第1章「葛藤」

失意のどん底にあった南城航平は、かつての上司や同僚との再会を機に、自分の人生を見つめ直し始める。彼らとの会話の中で、AIがトレーディングの世界を席巻していく様子が明らかになっていった。


「南城、お前も聞いたか?シルバーマン・サックスがAIトレーディングシステムを導入したらしい」と、南城の元上司である田村が切り出した。田村は南城がローマン証券に入社した当時から、彼の才能を認めていた。


「ああ、あのシステムか。人間のトレーダーを全て解雇したんだろう?」と南城は尋ねる。

「そうだ。他の大手証券会社も追随するのは時間の問題だ。我々も生き残るためには、AIを活用せざるを得ない」と田村は言葉を続けた。彼の表情には、時代の変化に翻弄される者の苦悩が浮かんでいた。


田村との会話の後、南城は別の元同僚、鈴木と食事をともにしていた。鈴木は南城と同期入社で、常に切磋琢磨し合ってきたライバルだった。


「南城、AIが市場を支配する日が近いんだ。人間の感情に左右されない冷徹な判断力、膨大なデータ処理能力。俺たちには敵わないよ」と鈴木は分析する。


「でも、人間にしかできないこともあるんじゃないか?」と南城は問いかける。


「何だ?直感とか勘とか?そんなものに頼っていたら、すぐにAIに淘汰されるぞ」と鈴木は冷ややかに言い放った。彼の言葉には、南城への挑発とともに、将来への不安が潜んでいるようにも感じられた。


南城は他にも、何人もの元同僚と再会を果たした。彼らとの対話を通して、AIがもたらす脅威の実態が徐々に明らかになっていく。


「AIは24時間休みなく取引できる。ヒューマンエラーもない」

「AIは膨大な過去データからパターンを見出し、最適な売買タイミングを予測できる」

「リスク管理もAIの方が優れている。人間の感情に左右されることがないからな」


元同僚たちの言葉は、南城の脳裏に焼き付いていった。彼は自問する。

「俺にできることは、まだ残っているのか?」


一方で、南城は優美との別れを引きずっていた。彼女の言葉が脳裏をよぎる。

「今のあなたには命を燃やせるものが足りない」

南城は、自分に足りないものが何なのかを必死に探ろうとする。


ある日、南城は学生時代によく通った浅草の古びた喫茶店を訪れていた。大学時代、彼はここで経済学の本を読み漁ったものだ。店内は懐かしい珈琲の香りに包まれ、南城は当時の自分を思い出していた。ふと顔を上げると、恩師の佐藤が目の前に立っていた。


「よぉ、南城君。久しぶりだな」と佐藤は笑顔で話しかけてきた。佐藤は南城が尊敬してやまない恩師だった。

「佐藤先生、こんなところで会うなんて」と南城が驚くと、佐藤は南城の隣に座り、コーヒーを注文した。


二人は近況を話し合った後、南城はAIに仕事を奪われたことを打ち明ける。

「先生、俺はこれからどうすればいいのでしょうか。AIには勝てないと思うんです」

佐藤は南城の悩みを聞き、一言告げた。

「南城君、君はAIにはない強みを持っているはずだ。それを信じることだ」


「AIにない強み?」と南城が尋ねると、佐藤は続けた。

「そう、人間には直感や創造力がある。データだけでは測れない価値を見出す力があるんだ。君にはそれができるはずだ」

佐藤の言葉は、南城の心に深く響いた。彼は、自分の直感と経験こそが、AIにはない武器であると気づき始める。


「先生、俺はこの仕事が好きなんです。でも、AIに置き換えられてしまうのは目に見えています。どうすれば……」と南城が言葉を濁すと、佐藤は南城の目をまっすぐに見つめ、言った。

「南城君、君はAIに負けてはいけない。AIにはできない、人間ならではの価値を提供するんだ。そのためには、自分自身と向き合い、真の強みを見出すことが大切だ」

南城は佐藤の言葉に勇気づけられ、再起を誓った。彼はAIとは一線を画した、独自の投資哲学を確立すべく、研究に没頭し始めた。


南城は、投資哲学の確立に向けて、まずは自分自身と向き合うことから始めた。彼は自身の過去の取引記録を徹底的に分析し、成功要因と失敗要因を洗い出した。そこから見えてきたのは、南城の直感や勘が功を奏した場面の多さだった。


「俺は無意識のうちに、市場の空気を読んで投資していたのか」と南城は気づく。

一方で、AIには真似できない人間ならではの弱点も見えてきた。感情に流されて判断を誤ったり、疲労からミスをしたりと、人間特有の脆弱性も浮き彫りになった。


南城はこれらの分析結果を踏まえ、自分の強みを活かしつつ、弱点を補うための投資哲学の構築に着手した。彼は世界中の投資家の書籍を読み漁り、歴史的な相場の分析に明け暮れた。また、他のトレーダーとの情報交換も積極的に行い、様々な視点から市場を見る目を養った。


研究を重ねる中で、南城は人間ならではの感性が生み出す「勘」の重要性を再認識する。彼は、数字だけでは測れない市場の空気を読む力を養うため、日本国内の各地の取引所を訪れ、ベテランのトレーダーから話を聞いた。


「相場というのは生き物なんだ。チャートだけ見ていても、本質は掴めない」と、ある年配のトレーダーは語った。

「どういうことでしょう?」と南城が尋ねると、彼は続けた。

「相場には、人間の心理が反映されている。それを読み取る力が必要なんだ」

南城は、トレーダーの言葉に深く頷いた。AIには、人間の複雑な心理を理解することはできない。その意味で、人間にしかできない価値がある。


こうした気づきを得る中で、南城は独自の投資哲学を確立していった。彼はAIには真似できない、人間ならではの直感と論理的思考を融合させた「南城メソッド」を編み出した。それは、市場心理を読み、複雑なパターンを見抜く力を重視するものだった。


南城メソッドを実践するため、彼は再び世界の市場に挑むことを決意する。AIが支配する市場で、人間の叡智の価値を証明するために。


「俺にしかできないことがある。それを世界に示すんだ。」と南城は心に誓った。


見上げた空は、南城の心の内を顕すかのように、晴天がどこまでも広がっていた。

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