第4話 歪だが純粋な絆
俺の体に縋りついて号泣している少女。名をノア・グランと言う。俺の推しだ。
と言うか、俺って触れられたのね。てっきり非実体系の魔物なんだと思ってたよ。あ、でもノアが掴んでいるのはローブだし、本体についてはまだ分からないのか。
さて、串焼きを食べて限界を迎えてしまったノアはこの通りだ。まあ、無理もないだろう。ノアの境遇について予め知っていたとしても、こんな憔悴しきった姿は労しい。労しすぎるよ!
だけど、そんな逆境を乗り越えた彼女に俺は脳を焼かれたんだけどね。逆境……逆境にしては辛すぎないか?
そんな彼女であるが、ひとしきり泣いた後に目を赤く腫らしながら俺に対して上目遣いで問いかけてくる。
上目遣い……威力が高すぎる。俺は魔物ではあるが中身は一般男性のそれである。前世で推しだった人物に上目遣いで縋られるシチュエーションなんてそそるに決まっているだろう。
「あなたは……私の味方なの……?」
当然でしょうが。君は俺の推しだぜ?味方じゃないわけないんだよな。
俺が頷くとノアはさらに泣きそうな顔をするが、それを我慢して天使と見紛うような笑顔を浮かべた。
「ふふ……。ありがとう」
十八歳には見えないような妖艶な笑みを浮かべているノア。
あれか、激動の人生で身に付いた男を魅了する術とかそういうやつか?
なんにせよ魔物の俺でも心を揺らされてしまうほどの威力がある。これは危険だ。俺が守ってあげなきゃ。
そんな謎の使命感に駆られるが、それはどうでもよいので一旦置いておこう。今の問題は、どうやってノアを帰すかだ。
原作において、ノアは一人で魔界を突破しノース領に戻ってこれた。だから、ここで俺がほったらかしにしたとしてもいずれ帰ることは出来るのだろう。
……だがそれで良いわけがない。
原作において彼女は隻眼だ。目の前にいる彼女の瞳は両目とも健在であることを踏まえると、彼女はこれから魔物との戦いで片目を失うのだろう。
俺はそれを容認できるような人間ではない。……元々人間ではないというツッコミは置いておく。
目の前で苦しんでいる少女を放っておいて俺は一人でぬくぬくと魔生を過ごすことなんてできやしない。
だから、俺はこれから彼女の傍を離れないようにしようと思う。俺は言葉を話せないから意思疎通は行動で示すことになるが、まあ問題ないだろう。
「あなたは、喋れるの?」
俺は首を横に振る。首があるのか分からないけど。
「言葉は分かるんだね」
はい。
「ふふ。なんだか面白い」
そうか?俺はそんなに面白いとは思わないけど。
そんな思いが彼女に伝わったのか、彼女は話し出す。
「ふふ、ははははは!もう、滅茶苦茶だよ。生まれてからずっと、地獄みたいな生活をしていたのに。誰も助けてくれなくて、物みたいに扱われるのが当たり前だと思ってたのに。私を救い出してくれた英雄が、まさか魔物だなんて……。なんて皮肉なことだろうね?」
そんな笑顔で言われても……。大丈夫?精神がおかしくなったりしてない?
いや、原作でそう言う描写は見られなかったし大丈夫だとは思うけどさ。
「ねえ、魔物さん。貴方に名前はあるの?」
名前、名前か。転生してから何年たったんだろうか。多分数十年は経っていると思う。もう何度夜が訪れたのかなんて数えてすらいないけど。
錆びついた記憶を掘り起こせば、前世の俺の名前も分かるのだろう。だけど、今世は今世。この世界において俺の名前はない。
俺はゆっくりと首を横に振った。
「そっか。そうだよね。普通、魔物に名前なんてないか。……よし!じゃあ私が名付けてあげよう!」
今までで一番の笑みを浮かべて宣言するノア。
推しに名付けられるのか。かなり嬉しい。いやほんとに舞い上がりそう。
どんな名前になるんだろうかとワクワクしていたら、ノアが口を開いた。
「うーん。幽霊みたいだし、レイでどう?」
安直!圧倒的安直!だが、それでいい!
俺は思いきり首を縦に振った。
「気に入ってくれた?ならよかった!」
うむ。推しが嬉しそうで俺も嬉しい。
さて、俺の名前がレイに決まったところでこれからどうするのか。それを決めなくてはいけない。だが、俺は話すことが出来ないのだ。筆談をすればいいのではないかと思ったが、この世界で話されている言語は日本語だが、文字は独自の物なのだ。
これは、日本で作られたゲームだから言葉は日本語だが、それはそれとして設定上独自の文化が発展していることからくる齟齬だと考えている。
そのため、俺の意思を伝えるには【はい】か【いいえ】もしくは身振り手振りでの身体言語となるだろう。
こうなって来ると、俺は積極的に誰かとコミュニケーションを取るのが難しくなる。必然的に受け身な姿勢となってしまうだろうが、そこは甘んじて受け入れよう。
とりあえず、彼女が今後どうするのか。その動向を見守ることにする。
そう決意して幾分か経った頃だ。ノアもまだ肉体、精神共に完全に癒えておらず、ベッドで横になっていた。俺の能力で癒すことも可能だが、時には時間が必要なこともある。
俺もたまに余った猪肉を焼いたりしてノアに差し出したりしている。そのたびに小さく微笑んでは「ありがとう」と言ってくれるので止められない。
正月に親戚で集まった時のジジババ並みに猪肉の串焼きを上げそうになったが、それは自重した。
そろそろ辺りも暗くなってくる頃、ノアは切り出した。
「ねえ、私帰ろうと思ってるんだ。レイには悪いけど、私は魔界で生きていけない。それに、あんな所でも私にとっては故郷なんだ……。いい思い出なんて欠片も思い出せないけど、それでもあの土地が好きなんだ。いや、好きなんかじゃないのかもしれない。私の居場所はあそこだって本能に刻まれてるだけなのかもしれない。だけど……」
優しいね。君は優しすぎる。俺もついさっき思い出した記憶だけど、あんなことをされておいてまだ郷愁を抱いているのは凄いを通り越して怖いところまである。
まあ、俺にも少しは郷愁がある。もうだいぶ錆びた思い出だけど、でもそれはあの国にたくさんの良い思い出があったからだ。
だけど、どれだけ悪い思い出しかない場所でも故郷に思いを馳せるのは人間として普通のことなのかもしれない。
「だから、ここでお別れ。レイは私たちの所には来れないし、来たとしても境界守護者に殺される。……ちょっと名残惜しいけど、私は行くよ」
バイバイ。
そう言ったノアは横になっていたベッドから立ち上がり、ドアへと歩き出した。
そんな彼女の背は何かを覚悟したような重みがあった。
……ノア、君は本気なんだな。君がそう言うなら、分かったよ。
まあ、一人でなんて行かせないけどね!
……?え、当然だろう?なんで俺が推しを見捨てられると思ったんだい?行くにしろ行かないにしろ、俺が彼女を一人にするなんてできるわけがない。そんなものは当たり前のことだ。
何より、俺は強い。自画自賛になるがここら辺の魔物がどれだけ徒党を組もうと勝てる自信がある。護衛としては最適だろう。
境界守護者たちに関しては別に何でもいい。俺はいつでも死ぬ準備をしているのだから。とりあえず彼女が領に戻れればいいわけだ。そこまでは俺が護衛をしようじゃないか。
家を出たノアは目の前の狼型の魔物と早速戦闘に入ろうとしていた。
今の彼女の実力ならあの一匹程度なら難なく倒せるだろう。だが、それは俺が頂こう。
「……え?」
俺の能力によって魔物は内側から破裂した。
単純な話だ。魔物にとって『聖気』は弱点。そんな聖気を用いて回復させる俺の能力は、魔物にとってはただの毒なのだ。
俺は呆然としているノアに近づいた。
「わ、私に付いてきてくれるの……?」
無論だ。
その意味を込めて力強く頷くと、ノアは今度こそ満面の笑みを込めて言った。
「ありがとうッ!」
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