第6話『偽物の01』

 リンデルでのチャリティーパーティー自爆テロ未遂事件から七日後。ミケルはヘメラ・オルブライトが大きな液晶画面を前に仕事をしている様子をヘルメット越しにながめていた。

 事件直後、『ネオ・プシュケー』のCEOアダム・ピニエルは警備をおこたったと各企業や軍人たちへ詫びを入れた。

一組八名まで利用可能なリゾート地への航空チケットと、どこのホテルだろうが使宿泊チケットのセットを進呈しんてい。加えて警備体制の見直しを約束した。

ヘメラ、ガブリエル、ラファエルは当然チケットは一番の危機に面したミケルが受け取るべきだと言ったものの、旅行という娯楽から程遠い生活をしていたミケルはチケットをヘメラへ押し付けた。

「では私と旅行だ。行き先は決めておく」

 ヘメラがそう言って七日。彼女は仕事に忙殺ぼうさつされている。はたから見ていても正直、旅行どころではない。


 オルブライト本社という一番危険な場所へミケルが舞い戻ることになった理由は、ラファエルが住む大都市リンデルへテロの危機が迫ったこと。

ラファエルが各地方に一つはあるという別の隠れ家へ移動することになり、ミケルも彼女も当然一緒に行動するものだと思っていたが、ヘメラとガブリエルから待ったがかかった。そのもう一つの理由はあと一時間後に控えている。

 執務室で書類を片付けていたヘメラは画面右上の時計をチラリと確認し、背後に控えているミケルと、ヘルメス05ゼロファイブへ振り向いた。

「そろそろ移動しよう」

「おう、了解」


 いかつい装備に身を包んだミケルとヘルメス05ゼロファイブは、軽機関銃を手にヘメラの三歩後ろをついて歩く。

 オルブライト本社の大廊下を白衣姿で進んでいたヘメラは、前方から歩いてくる兄の姿を視界にとらえると露骨に表情を変えた。

「ほお、歓迎してくれるね」

 一番折り合いの悪い長兄、レッドレイク。彼にだけはヘルメス01ゼロワン教える訳にはいかない。ヘメラは溜め息を飲み込んで、見目だけは若々しい七十過ぎの兄へ頭を下げた。

「レッドお兄様がこちらへいらっしゃるとは思わず」

来る前に一言知らせろと暗に示しても、レッドレイクは「実家へ来るのに知らせがいるか?」と肩をすくめる。

レッドレイクは今朝もどこかで引っ掛けてきたのか、はたまたいつも通り寝ずに美女たちと一晩を過ごしたのか、きつい香水とアルコールの匂いをただよわせている。

 ミケルはレッドレイクと対面するのは初めてで、ヘルメットの内から彼を注視する。ヘメラとよく似た栗毛に成金感丸出しの派手なナイトスーツ。義体開発という固く真面目な事業の社内にふさわしくない娼婦を両手に、孫のような年齢の妹に絡む姿は滑稽こっけいとしか言いようがない。

そしてミケルの視界にはご丁寧に「危険人物です」と警告が表示された。

「またプロトタイプの見舞いか。利益にはならないというのに、ご苦労様」

 ミケルがヘメラと共に本社へ戻ることになった理由。本日ヘルメスシリーズの搭乗者とうじょうしゃが一人、リハビリを終えて退院する。

 兄レッドレイクへ頭を下げ、早々に歩き出したヘメラは廊下の角を曲がると舌打ちをした。

「あの態度で自分が遺産全てをもらえると思っていたんだ。笑えるだろう?」

「そりゃ面白いな」

「……面白いとは思わないが」

「笑っとけ。小物だってよ」




 ヘメラが屈強な男たちを連れオルブライト社の敷地内にある別棟べつむね、リハビリ棟へ向かうと、ヘルメスシリーズの中でもよりあどけない表情のプラチナブロンドの青年が病院着のままロビーで待っていた。

「病室で待つようにと」

「だぁってー、もう動けるしさ。暇で?」

にこにことしていたヘルメスの搭乗者とうじょうしゃは若き社長ヘメラの背後に立つ男たちをチラリと気にした。

「で、どっちが君の恋人? 今日の護衛は俺のなんだろ?」

「恋人ではない。父に何を言われたか知らないが……」

「またまたー、嘘ついて。ふーん。で、本当にどっち?」

この男も先代社長の戯言たわごとを知っているのか、とミケルは鼻で笑った。

「嬢ちゃんに手ェ出すほどロリコンじゃねえよ」

「へー、こっちか」

 新しきヘルメスはにっこりと微笑むとミケルへ右手を差し出した。

「よろしく。これから人柄を詳しく教えて欲しいな?」

「付きまとう気なら最低限で頼む」

ミケルががっしりと握手を返すと弟は嫌味たっぷりの笑顔を返した。

「ありがたいね。俺も仕事とはいえ男に付きまとうの嫌だし」

「……仕事?」

「ここでは詳しく話さないように。ではアレッサンドロさん、病室へ戻って診察を」

「えー、せっかく出てきたのに!」


 アレッサンドロ・ジャンマリア・バルサモと名乗ったヘルメス06ゼロシックスは、病院着から上品な藍色のスーツに着替えるとご機嫌になった。

「いやぁ、いつ退院できるかと思ったよ」

 ヘルメス06ゼロシックスは個室の姿見で己の新しい外見をじっくり観察すると己へ向かってウインクをする。

「美少女から熟女まで落とせそうなだね。最高じゃん」

「義体の完成度という意味で褒めていただけたのならば嬉しい」

「もちろんそういう意味さ。可愛くてどこへでももぐり込みやすい。俺にとっては最高のだよ。じゃ、行こうか」

 アレッサンドロは当然と言わんばかりにヘメラと肩を組み、一体何事だとミケルは目を丸くする。

「俺はこれから大仕事だから。は静かに見守ってて」


 白衣を脱いだヘメラはアレッサンドロに肩を組まれたままリハビリ棟から移動し、本社の玄関ロビーで待っていたガブリエルとラファエルと合流。そのまま報道陣に囲まれた。

「本日はお集まりいただき誠にありがとうございます」

 ヘメラは報道陣に対し早々に、ここに揃っている美男美女はヘーベーシリーズのプロトタイプとなったヘルメスシリーズだと明かした。

(おいおいおいバラしていいのかそんな堂々と……)

ミケルがヒヤヒヤしている間にも目の前で質疑応答は進んでいく。

「ヘーベーシリーズは退役兵士のための製品だとお聞きしました」

「ええ、最初の発表通りです。しかしこのプロトタイプの義体は、現役の兵士たちにも使っていただけるよう戦闘にも対応しております」

報道陣はおお、と感嘆の声を上げる。

「具体的にはどのような?」

「調整や機能については各個人に合わせているためお話しできませんが、兵士たちがかつての生身を取り戻したがごとく扱えるようにと技術の粋を集めております。このプロトタイプからの派生で、戦闘に特化したモデルもいずれ発表できればと思っております」

「戦闘モデルも出るんですね! 時期はいつ頃!?」

「まだ具体的な日付は決まっておりませんが随時お知らせいたします」

 報道の中にはハゲタカもハイエナも混ざっている。小さなメディアの記者だという男はヘメラへ向かって小型端末の画面を向けた。

から仕入れたものなのですが、その義体の着用者にはここにいらっしゃらない方もいますよね?」

記者が見せたのは先日の自爆テロ未遂の映像だった。あの会場に報道官はごく一部しかおらず、大手の信用ある者しかいない。口の固さと社風が結びついているメディアたちは決して情報を安く売ったりはしないはず。大方、ライバル企業がオルブライトを蹴落とそうと映像を売ったのだろう。

「……どちらから入手したのか知りませんが、御社の信用問題に関わるのでは?」

 ヘメラは呆れ、アレッサンドロはそれを待っていたと言わんばかりに笑顔を振りまいた。

「ああ、先日はがお騒がせしまして!」

報道官たちは一斉にカメラとマイクをアレッサンドロへ向けた。

「これはもう公表される話ですし、いいですよね社長?」

ヘメラのうなずきを確認し、アレッサンドロは天使のごとく優しく微笑む。

「ヘルメスシリーズは全部で十人いるんですよ。俺はの義体なんです。背格好は違うけどみんな雰囲気似てるでしょ? だから兄弟、なんて呼んでるんですよ。本当に家族のように気が合うんでー」

あることないこと両方を混ぜて話すヘルメス06ゼロシックスを目にし、ミケルは彼が言ったを理解した。

(なるほど、レッドレイクに対するおとりか)

ミケルは頭を動かさないようにアレッサンドロがヘメラへ回した手を見つめる。青年はいかにも恋人ですよと言わんばかりにヘメラを抱き寄せているが、くっついて見えるのは報道陣から見た角度だけ。実際には体の位置は少しずれていて、密着状態ではない。

(嬢ちゃんへの敬意があるならいいさ)

表向きの恋人役がいるならいい。なんならそのまま本当にくっ付いてしまえとミケルは肩の力を抜いた。




 06ゼロシックスことアレッサンドロを加え、五人となったヘルメスたちはヘメラが商談用に使っている小さな会議室へと集まった。

「なんだ、作戦会議でもする気か?」

ミケルが茶化し気味にたずねると、ガブリエルは至って真面目に「そう」と返す。

「会議というほどではないけれど、情報のすり合わせは必要だろう?」

「マジかよ。ヘルメスみんなで仲良しこよしなんて聞いてねーぞ」

 ミケル以外のヘルメスシリーズは意外、と言う顔で彼を見つめる。

「なんだ」

「むしろリーダーの君が率先してその辺りまとめるものだと思っていたんだけどね」

「元傭兵に隊長なんかやらせるな。こちとら戦場の野良戦士だぞ」

「へー、野生児なの」

「言ってろ。むしろその辺得意なのガブリエルのほうだろ? 適当に仕切ってくれ」

ミケルがどうぞ、と手で示すとガブリエルはやれやれと肩をすくめる。

01ゼロワンがそう言うなら。ではここに集まっている者たちの目的から話そうか。我々全体の任務はもちろん、前社長アスコ氏からたくされた現社長ヘメラ氏の身の回りのサポート。これについて異議はないと思う」

勝手に巻き込まれて異議大アリだが? とミケルは渋い顔をする。

「ここにいない残りのヘルメスのうち、手術を終えてリハビリを行っているのは三人。換装済みですでに活動しているのが一人。残りの一人は搭乗者とうじょうしゃが決まっておらず義体は現社長のみが格納場所を知っている。ここまではいいかな?」

ミケルは控えめに手を上げる。

「はい、ミケルくん」

「着る奴が決まってない?」

「あれ、ヘルメス10ワンゼロについてオルブライトくんからメッセージはない?」

「何も聞いてねえ」

「そう? 私が聞いた話ではヘルメス10ワンゼロの搭乗者を決める権限は01ゼロワンにしかないようだけど」

「はぁ? 俺?」

ミケルが己を指さすとガブリエルはうなずきを返す。

01ゼロワンは特別だからね。ほかのヘルメスには出来ない機能があちこち仕込まれているはずだよ。私の知らないことも載っているはず」

「マジかよ。あのトンチキクイズ真面目に解かないと駄目か……?」

「何の話よ? トンチキクイズって」

「パズル解かねえと駄目とか言われてるんだよ」

「ああ、やっぱりね。彼らしいよ。そして各自の役割については各々把握してるとは思うけれど、一応話しておくかい?」

 ガブリエルが周りを見渡すと「それについてはちょっと」と渋い反応が返ってくる。

「まあ話せない内容もあるだろう。私はある程度公表しておくよ。私はこれまでの人脈や権力、色々なものをヘメラ氏のために活用するとアスコ氏と約束している」

「そんな感じだろうとは思ってた」

「生前のアスコ氏と一番付き合いが長いのは私だからね。10ワンゼロの搭乗者を除いて、ヘルメスシリーズの中では最年長だとも聞いている」

「俺に本当に10ワンゼロの中身を決める権利があるならまず爺さんは選ばねえ」

「そう? なら私が最年長で変わらないかな?」

ガブリエルはふふっと微笑み肩をすくめる。

 そのまま彼がかたわらに立つラファエルへ視線を向けると、美女はガブリエルが言いたそうなことを察して「ええー」と不満を漏らした。

「私も任務内容言うんですかぁ?」

「ざっくりで構わないよ」

「おじ様から頼まれたら断れないでしょーが!」

ラファエルは溜め息をつくと大袈裟に肩をすくめ、両手を軽く上げる。

「私はヘメラちゃんの精神面のサポートが主。あと01ゼロワンの身元調査その他もろもろ」

ミケルは彼女の言葉を聞いてもふうんと口をとがらせるに留めた。

「あら意外。身元調査なんて言われたらてっきり怒るものだと」

「怒る理由がないね。嬢ちゃんに一番近づける奴が01ゼロワンなんだとしたら、そいつの調査は必要だろ」

「それに関してはほぼ心配ないよ。搭乗できた時点でアスコ氏からの試験に合格しているから。つまりラファエルの調査はあくまで補填ほてんとして必要な……」

ミケルがきょとんと見つめ返してくるものだから、ガブリエルは首をかしげた。

「……試験?」

「手術前にヘルメス01ゼロワンとの相性試験があったはずだけど」

「こちとら瀕死ひんしの重傷だっての。覚えてねえ」

「覚えていなくても試験には受かっているはずだよ。私も受けたから知っているけれど」

「えっ?」

今度はラファエルが驚いてガブリエルを見上げる。

「おじ様、01ゼロワンへの搭乗試験受けたんですか?」

「駄目元でね。なんせ私は01ゼロワンのサポートもっているから……ああ、つい言っちゃった」

「妙に世話焼いてくると思ったらそう言うことか」

「オルブライトくんからヘメラちゃん、01ゼロワン共々よろしくと頼まれているよ」

「へー、そりゃどうも」

 ガブリエルはそのまま次の話題へ移ろうとし、ラファエルは待ったをかけた。

01ゼロワンの搭乗試験そのものについては!?」

「それに関しては黙秘するよ」

「あーっ、ずるーい!」

ガブリエルとラファエルも以前からそれなりに知り合いなのか、和気あいあいとしている。01ゼロワン05ゼロファイブ

06ゼロシックスは二人の様子を呆れた様子で見つめた。

「安心しろ。俺が実際にリーダーだったとしても仲良しこよししろとか言わねえからよ」

「それは助かるよ。恋人でもないのにいちゃいちゃしろなんて言われたらその場でゲロ吐くね」

「俺はゲロは吐かないが、個人主義だから放って置いてくれると助かる」

「おい05ゼロファイブまで真面目かよ。やりにくいなこのメンツ」

 05ゼロファイブは任務内容全てを黙秘。ただし、先代アスコより現社長ヘメラに恩義があると周囲へ伝えた。

「先代とはほとんど会話をしていない」

「おや? でも02ゼロツーから09ゼロナインまでは全てアスコ氏が任命しているよね?」

「もちろん、人選は彼が決めた。それについては否定しない」

「ふうん? そう。05ゼロファイブについては私もよく知らされていなくてね。……まあヘメラちゃんの助けになってくれるならいいよ。で、06ゼロシックスの任務についてだけど」

「俺は喋らないよ〜。つうかさっき披露したじゃん? おとりだよおとり

06ゼロシックスの身元については公表しておかないと不和を生むと判断したからこちらから勝手に喋るよ」

「え!? 俺の人権無視!?」

06ゼロシックスの搭乗者は終身刑をくらったとある囚人でね。元は詐欺師、手品師なんだ。ちなみに私とラファエルは彼の実名と、身元を調べて知っている」

「ちぇ」

ミケルはほう、と06ゼロシックスことアレッサンドロを見やる。

「カードの手品とかできんのか?」

「手品なら大体できるよ。カード、身体消失、瞬間移動。何でも任せな」

「そりゃすげえ」

と、ミケルは興味がなさそうにアレッサンドロを褒め、最後に全員から視線を受け周りを見渡した。

「何だよ」

「せっかくだから01ゼロワンも受けた任務内容をざっと話してよ?」

「任務なんてご大層なものは受けてないんでね」

ミケルは肩をすくめ、話し合いは終わりと言わんばかりに入り口の扉へ向かう。

「えー、ちょっと。この流れで自分だけ言わないなんてずるいわよー」

「パズルも解いてねえし任務なんぞ知らん。事実は言った。以上」


 ミケルが扉を開けると丁度目の前にヘルメスたちの姫君ヘメラが立っており、彼は乙女の顔をのぞき込んだ。

「聞いてたのか?」

「いや、ほとんど」

「最後ちょっとは聞いたって感じか。で? 用件は?」

「宿泊先についてだが、やはりあなたの意見も聞きたくて」

「俺は行かねえっつったろうが。嬢ちゃんの慰安いあん旅行だと思って行ってこい」

「私はあなたと行くと決めたのだからその通りに実行する」

「ほんと融通ゆうずうきかねえなあんたは」

 二人は喋りながらヘメラの私室へと入っていく。一体何を見せつけられたんだ、とアレッサンドロは周囲へ視線で助けを求めた。

「旅行? 二人で?」

「先日のテロ事件の詫びだよ。主催者から、リゾートへの宿泊チケット」

「いやさっき恋人じゃないって……」

「今のところ二人して否定してるわね」

「あれで……!?」

アレッサンドロは愕然がくぜんとして私室へ消えた二人を見やった。

「あれで!!」

「そう、あれで」

「無意識なのか両方鈍感なのかどっちだ!?」

「どっちもじゃない?」

「いや、今のところ自覚がないんだろう。二人とも」

「おいおい俺あのにぶちんの振りしなきゃいけねえのかよ……」

「あなたも大変ねえ」

アレッサンドロは一企業の存亡に関わったという事前の周知よりも、両片思いといった感じのヘメラとミケルに対して頭を抱えた。

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