闇を衝く
@akihitodesu
序章 「墜落」
2024年、東京。
日本橋兜町に佇むローマン証券の日本支店。そのディーリングルームの片隅で、一人の男が虚ろな眼差しを画面に向けていた。南城航平。かつては敏腕ディーラーと呼ばれ、巨額の資金を自在に操っていた男だ。
「南城、ちょっといいか」
耳慣れた声に顔を上げる。上司の山岸が、いつになく深刻な面持ちで立っている。山岸の表情に、南城は不穏な空気を感じた。
「なんでしょう?」南城が尋ねる。
「会議室で話がある。今すぐ来てくれ」山岸は即座に踵を返し、会議室へと向かった。
会議室に入ると、山岸はAIの端末を指差した。
「これからは、コレで稼ぐことになった」
「どういうことですか?」南城の声に戸惑いが滲む。
山岸は端末の画面を操作しながら、グラフや数字を次々と表示していった。
「ほら、見ろ。このAIは24時間休みなく働いている。文句も言わずに、短期間で君の4倍以上の成果を出しているんだ」
山岸の声は興奮に震えていた。南城は言葉を失い、ただ画面を見つめるしかない。
「君は今月末付で、解雇だ」山岸の言葉は冷徹に響いた。
突然の宣告に、南城の脳裏が真っ白になる。現実という名の漆黒が、彼の意識を飲み込んでいく。
「AIに、俺の仕事を奪われるってことですか?」南城は絞り出すように言葉を紡ぐ。
「そういうことだ。苦渋の決断だが、金融業界も本格的にAIの時代に突入した。私自身もいずれ淘汰されるだろう」
山岸は深くため息をつき、窓の外を見つめた。彼の顔には、時代の変化に翻弄される者の苦悩が浮かんでいた。
「すまないね、南城くん」
山岸は南城に視線を戻し、申し訳なさそうに言葉を続けた。その眼には、長年連れ添った部下への僅かな同情と、避けられない現実に直面した上司としての無力感が滲んでいた。
現実を受け止められず、南城はフラフラとその場を後にした。
夜、恋人の北田優美を喫茶店に呼び出す。優美は、ベージュのトレンチコートに、ひざ丈の白いワンピースを合わせ、ヌーディーカラーのヒールを履いて現れた。
彼女の普段の印象と少し違って見えたが、いつもより短くカットされた髪がそう感じさせていることに気づいたのは、ずっと後のことだった。
優美もまた、南城の同僚だった。南城は重苦しい沈黙の中、コーヒーを啜る。
「クビになった。AIに仕事を取られたんだ」ようやく、南城は口を開いた。
「あら、そうだったの」優美の反応は、南城の予想外に軽かった。
少しの静寂を挟んで、優美はさらりと言った。
「わたしたち、別れましょう」
「なんだって!?」
南城は思わず顔を上げ、優美を見つめた。
「航平くん、今のあなたには命を燃やせるものが足りないのよ。だからAIに追い出されるの」
優美の瞳には、さまざまな想いが交錯しているように見えたが、その決心は固そうに思えた。
一瞬とも永遠とも感じられるような、沈黙。間も無くして、優美は南城を置いて去っていった。南城は、優美の背中を茫然と見つめるしかなかった。
深夜、南城は虚ろな足取りで東京の街を歩く。霓虹が闇夜にぼんやりと浮かぶ。
「命を燃やせるもの、ってなんだよ・・」南城は呟く。
AIに仕事を奪われ、恋人にも去られた。かつてのプライドは木端微塵に砕け散った。途方に暮れる南城に、今は見えない。
自分の人生をどう切り拓いていけばいいのか。闇に呑まれゆくような、孤独と喪失感。
時代の波に飲み込まれ、自己を見失った南城。再起を果たすには、自らの道を照らす光明を見出さねばならない。
南城は、震える足を必死に前へと進めるのだった。漆黒の中に答えを求めて。
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