第7話『傭兵たちのカンタータ』
空港を降りると慣れ親しんだオイルと様々なにおいが混ざった蒸気に包まれる。荷物検査を通過して早々にミケルは重々しいヘルメットをかぶり、かたわらのヘメラにもこれを被るよううながした。
「到着してもいいって言うまで取るなよ。息苦しかったら今教えた空気穴を使え」
「わかった」
タクシーと言うほど上等ではない乗り合いのディーゼル車に体を滑り込ませ、二人は遠目に見えている巨大な鉄骨の建造物を目指す。
「ようこそ、傭兵の街へ」
ヘメラはヘルメットの向こうで微笑むミケルを見つめ、未知の大陸に降りたような気持ちで蒸気にあふれた街をながめた。
『ネオ・プシュケー』のCEOアダム・ピニエルからテロ未遂事件の詫びとして、リゾート地への空港チケットと宿泊チケットをもらったミケルとヘメラだったが、結局行き先が決まらずに話し合いは長引いた。
ミケルは傭兵として長年各地を歩いており、移動にも見知らぬ土地での食事も慣れている。彼にとって旅とは仕事先への移動でありそれ以上の意味を持たない。ヘメラのように一つの街で生まれ育った者とは根本的に生活が違った。
と、そんな話をしていたらミケルの生まれ育ちの話になり、彼は乙女へ母親と死に別れた話をし、その後は傭兵団で育ったと話した。
そうして、二人はミケルが人生の半分を過ごした場所、傭兵団『ジャイアントキリング』へ向かうことになった。
ヘルメットを被った長身
「え? エイトさん?」
「さすがにこれじゃわからんだろ」
ミケル・エイトケンはヘルメットのシールド部分を跳ね上げ、プラチナブロンドの美しい瞳を見せた。
「なんですその姿!」
「色々あって全身義体」
「高そう〜。あ、お連れ様も記名をお願いします」
作業服を着た連れの女性は慣れない様子で名簿表に名を記していく。ミケルは真横の彼女の頭をじっと見下ろした。
「なんです〜? 恋人? 仲良くしちゃって」
「俺の技師」
「あら、失礼しました。義体技師さんならこっちの名簿にも記名をお願いします。あ、電脳……だったら名簿表は使ってないですね。失礼しました」
傭兵団が暮らす鉄塔は物と機材があふれ、人もせわしなく動き続けている。
「後ろ通るよー! 頭下げな!」
「おーい、誰かうちのビリー知らねえか!」
大きな体と声の男たち。たくましい女たち。職人たちに囲まれる中、食堂では雇われ兵士たちが飯をかき込んでいる。
「おーおー、懐かしいね」
ミケルは大勢がいつも通り思い思いに過ごしている様子を
「こっち。足元気をつけな」
ミケルが細い通路と階段を進んで行った先。中央の
「ここは?」
「病院っつったらいいのかね? 戦線に復帰できなさそうな奴らの棺桶みたいな場所よ」
ミケルは小箱を一望できる一角へ向かうと、そこに据え付けられた小さなコンテナハウスの扉を叩く。
「おーいジジイ、生きてるか?」
ヘルメット頭の男が頭を差し込むと、白衣の男性は誰だろうと思いながら老眼鏡を外した。
「おめえみたいな細い奴は知らん」
「俺もなりたくてなってねえよ」
ミケルはヘメラを室内へ招き入れるとヘルメットを取った。
「はー、体の上からヘルメットなんていつぶりかね。嬢ちゃんも取っていいぞ。こいつは俺の親父だ」
ヘメラはヘルメットを外しながら目の前の男性を見つめた。初老に差し掛かると言う白衣の男性はいかにも医者という風体で、老眼鏡を頭の上にかけている。大半が白くなってしまった茶髪。まぶしがりの青い瞳のためか、眼鏡には色が入っていた。整頓された机の上には写真立てがいくつか置かれている。
ミケルの養父はヘルメットを取った女性が最近ニュースで見た有名人だとわかると目を丸くした。
「おい、オルブライトの女社長か?」
「と、その最新作ってところ」
ミケルがプラチナブロンドの髪と瞳をさらすと、養父ジェイコブはさらに目を大きくした。
「おいおい」
「カフィー淹れてくれ。長い話だ」
ミケルは仕事帰りに違法な酒を引っ掛けていたところヘメラの誘拐未遂に出くわしたことから、そのままオルブライトの内部事情に巻き込まれ今日まで過ごしたことを父ジェイコブ・エイトケンへ伝えた。
「ほー、そんでそんな綺麗なバイオ義体に」
「遺伝子との同期率を上げればもう少し生来の姿に近くなるらしいが、まだやってない」
「昔の特徴のねえ顔にするくらいならその整った顔にしとけ。得だろ」
「まー、ナンパは軽く成功しそうではある」
ジェイコブとミケルは肩を揺らして笑い、ヘメラは二人の様子を静かに観察する。
親子というだけあって二人は話し方から仕草までよく似ている。血の繋がりはないのだろうが、家族であることには間違いないのだろう。
二人の視線がこちらへ向くと、ヘメラは椅子から腰を上げ体を深く折った。
「ご子息を危険な目に
あまりに綺麗な謝罪の姿勢を見て、ミケルもジェイコブもぽかんと彼女を見上げた。
「……その、ご子息には慰謝料として五年分の……」
「おい、オルブライトのお嬢さんってのはこんなに生真面目一辺倒なのか? 大丈夫か? 企業の頭だろ?」
「俺ももうちっと世渡りが上手くならねえか心配してるんだがよ……」
「え?」
いいから座れ、とジェイコブはヘメラを手招く。
「あのなお嬢ちゃん、あんたは義体技師でもあり開発者でもあるんだろうが、
「え、ええと……? はい」
「もう既に起きちまったことを深々と謝罪されても困るっての」
「そうそう。もう起きちまったんだ、仕方ねえだろう? 地雷で足が吹っ飛んだ奴はその場で“ここに地雷がなければ!”なんて言うと思うか? 言わねえよ。傭兵ってのはそう言う奴らばっかりさ。やっちまった! それだけだ」
「そ。起きたことに文句言う奴は兵士じゃねえし、問題だの原因がどうのとか言うのは上官の仕事だしな」
「そういうこった」
危険な場所に突っ込んでいったなら起きたことは自分の責任。生き残るかどうかは人となりではなく運次第。ミケルもジェイコブも一貫していた。
「たしかに十年分の生活費もらっときゃあとは一瞬思ったがよ。嬢ちゃんがこんな真面目で
「払うべきコストをきっちり払うってわかってる相手なら文句の言いようがねえ」
「そう言うこと」
優しいと言うよりは割り切っている。二人の価値観を感じ取ったヘメラは視線を落としてうつむいた。
「私はてっきり、ご家族からは責められるものだとばかり……」
「手足が吹っ飛ぶたびにブチ切れてたら胃がもたねえよ」
「精神も保たん。んなことするより、美味い飯食って女と……おっと」
「嬢ちゃんの前で下品な話出したら怒るぞ」
「おうおう、顔も相まって王子様みてえだ」
ジェイコブとミケルはまた声を出して笑う。家族の前ではこんなに笑う人なのか、とヘメラはミケルの横顔を見つめた。
「ん?」
「ああ、いや。何でもない……」
二人の間によい空気が流れていると感じ、ジェイコブはほうと目を見張る。
「でぇ?
「おう。親父の顔見たかったのと、この義体詳しく診て欲しくてよ」
「そこに凄腕の開発者がいるのにか?」
「部外者から見た客観的な評価ってぇーのかね?」
「なるほど。じゃ、ちょっくら拝見させてもらおうか。ああ、嬢ちゃんはここにいていい。ゆっくりカフィー飲んでな」
空き病室の一つに移動したミケルは、小さな窓からヘメラの横顔を確認し父ジェイコブへ向き直った。
「どこをどう見て欲しい?」
「まず頭かな。この義体、バイオなのに電脳いらずなんだよ」
「しょっぱなから滅茶苦茶なこと言うんじゃねえ」
「だって本当にそうなんだよ」
電脳点検用の器具が揃った検査室や採血室を行き来するエイトケン親子を見つめながら、ヘメラはカフィーが入ったマグカップを軽くしていく。
ジェイコブの机には書きかけのカルテ。棚にはこの鉄塔で暮らしている人間たちとの写真や、大量のカルテが飾られたり置かれたりしている。
(義体開発者ではなく、医者から見た私たちのヘルメスか……。その視点はなかったな)
ヘルメスシリーズ、ヘーベーシリーズは退役した兵士たちに第二の人生をと願って作った。バイオ義体は生身に近しく、ゆえに風邪を引いたり病気にかかったりする。これに対抗する免疫機能も有している。
バイオ義体は長年、見かけは人に近しくても素材はプラスチックという状況が続いた。人間であれば、生物であればこの地球が長くつむいできた免疫機能を有しているが、人が作った新しい体では雑菌にすら勝てなかった。プラスチックの体でさえ定期的なメンテナンスを必要とした。
義体は人を大きく離れ機械化し、また人へと戻ってきた。
へメラも父アスコも自信があった。我々は兵士たちの第二の体を作り上げたと。
でもどうだろう? 医者から見て、それは果たして正しい義体だろうか?
ヘメラがこれまでを
(まずい)
ヘメラはパッとヘルメットを取ってかぶった。
その判断は正しく、ジェイコブの診察室へやってきたのは見ず知らずの傭兵たちだった。三人の傭兵はもげた機械の腕や足を抱えていた。
「おーいおやっさん。あれ、いないな」
「お客さんがいるなんて珍しーな。嬢ちゃんどこの子?」
「わ、私は……ええと……」
ジェイコブとミケルが検査を終えて戻ると、診察室にはいつの間にか五、六人の兵士が集まっていてヘメラを囲んでいた。
「お、おやっさん! 遅いぞ!」
「おいてめえら、お客さん囲んで何してる?」
「このお嬢さんすごいぞ! 義体技師なんだってな!?」
「俺の腕診てもらったんだけどよ! なんか接続の仕方がどうとか言ってあっという間に痛みが取れちまって!」
「わかったわかった、いっぺんに話すな」
プラチナブロンドの髪の青年が呆れた顔で兵士たちを見下ろしていると、男たちは誰だろうと首をかしげる。
「で、そこのイケメンは?」
「親父のところに診察以外で来る奴なんて一人しかいねえだろうが」
「……えっ!? エイトか!?」
「おおチビエイトか!」
「チビエイトはやめろっつってんだろうが。ったくよ」
ミケルがヘメラの真横へ腰を下ろすと、彼女はようやくミケルを視界に入れた。
「ああ、おかえりなさい」
「クソどもに触られてねーだろうな?」
「大丈夫だ。その、もげた腕は繋げられないが、足を引きずっていたのでメンテナンスくらいは出来るだろうと……」
「ほー、お優しいこって」
ジェイコブから検査結果は少なくとも十日後、と言われミケルとヘメラは診察室を後にした。
正午をとうに過ぎ、食堂は人がまばらになっていた。ミケルは慣れた様子でカウンターで食事を注文。観葉植物に囲まれた一席で待つヘメラの元へ、二人分のトレーを抱えて戻った。
「へいお待ち」
「ありがとう」
力仕事をする男と女たちのための、大盛りの食事。「二人前はありそうだ」と彼女は見つめる。
ようやくヘルメットを脱いだヘメラは食事に手をつけた。
「ん」
パッと目を輝かせたヘメラを見て、ミケルは微笑んだ。
「うめえだろ。ここは内臓が生身のやつも大勢いるから、飯は豊富なんだよ」
「そうか」
ゆっくり食事をするヘメラを見守り、食休みが終わるとミケルは真剣な顔で話を切り出した。
「嬢ちゃんをここへ連れてきたのは観光目的じゃない。俺たちの今後について話そうと思って連れてきた」
ヘメラはてっきり実家へ連れてきてくれたものだと思っていて、その言葉は意外だった。
「嬢ちゃん、俺に五年分の生活費払ったろ。こいつに理由をつけたい」
「理由? 理由は慰謝料だが……」
「嬢ちゃんが見ず知らずの男に突然金を支払ったって事実がよくねえんだよ。嬢ちゃんの敵は身内だけじゃない。外部にもいる。目的不明の金を払ったってよそに知れたら
彼は一体何を言いたいのだろうか。ヘメラは不思議そうに彼の顔を見つめる。
「嬢ちゃんは今日、この傭兵団へ正式に依頼をして俺を護衛として雇う。これなら目的不明の金にはならない」
「えっ……! し、しかし!」
あれはお詫びの気持ちであって、とヘメラが続けるもミケルは彼女を片手で制する。
「それはわかってる。嬢ちゃんの
ミケルはあからさまに動揺しているヘメラの手を優しく握った。
「もう巻き込まれちまったんだ、文句は言わねえ。けど金に関してなあなあは駄目だ。わかるだろ?」
優しい手の温かさ、ミケルの
混乱の中にいたヘメラはゆっくりと冷静さを取り戻した。
「……確かに契約書があれば私はあなたをそばへ置ける」
「そうだろ? それに、嬢ちゃんの親父さんから娘を頼むって言われたしな。だったら仕事にしちまえばいいのさ」
「父が……?」
「メッセージ残しててくれてよ」
「…………」
深呼吸を一つ、ヘメラは一度目を伏せて再び見開いた。その表情は間違いなく、オルブライトの若き社長としてのものだった。
「わかった。渡した金額に見合う日数、あなたを護衛として雇う」
「どうも」
ミケルは優しく微笑むとでは、と右手を差し出す。
「雇う側、雇われる側なら対等だ。これからよろしく」
ヘメラはうっすら涙を浮かべると、彼の手を握った。
「ああ、よろしく頼む」
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