第9話 リベラートの戸惑い

 リベラート視点

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 目の前の魔物、彼の存在感は俺が今まで見てきた中でも随一の物がある。

 魔界から生き延びた『ノア・グラン』そして、彼女に協力したという『レイ』と名付けられた魔物。


 全く、ウィルは物凄い案件を俺に持ってきたものだ。だが、ノアが生きていたことは俺にとって何より救いとなったし、レイに関してもあまり疑心を抱くこともないだろうと思っている。


 レイの思考のメカニズムは俺たちのような人間と同じだろう。言葉が通じるという点、ノアの味方をし、彼女をここまで連れてきたという点を加味すれば、人と同じ、或いは近しいものであると考えていいだろう。

 何が彼を突き動かしているのか、その行動理由は恐らくノアにある。態々助けるくらいだ、彼にとって彼女が特別な存在なのかもしれない。


 レイが俺たちと敵対する確率は極めて低いと考えていいだろう。敵対するとしたらもっと上手くやる。彼ほどの知性があるのなら尚更だ。何より、人間を殺したいのであればここに入ってきたことが何よりの悪手である。


 レイの背後に何者かがいるという可能性も考えたが、その可能性も低い。何より連絡手段がないというのが一番の理由になる。“中”の誰かと繋がっている可能性はない。魔界に出る人間なんてノアのような境遇を除けば皆無だからだ。


 通常、魔物は人間を殺すというためだけに生まれてきた存在だ。だというのに、自我を持っていて言葉すら通じる。こうなって来ると人間と遜色ないだろう。こうして考えると、やはり彼はかなりのイレギュラーだ。


 レイの存在を公にすることのデメリット。ああは言ったが、正直俺はあまり不安視してはいない。と言うのも、他の地区の守護者たちがどうなのかは知らないが、ここ南部において我々は一枚岩だという確信がある。


 互いに命を預けあう仲間で、物理的にも近い距離で生活している俺たちに壁はあまり存在しない。多分だが、俺がレイについて仲間たち全員に伝えたところで彼らはレイの安全性について信用してくれるだろう。勿論、領内の権力者たちに伝わらないように秘匿も心がけてくれるはずだ。


 だから、俺としては今すぐにレイについて話してしまっても問題はないと思っているのだが、急いては事を仕損じる。やはり慎重になるべきだ。


 突然魔物が仲間になりました!などと公表してもいたずらに動揺が広がってしまうだけだ。まずは幹部たちを説得し、ある程度時間を掛けてレイの安全性が確認された時に、徐々にレイの存在を広めていけばいい。


 俺だけでなく、幹部たちのお墨付きもあれば彼らだってすぐにとは言わないものの納得はしてくれるはずだ。

 とりあえず、明日に五名の幹部を集めて意見を聞き、それから彼女たちの処遇について決定すればよい。ノアに関しても魔界から生還したという極めて稀なケースであり、彼女に関しては領内では既に死んだことになっているだろう。そのため、俺たちで預かってしまっても問題ないだろうけど。

 

 レイに関しては、外を出歩く時は布を被ってもらうことを言い聞かせれば何とかなるだろう。明日まではウィルを傍に付けておけばいい。


 俺の中で思考がまとまったところで、何か疑問はないかと問いかける。話すべきことは全て話したはずだ。ああ、住居に関して言っていなかったからそれについての質問が来るかもしれないな。


 なんて暢気なことを考えていた俺の耳に入ってきた言葉は、今までの全てを無に帰すほどの衝撃を内包していた。


「レイって、『能力者』なんですよね」


 …………。


 待って。


 待って欲しい。ほら、ウィルだって滅茶苦茶驚いてるじゃん。そんな重要な情報をさもついでのように出さないで欲しい。魔物が能力者?冗談でももっと上手いことを言って欲しい物だよ。


 そんな風に悪態を付くが、理性では彼女が伊達や酔狂でそんなことを言っているわけではないと言うことが分かっていた。こんな真面目な場面でそんな冗談は笑えないし、冗談だった場合、何より肝が据わりすぎている。このことは事実なのだろう。


 俺は天を仰いだ。


 どうしろと?

 前代未聞だぞ。能力者の魔物なんて。


「ち、ちなみに……どんな能力なのかな?」


 多分俺の顔は引き攣っているのだろう。かろうじて口から出た疑問はノアを経て彼に伝わった。


「レイ、お願い」


 ノアがそう言うと、レイは頷いて俺に向かって能力を使用してきた。特に目に見えて何かが起こったわけではないが、確実に聖気が俺の体内へと流れ込んでくるのを感じる。


「…………」


 …………。


 か、回復系の異能……。



 魔物が! そんな! 能力を! 扱うな!



 体力、気力、精神力、そして僅かにあった外傷すら完璧に癒えているのが確認できた。

 回復系の能力者など貴重だ。俺たちのような能力者、いや魔法使いならばある程度は回復能力を持っている。だがそれは聖気や魔素による自然治癒力の向上程度であって、これほどの物ではない。


 それに、回復系の能力者は、この南部の守護者四十七名の中でたった一人だ。それほど貴重なのである。


 益々手放すことが出来なくなった。もしレイが敵対するような事になったらただじゃ済まないだろう。


「……君の処遇については最善を尽くすことを約束しよう。色々と言いたいことは沢山あるが、とりあえず今日のところはこれでお終いにする。もう夜も更けてきた、住居についてはこちらで手配しよう。ウィル、空いている家が何軒かあるのは分かるね?彼らを連れて行ってあげてくれ」

「分かりました」

「それじゃあ、また明日。明日になったらこちらから呼びに行くからそのつもりでね」


 俺がそう言うとノアとレイは一礼して、レイを布に包んでから去って行った。

 そのすぐ後をウィルが追いかける形で執務室を後にする。


 全く、凄いことになったね。

 明日の幹部会合に関しては問題ないだろう。彼らは物分かりが良いから俺の説得で何とかなる。説得材料だって揃っているからね。


 それにしても、レイの能力は効果が幅広すぎる。もう夜だというのにさっき受けたレイの能力のおかげで活気が湧いているんだもの。

 彼の存在を守護者たちに公表できれば、いずれは誰でも彼の治療を受けることが出来るようになる。そうなると、俺たちの生存率も大幅に上がるだろうし、何より士気の向上にも繋がる。


 遅くて一年、早ければ半年くらいでレイの存在について周知させたいところだ。


 そのためにも、まずは目下の幹部会合を成功させる必要がある。


 気を付けるべきことはレイの存在をこの南部の守護者区画だけで秘匿することくらいだ。

 今日は色々と驚くことが多かったけれど、彼の存在とノアという戦力が増えることは喜ぶべきことだ。

 

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