ゲーム世界で魔物に転生してしまった俺、前世で推しだったヒロインを拾ってしまう

根丑虎

第1話 推し、拾う

 俺が前世でプレイしていたゲーム『零落のユートピア』

 その世界に俺は魔物として転生してしまった。


 このゲームは人類、いや、守護者と呼ばれる人々と魔物の戦いを描いたゲームである。守護者とは何らかの要因により人を超えた力を手にした人々のことである。そして、魔物とは自我を持たない化け物たち。邪神ファルカスによって生み出された人類に敵対的な行動を取る存在のことだ。


 魔物には【魔核】と言う物が備わっており、魔核を壊すことでしか殺すことが出来ない。そして、魔核を壊すには守護者が持ち得る力でしか破壊することが叶わないという特徴がある。


 鬼畜要素として、守護者としての力は若い男女にしか発現しないというおまけもある。


 そんな守護者たちが人類の生存圏と魔物の生存圏、その境界を守るために戦うというのが物語の主軸だ。

 人類の生存圏を掛けて四六時中戦うことになる守護者たちを描いたストーリーは、はっきり言って重く暗い。


 転生したばかりの頃は、ゲームの登場人物たちに味方してあれやこれやと原作知識を生かしながら活躍してやるぜ!なんて思っていたものだが、普通に考えて魔物の俺がのこのことやってきたら殺されるだろう。

 俺の見た目は完全に人外なのだ。喋ることすらままならない。そんな存在が人類の生存圏に近づいて見ろ。全力で叩き潰されるのがオチだ。



 今の俺は魔物の生存圏、所謂【魔界】そこでひっそりと暮らしている。

 ここは元々村だったと言うこともあって、人類の生存圏とは近い位置にあるものの、一軒家等人類の文明が残っている地域でもある。


 元々人間だった俺からしてみると、文化的な生活が出来る分精神的にありがたい。雨風に当たりながら獣のように生きるなど、人としてのプライドが傷つけられる。


 魔物である俺に食事は必要ない。何を原動力にしているのかと聞かれれば、空気中の魔素だ。魔力ともいう。魔核によって空気中の魔素をエネルギーに変換しているのだ。かなりエコな生命体である。


 そして、空気中にある魔素に上限は存在しない。そのため、魔物に寿命はない。殺されない限り死ぬことはないのだ。これは人間にとってかなり脅威となる要素でもある。なにせ減る手段は限られているというのに、生殖機能がある魔物の場合、時間が経てば増えるのだ。悪夢でしかないだろう。


 原作キャラたちが苦しむ様子は、前世でたくさん見てきた。だが、今の俺にできることはない。せめて、誰も殺さないように、そして殺されないように生きて行くのだ。


 ちなみに、今の俺の外見は古びたローブを身に纏った足がない人型実体と言った感じだ。足がないのでずっと浮遊している状態である。ローブの中身は何も纏っていないが、裸であるわけではない。というか、ローブから露出して見える体の部分は全てが闇なのだ。真っ暗でそこに何があるのかさえ分からない。


 顔はフードで隠されているが、例に漏れずただの闇が広がっている。しかし、その中に赤い点が二つだけ存在している。まるで目のように。


 手はない。全てローブの下に隠れているが、前に自分で見た感じただの闇だった。だが、物をつかむことは出来る。


 前世でプレイしたゲーム中ではこんな魔物は出てこなかった。どんな名前なのかすら分からない。

 だが、こんなに不気味な見た目をしているというのに扱える能力は回復系なのだ。生物を癒したりする正に回復。いやギャップよ。


 まあ、ある程度戦うことだってできる。と言うか、その辺の有象無象よりは数段強いのではないかと言う疑惑が俺の中で生まれている。




 さて、今日も今日とて日課となっている散歩をすることにする。俺は暇なのだ。

 散“歩”なんて言ってるけど、浮遊して移動しているだけだ。


 まあ、そんなことはどうでもいい。


 【魔界】なんて聞くとおどろおどろしいイメージが先行してしまうかもしれないが、ぶっちゃけそんなことはない。太陽……かは分からないけど、少なくとも恒星の光は地上を照らしているし、夜だって訪れる。

 人の手が加えられていないから、生い茂る自然は豊かだ。見ているだけで癒されるほどの緑が広がっているし、ここからさらに進めば花畑だってある。


 元々、魔界なんて領土はなかったのだ。魔物が誕生して、人間が生きていけなくなった地域を魔界と呼んでいるに過ぎない。


 日課である散歩をしていると、そこら中で魔物たちが練り歩いている。

 犬のような四足歩行の魔物や、オークやゴブリン、首なしの西洋甲冑なんかもいる。


 俺も魔物なので彼らから攻撃を受けるようなことはない。


 ふよふよと浮きながらいつもの散歩ルートを通っていたところだった。人間の営みがあった痕跡がそこかしこに点在している。壊された家や教会。燃え残った石垣など。


 やることがねえなあ。


 魔物として不老なのは良いのだが、娯楽もなければ食事すら不要なこの体では人間として生きた記憶が邪魔だ。無駄に時間を潰しているような気がしてならない。


 自分の能力についての研究とかはやっているが、それにしても他にやることがないって言うのは苦痛だ。


 そんなことを考えながらいつもの花畑に着いた。ここは何故かよく分からないが魔物が寄ってこない結界が張られている場所だ。魔物がおらず、お花を愛でることが出来るこの空間は俺にとって一つの癒しスポットと化している。


 何故結界が張られているのかは分からない。だが、元々ここに住んでいた人が張ったのだろう。大事な場所だったのかもしれない。


 色とりどりの花と色とりどりの蝶。見ているだけで精神的に何かが満たされてくる気がしてくる。


 そんなことを考えるのも束の間、俺は花畑の中心に何かが倒れていることを視認した。


 ……人か?いや、だけどここに人が来れるとは思えない。しかし、魔物ではないことは確かだ。


 とりあえず近づいて確認してみよう。


 そう思って近づいて見ると、そこにいたのは一人の少女だった。年の頃は十代後半だろう。スラっとした肢体に女性らしさが主張している体つきは正に十代後半の少女だった。


 いや、そんなことよりもさ。


 …………推しじゃん!?


 知ってるよ!この子。前世でプレイしたゲームに出てくる『ノア・グラン』だよ!

 俺の推しだよ!推し!


 え、どうしよう。なんでこんなところで倒れてるの?原作で魔界に一人で訪れるようなイベントあったっけ……?あったわ。原作開始前の時点で一度魔界に迷い込むが自力で帰ってこれたというエピソードがあったわ。

 

 ただの素人が魔界に迷い込んで、そこから守護者として力に覚醒して単独で人間界に帰ってこれるなんて前代未聞だって言っていたな。


 え、じゃあ放っておくのが良いの?……いや、流石に倒れている少女を見捨てるなんてできないな。

 推しが苦しむ姿なんて見たくないし、ここで拾っておこう。


 なに、殺されたとしても俺は今世に未練はない。推しに殺されるなら本望だ。



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 Tips:魔界

 人類が生息できなくなった地域。この世界は魔界の中に人間の都市が点在している。

 例えるのなら、東京や大阪、名古屋などの主要都市以外が住めなくなった日本というイメージ。

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