第8話 イレギュラー

 布から解放されたのは俺はふよふよと統括の気も知れないで風雅に浮いていた。ははは。


 統括、リベラートは驚きこそしたものの俺に対して攻撃を行うようなことはしなかった。俺としては、リベラートが俺と言う魔物を前にして殺しにかかってくる可能性を十分に考慮していたのだが、部下を信頼していると言うことだろうか。


「……驚いたよ。まさか魔物とは……」


 そう言いながらリベラートは目を見開いている。如何にも驚きと言った表情だ。


「それに、俺でも見たことがない種類の魔物だ」


 おや。そうなのか。リベラート程の人物が知らないとなってくると、俺は正真正銘の新種なのかもしれない。ストーリーパートでも探索パートでもこんな魔物は出てこなかったから。

 それか、続編に登場する魔物なのかもしれない。そうだとしたら俺はお手上げだな。


「彼は魔界で私を助けてくれた恩人です。人を襲うことはありません」


 そうフォローするのはノアだ。再三言うけど人じゃないヨ。


 そんなノアの言葉に、リベラートは顎に手を当てて考えている。


「魔物が人間に味方する……。そんな事例は少なくともこの領では初めてのことだ。魔物が誕生して五十年の月日が経過しているけれど、人に味方した魔物なんて聞いたことがない」


 でしょうね。だって俺のケースはなんの参考にもならない物だもん。異世界から転生した人間の自我が宿っている魔物なんて前例があってたまるか。俺はイレギュラーなのだ。


「うーん……」


 悩んでいる様子のリベラート。

 

 統括として人々の安全を、もっと言えば部下である守護者たちの命を預かっている身だ。下手な判断をして被害が出てからでは遅い。そう言う立場から、俺と言う劇物をどのように処理するべきか迷っているのだろう。


「そう言えば、自己紹介がまだたった。俺の名前はリベラート。リベラート・ローゼリアだ」

「私はノア。ノア・グラン。こっちはレイです」

「ありがとう。それじゃあノア、俺の考えを言うけど、良いかな?」


 そう言うリベラートにノアは真剣な眼差しで頷いた。

 

「まず、俺としては何を考えているのか分からない魔物……レイだね。レイを放置するのは危険だと判断する。こうして見るだけで理性があるのは確実だ。彼との意思疎通は可能かい?」

「はい。喋れはしないけど、こっちの言葉は理解しています」

「……なるほど」


 ノアの返答に対してより深刻そうにするリベラート。眉間に皺を寄せて考えている姿は、なんとも言い難い圧を感じる。イケメンが凄んでいるとこうなるんだね。


 そんな俺の呑気な思考回路をぶった切るかのように、真剣に話し出すリベラート。


「そこまでの知性があって、ノアの味方をする理由が今のところ全く考えられない。人間と遜色のない知性を持った魔物なんて前代未聞だ。特殊な個体を除いて魔物に自我なんてものは備わっていないと考えられてるからね」


 そうだね。原作知識を持っているものとして言わせてもらうと、魔物に自我はない。これは断言できる。まあ、リベラートが言ったように特殊な個体を除くが、その特殊な個体だって人間と同等の知性なんてものはない。

 精々、あって猿程度のものだ。それでも十分驚異なのは否めないが、守護者の敵になるかと言われると首を傾ける次第だ。


「レイの行動原理が既存の魔物と同じであるならば、ノアは既に殺されているだろう。だから、レイが少なくとも無闇に俺たちを殺そうとしているわけではないことは分かった。レイの目的が内部からの攪乱だったとしても、そう簡単に俺たちは倒せないだろう」


 それには俺も完全同意である。


「だけれど、俺が彼を危険だと判断したのは何も戦力としての脅威という訳ではないんだ」

「……と言うと?」

「俺が危険視しているのは、『魔物』がこの生活区画に侵入したという事実そのものさ」


 どういうことだろうか。俺が、いや、『魔物』が生活区画に侵入したという事実が危険。

 物理的な脅威の話はしていない。俺が疑問を抱くと、リベラートは続けて言った。


「俺たち南部の境界守護者は結束力が強い。だから、レイの存在を公にしてもみんな結果的には受け入れてくれるという確信がある。しかし、だとしても魔物に対して恐怖心を抱いている子もいるし、それに加えて俺たち守護者の扱いは“中”ではあまり良いものではないんだ」


 なんとなく話が見えてきた。


「つまり、レイの存在に疑問を抱く子が出てくる可能性もあるし、最悪の場合は俺たち守護者が二分化する可能性もある。“中”の権力者たちは俺たちのことを都合のいい地雷か何かだと思っている節があるし、レイの存在がバレたらノース領が割れるだろう」


 そうだった。民衆の守護者に対する思いは大抵は良いものだけど、権力者は守護者たちを良く思っていないのだ。魔法に加えて能力なんて強力な力を扱う存在がクーデターなどしようものなら一瞬でこの領の頭は挿げ変わるだろう。


 領内にも騎士団や魔法師などという対人の戦力を保有しているが、それでも守護者との差はある。

 

「俺たちが反乱分子だと認定されると、東部や西部、北部の境界守護者たちすら敵に回る可能性がある為、安易にレイの存在を表に出したくない。最終的にはレイの存在をこの南部の守護者にのみ公表するだけなら俺は良いと思っているけど、流石に現時点だと尚早すぎる」


 なるほどね。


 南部の守護者たちの精神的な側面やノース領内部の権力者たちに対する不信感を考慮して、安易に俺の存在を公表することは避けるべきだと。

 

 うん。慎重すぎて悪いことなんてない。俺としては受け入れてくれるだけありがたいのだ。


「レイに関してはかなり重要な案件になるから、明日にでも幹部全員を招集して会議を行うことになるだろうね。それでいいかい?」

「はい。私は問題ないです。レイは?」


 ノアがそう聞くので俺も頷いておく。そんな俺の仕草に、ウィルは目に見えて、リベラートは表情や仕草にこそあまり出ていないが驚いていた。

 

「じゃあ、レイに関しては当分はその布の中に入れて移動することになるね。君たちの部屋に関してはこちらで手配しておくよ。何か他に聞きたいこととかあるかい?」


 話も纏まろうとした頃だ。

 そう言えば、と一言断りを入れてからノアが言った。


「レイって、『能力者』なんですよね」


 その一言でリベラートは今度こそ天を仰いだ。


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