第2話 お持ち帰り

 俺が現在拠点にしている古びた民家に連れて帰ってきた。どうやらかなり疲弊している状態の様だったので、長らく使っていなかったベッドを綺麗に掃除し、そこに横たわらせる。俺には睡眠と言う概念がないので、使っていなかったベッドはかなり埃を被っていた。


 さて、どうするか。魔物としての勘が言っている。この子は既に能力に目覚めていると。


 目覚めたら真っ先に殺される可能性すらある。


 だからなんじゃい!こちとら未練は無いって言ったばかりじゃ!魔物なめんなよ。そもそも俺の能力は回復系だ。攻撃されたところで回復してしまえばいい。


 そう簡単に死んでやるつもりもないわ。


 さて、ベッドに寝かせたノアを見る限り命に別状はなさそうだ。念のため能力を駆使して体の状態を確認してみたが、疲労による睡眠状態と空腹状態らしい。


 ……ふむ。とりあえず起きる気配もないし、野生動物でも狩りに行ってみようか。


 家を出て、適当にふらふらとぶらついているとそこらへんで野生の猪を発見した。人の手が入っていないため、魔界では野生動物がたくさんいる。動物たちにとっては過ごしやすい環境なのかもしれないな。


 さて、じゃあ魔法を使ってさっさと狩ってしまおう。


 うん?魔法が使えるのかって?


 ああ、使えますよ。と言うのも、この世界において『魔法』と『能力』は別物だ。魔法は魔素によって四つの元素を操る技術。訓練すればある程度は誰でも使えるようになるものだ。

 『能力』と呼ばれるのは、その人固有の魔法のようなもの。例えば、俺は他者を癒すという能力だし、他にも重力を操るだとか、倍速で動くとか色々とある。


 この『能力』を扱うには、体内にある『聖気』を使用する必要があるのだが、聖気を扱うには能力に覚醒しないといけないというなんとも融通が効かない物だ。ちなみに、魔核にとって聖気は毒なので、能力者にしか魔物を殺せないというのはそういう理由がある。


 え?俺はなんで能力が扱えるんだって?魔物なら聖気を使用する能力は自爆行為じゃないのかって?


 わっかんね。俺が転生者だからじゃないだろうか。元人間だから起きるイレギュラー的な。

 あれ?そうなってくると人間側は誰も俺を殺せないじゃん。


 ……驚愕の事実が明らかになってしまった。


 いや、そんなことはないと思うけどね。多分、聖気が魔核に触れないようになっているのだろう。俺の体の構造って謎だし、それくらいはあり得るんじゃないだろうか。


 さて、そんなこんなで猪も狩れたことだし、そろそろ家に戻ろう。料理なんて俺は出来ないので、ただの丸焼きになるだろうけど勘弁してもらいたいな。


 

 ただいまー。


 風の魔法で浮かせた猪と共に家に入る。すると、そこには驚愕で目を見開いている一人の少女の姿が。


 ……………。


 にーらめっこしましょ。笑うと負けよ、あっぷっぷ。


 はい。そんな場合ではなくなりました。

 俺の姿を視認したノアは一瞬だけ驚愕に体を固めていたが、すぐに状況を理解すると能力を駆使して俺に攻撃を仕掛けてきた。


 彼女の能力は『念動力』効果範囲内の物体を操ることが出来る能力だ。


 彼女はすぐさま家の中にあるありとあらゆる家具を操り、その全てを俺に目掛けて飛ばしてくる。当たったらひとたまりもないだろう。

 しかし、これでも俺は魔物である。伊達に何年も自分の能力を研究してきたわけではない。


 俺は風の魔法でその全てを吹き飛ばし、相殺すると家のドアを閉める。万が一この家に人間がいると他の魔物にバレてしまっては襲われるのが目に見えているからだ。


 そんな俺の様子をどう捉えたのか知らないが、ノアは表情を強張らせて俺自身に能力を使用してくる。


 ……これは。覚醒したての能力者とは思えないほどの出力だ。原作において単独で魔界を突破しただけある。

 彼女はこの一手で決めるつもりだったのだろう。俺の首辺りに力が込められる。だが、弱っている彼女の出力では俺相手に決定打とはならない。


 伊達や酔狂で転生してから鍛えてきただけある。まあ、やることがなかっただけとも言うけど。

 今の俺の実力はかなりの物だと自負している。故に、彼女の弱った念動力では俺をその場に固定することすらできない。

 

 俺は彼女の念動力に抵抗し、打ち消す。


 その瞬間、彼女は負けを認めたのか、諦めの表情でこちらを見てきた。

 ……殺されると思っているな。まあ、無理もないか。魔界に迷い込んでどれくらい経っているのかは分からないが、少なくとも能力に覚醒するだけの何かがあったのは明白だ。


 今まで魔物と戦い続け、へとへとになりながら逃げてきたのだろう。


 なんか、そう思うと余計に優しくしてあげたくなるな。

 よし、こちとら元人間だぞ。同胞が相手なら優しくしてあげないとな!


 と言うことで、一周回って清々しくなったノアを見ながら俺は狩ってきた猪の頭を落とす。

 風の魔法による斬撃だ。かなり便利。そして、血抜をする。具体的なやり方は分からないけど、頭を落として下に向ければ何とかならない?


 家の中だけど、溢れる血液は風の魔法で外に吹き飛ばしているので問題ない。

 掃除機の要領である。猪から風魔法で血を吸い取って、それを窓の外から捨てる。


 そんな俺の様子をポカンとした表情で見るノアの姿はなんだかおもしろい。俺が感情表現豊かな魔物だったら今頃笑っていただろう。


 そんなこんなで血抜が終わったら、適当な家具を細い串に加工し、細切れにした肉を串に刺す。火の魔法を使用して直火焼きだ。


 そうしてできたただの猪肉の串焼き。串焼きにした理由は単純明快。皿がないからだ。さっきの戦いで家具のほとんどを壊されてしまったからね。ま、俺はぶっちゃけどうでもいいけど。


 ノアは俺が差し出した串焼きを呆然と見つめている。まるで意味が分からないとでも言いたげだ。

 まあ、気持ちは分かるけれど。話が通じないと思っていた生物に食べ物を恵まれるってどんな気持ちなんだろう。少なくとも嬉しくはないだろうね。


「た、食べろってこと……?」


 困惑しながらノアがそう言う。


 あらやだ可愛い声。


 そう思いながら俺は頷いた。


 恐る恐る串に手を伸ばすノア。なんだかじれったいがここで無理やり押し付けてしまうと怖がらせてしまう可能性が高い。ここはゆっくりと待つべきだ。

 

 そんなこんなで俺から串焼きを受け取ったノアはそれをじろじろと観察すると、意を決したように勢いよく食べた。

 まあ、味に関してはそんなにいいものでもないと思う。塩を振りかけたわけでもないし、適切な下処理をしたわけでもない単なる猪肉を焼いただけのものだ。


 そんな粗末な食べ物だが、ノアは一度口にすると目に涙を浮かべて必死に食べた。涙で顔がぐちゃぐちゃだが、それでも食べることは止めなかった。


 人が何かに必死になっている姿と言うのは、誰かの心を動かすものだ。救いを得たかのように嬉しそうなノアを見て、なんだか俺は後方父親面をしてしまう。


 確か、ノアの境遇と言うのはひどいものだったはずだ。


 俺はもう数十年前の錆びついた記憶を頼りに、ノアについて思い出す。


 ノア・グラン。彼女はイグナー王国、ノース領の奴隷だったはずだ。領地を治める権力者の一人に買われ、娯楽として魔界に放り投げられたという過去を持つ。魔界に放り出された彼女のその後は、この通りだ。


 ……かなりひどいな。


 推しではあるがその前に一人の少女。例え俺が魔物であろうとも彼女の味方でいようと決心した瞬間だった。



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