪くない。とは言え、当分は俺の自由が無くなるということなんだけど。まあいっか。


 ノアと俺を案内しているウィル。これから空き家に案内してくれるということだが、流石に一軒家だと持て余す気がするんだよね。原作だとシェアハウスにして使っていたような気がする。仲の良いグループにまとまってシェアするか、一人が好きだからアパートの個室にする人など自由度は高い。


 守護者生活区画はやはり人数に対して設備が無駄に多いのだ。誰も使わない家やらなんやらがそこらにある。


 もう夜だからなのか、俺たち以外に人は出歩いていない。ちょくちょく明かりがついている家が窺えるくらいだ。


 ウィルに案内された家は、そこそこ立派な一軒家だった。ここに二人で住むの?持て余さない?なんて思ったが、そう言えば俺が魔界で過ごしていた家も持て余していたっけ。今更だったりする?


 掃除に関しては魔法でどうにかなるだろうし、意外といいのかも。


「それでは、僕はこれで。明日、また会いましょう」

「うん。今日はありがとう」

「いえ、僕はやるべきことをやっただけですから」


 ノアとウィルがそのようなやり取りをして別れる。やはり、過酷な環境に身を置いているかなのかウィルは精神的に成熟している。


 家に着いたらまずやるべきことは、俺を解放することだろう。布に包まっているのも別に苦痛という訳ではないのだが、やっぱり自分で動く方が良い。


「なんだか、凄いことになっちゃったね」


 そうだな。ノアが能力に覚醒していたのだからこうなることは読めていたが、リベラートが冷静で言葉の通じる人物だったことも大きいだろう。


「私、実は領に帰ったところで奴隷に戻るのが精々だと思ってた……。だけど、統括様は優しいね。私の居場所もくれるなんて」


 それは違うさ。くれたんじゃなくて、ノアが勝ち取ったのだ。


 そう伝えたいけど、俺の思いは言葉にはできない。なんともじれったいことである。

 とりあえず、頭でも撫でておくか。俺に手はないけど、物理的な接触は出来る。


 ほれ、頭を差し出しなさい。自己肯定感を養いなさい。


「……レイ?」


 俺が頭を撫でると、ノアは最初はポカンとしていたがやがて目を薄くして俺に体を預けた。


「……ありがとう」


 まだ、精神的に安定しているわけではなさそうだ。

 俺の能力で回復させることもできるかもしれないが、流石にそれは不健全すぎる。それに、無理やり直した精神がその後悪影響を及ぼすという可能性も否めない。


 しばらく頭を撫でていると、ノアも疲労が限界だったのかそのまま眠ってしまった。

 俺は彼女を抱きかかえ、ベッドへと運ぶ。


 原作では、主人公のヒロインの一人として活躍していた彼女だが、性格は刺々しかった記憶がある。今の彼女を見るとそんな面影は微塵も感じられないけれど、まあ良い変化として受け入れた方がいいんだろう。


 さて、ノアも寝たし、一安心。でもまあ、俺は寝れないんだよなあ……。


 不眠で活動できるのはまあメリットでもあるけど、デメリットも大きい。前世で不眠が可能ならそれは喜んだと思うよ。寝る間も惜しんでプレイしたゲームや読んでいた漫画を読めるのだから。

 活動時間が増えたのならその分仕事をしてそうだという現実は見て見ぬふりをする。


 だが、魔物の身ではやることがない。ただでさえ娯楽が少ないこの世界で、娯楽とは微塵も関われないこの立場では暇で暇で仕方がないのだ。


 そのおかげで魔法と能力の研究ができたと言えばそれまでなのだが、それ以外にやることなかったんだよね。気まぐれに魔物を殺したりもしていたっけ。


 

 とりあえず魔法の練習でもするか。


 この世界の魔法は四つの元素を扱う物だ。火、水、風、土。この四つを操り、攻撃に用いたり防御に用いたりするのだ。

 『零落のユートピア』本編において、魔法が用いられた戦いはそこまで多くない。魔物と戦うときは大抵能力だし、対人間でも相手が魔法を使ってくると言うだけでこちらは能力で圧倒すれば良いだけの話だ。


 ん?ストーリーで対人間の戦闘シーンがあるのかって?


 まあ、あるにはある。あるにはあると言うだけだ。あまり気にする必要もないだろう。


 俺が扱う魔法は、火と風、そして水と土である。そう、全部だ。まあぶっちゃけ全部扱えたところで器用貧乏になるだけなので、普段は風を主にしている。魔法を扱う相手がいないけど。



 まあそんなことはさておき、明日は幹部会合だ。


 原作において、幹部と呼ばれた人物は五名。

 『ローズ』『ツバキ』『エリク』『アリベルト』『リリア』の五名だ。そして、その上にリベラート統括がいる。


 ここが原作開始の一年前ならば、恐らく幹部のメンバーも変わっていないだろう。まあ、みんな常識人である。問題は俺を見た瞬間に攻撃してこないかどうかだけれど、まあそうなったら俺も全力で逃げるまで。


 さて、これから朝までどうやって暇を潰しましょうか。












 朝やで。うん。気持ちの良い朝ですね。

 恒星の日が大地を照らし、気分良く目を覚ましてくれる。俺は夜通し醒めっぱなしだったけど。暗いよりかは明るいほうが好きだ。


 夜が似合いそうな外見をした魔物だというのに朝が好きなんだってツッコミはなしで頼む。


 さて、そろそろノアも起きる頃合いかな。なんて思ってノアの部屋に行ってみる。

 すると、そこには焦ったように飛び起きているノアの姿があった。


 どうしたのだろうか。何か嫌な夢でも見たのか。そんな心配をしながらノアの近くに寄ると、彼女は俺を見て少し驚いた後、安心したような表情に戻る。


「おはよう、レイ。寝坊したのかと思ったけど、そう言えば私はもう奴隷じゃなかったね」


 ……反応に困るよ。

 ご主人様のお世話をする奴隷が主人よりも遅く起きるなんてあってはならないと躾けられたが故の習慣なのかもしれないけど、ここではそんなことは考えずに生きて行って良いのだけどね。


 とりあえずノアの頭を撫でておいて、リビングへと戻る。


 何十年ぶりかの朝ごはんでも作ってあげようかと思ったが、そう言えば食材がなかった。


 そんなことを考えていると、玄関のドアがノックされる音がする。誰だろうか。


「ノアさん。僕です、ウィルです」


 ああ、ウィルか。ちょっと待ちたまえ、日が出てからまあまあな時間が経ったとはいえ、ノアは今起きたばかりなのだ。女子には身だしなみを整える時間が必要だよ。


 なんて思ったが、放置するわけにもいかないのでとりあえず俺がドアを開けるか。

 と思ったけど、俺がドアを開けた拍子に外にいる誰かに見られたら大問題だ。魔法で遠隔で開けることにしよう。


 風の魔法でドアを少し乱暴に開き、ウィルの背から押すように風の魔法を当てる。


「え?わわっ!?」


 何が起きたか分からないような戸惑った様子のウィルの声を聞きながら、俺はドアを閉めた。


「……レイさん。貴方の仕業ですか……」


 そうわよ。まあ、なんにせよいらっしゃいウィル君。




───────────


 Tips:ノア・グラン

 原作では今までの人生経験から最初の内は守護者すら信用できなかった。この時空ではレイに出会ったことで、ある程度精神的に余裕が持てているため人間不信はなくなった。


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