第7話 統括
守護者の生活エリアへと足を運んでいる最中に魔物が現れるなんてことも無く俺たちはテクテクと歩いていた。まあ、俺は歩いてないんだけど。
布の間から見える光景を目に焼き付け、二人の会話に耳を傾ける。
「失礼ながら、お名前を伺っても?」
「私は、ノア。ノア・グラン。貴方は?」
「僕はウィルです。ウィル・ステイル。今年から南部に派遣された新人です」
ウィルが新人。原作では確か二年目だったような気がする。となると、ここは原作開始一年前と言うことだな。
ウィルは派遣されたなんて言っているが、能力者が誕生する経緯なんてクソみたいなものが多い。
偶然発現したケースもあるだろうが、それは稀だ。多くの場合はノアのように、命の危機に瀕しなければいけない。
原作では、態と能力者を生み出すために素質がありそうな人物を数名魔界に放り出すなんてこともされている。それでも、能力に目覚めるかどうかは分からないのだ。
ウィルがどのように能力に覚醒したのかは知らないが、まあ禄でもないことなのだろう。
「ノアさん。貴方は能力に目覚めていますね?」
「うん。そうだよ」
「やはり。そうなると、ノアさんにも守護者として活動してもらうことになると思いますが……」
言外にやりたいかどうか聞いているのだろう。
ノアの境遇を考えると、魔物に対して拒否反応があってもおかしくはない。俺は例外として、可能性はなくはないのだ。まあ、それは杞憂だけど。
「私なら大丈夫。どうせ、行く当てもないしね」
「そうですか。なら、僕たちは歓迎しますよ」
ウィル・ステイル。彼もまた、よくできた少年だ。歳はこの時点だと十六だったはず。
はあ。この世界、結構ハードモードだよな。
俺が少しだけ憂鬱になりながらも彼らは進む。
そろそろ守護者の生活エリアの場所へと近づいてきたころだ。区画の出入り口は地下通路となっており、魔物に発見されないように巧妙に隠している。
入り口に到着し、ウィルは地下への入り口を開いた。人が一人入れるくらいの大きさの穴が現れる。
「まずはノアさんが入って、それからこの魔物を入れるから」
人一人分の大きさしかない入り口なので、俺を背負ったままでは些か入りにくい。そのため、一度俺を降ろす必要がある。まあ、そんなこんなで工夫しながら通り、ようやく生活エリアへと足を踏み入れた。
そこで俺が抱いた感想は、
敷地は申し分なく広いのだが、何より住んでいる人々の数が少ない。能力者の絶対数は限られているためそれは仕方がないのだが、それにしても使われていない空間が多いように感じる。
まあ、それも仕方がないか。なにせ、原作時点で南部守護者の数はざっと五十名程度。そんな少数しかいないが、仮にも人類の英雄である。設備は豪華にした方が良いということなんだろう。
ここで生活している守護者は全員が若い男女だ。遠くにいる人たちを眺めていると何やらこちらを見て驚いている様子。ノアの存在に対してだろうか。
「そろそろ司令部です。統括と色々とお話することがあるでしょうが、いいですね?」
「うん。問題ないよ」
南部境界守護者統括か。
確か、原作時点では『リベラート・ローゼリア』という男性だったはずだ。かなりの強者で、単独で魔物の軍勢程度なら壊滅させられるほどの力がある。
というか、守護者は全員強い。この少数で魔物を退けられる力を持っているのだから当然っちゃ当然なのだけれど。
ここに来るまでに何人かの守護者とすれ違ったが、誰も彼も中々のやり手だった。流石の俺も守護者複数と同時に戦うなんてことがあったら死んじゃうね。
かなり立派に作られた建物、原作でも絵として見たことがあったが現実にあると圧倒させるな。生活エリアの中心部に聳え立つ簡易的な城のような建物だ。
この中では統括を含め幹部の人間が仕事をしている他、非番で暇をしている守護者が遊びに来ていたりする。ちなみに、守護者は全員生活区画から内側へと行くとこは禁じられている。
守護者というのは個々人が圧倒的な戦闘力を持っている存在だ。味方であるうちは良いが、為政者としてはこの独立した武力は扱いに困るのだろう。
司令部の中に入り、統括の執務室へと向かう途中ですれ違った人々が俺が入っている布を見て怪訝そうな表情をしていた。まあ、そうなるわな。
「統括。入りますよ」
ノック二回で中からの返事もないのに扉を開けるウィル。守護者たちは歳の近い男女と言うこともあって、家族みたいに遠慮がなかったりする。お互いの距離も近いし、無礼だとか言う人もいないから当然だ。
「……ウィル。流石に俺の返事を待とうよ。ノックの意味がないって」
まあ、ここまで無遠慮なのはレアケースなんだけど。
ウィルの無遠慮な態度に呆れている美男子。赤髪で落ち着いた雰囲気を醸し出している優男といった風貌の彼がリベラート・ローゼリア。南部境界守護者統括だ。どうやらこの時点で既にこの地位にいたみたいだな。
「さて、そちらの彼女は……」
リベラートがノアに向き直ると、彼は目を見開いて驚いていた。座っていた椅子から音を立てて立ち上がり、ノアの目の前までやってくると、彼女の顔をまじまじと見つめ、やがて安心しきったようにノアの肩に両手を置いた。
「良かった……生きていたのか……」
ノアは何が何だか分からないという雰囲気だが、俺には分かる。この男は責任感が強いのだ。
「すまない。俺たちが領主たちの凶行を止められなかったばかりに……!」
まあ、なんだ。統括と言う立場にある彼には人々を守るという強い正義感が宿っている。そんな彼は、自身がノース家の行った凶行を見て見ぬふりをしたことが許せなかったのだろう。昨日の今日とは言え、ノアの顔を覚えていたというのも正義感の強さ故なのだろう。いや、奴隷全員の顔を覚えていたんだろうな。
自分には関係のないノアの境遇にここまで同情し、心から救われたような表情をする彼は根っからの善人だ。まだ二十一歳だというのに。
「……謝らなくていいです。それに、悪いのはあのクズ共ですから」
「……そうか。だが、謝罪は受け取ってくれると俺としても嬉しいかな」
「そうですか。なら、謝罪を受け取りましょう。私も許します」
少しばかりの笑みを浮かべてやり取りする二人の間には確かな信頼が芽生えているようだ。ノアもリベラートに対して警戒心が無くなっている。
「統括は思い詰めすぎです。ここではこのようなことなど日常的に起こりますから。彼女には悪いですが、いちいち心を痛めていては精神が持ちませんよ」
「相変わらず手厳しいね、ウィルは」
いや、ウィルだってノアを見た時は心底安心したような表情だったじゃん。君も人のこと言えないでしょ。ノアも同様の思いなのか、少し呆れた様子である。
あれかな。憧れの存在に対するツンデレ的な。そう言う要素が彼にはあるのだろう。
「それで、彼女が持っているその大きな荷物は何かな?多分、それが本題なんだろう?」
統括が俺が入った布に付いて触れる。
「そうですね。まあ、ここからはあまり人目に触れないような極めて重要度が高い案件ですから慎重にお願いします。僕ではどうしようもないことですから」
「そんなに大事なの?」
「ええ。ではノアさん。お願いします」
そうして、俺は解放された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます