第38話 レヴィの部屋
レヴィは聖剣だ。
正式名称を聖剣レーヴァテインと言い、この剣に選ばれた者は剣聖と呼ばれる。
当代の剣聖は、管理者で三大魔女のレイだ。
彼女はまだ子供であるし、小柄で華奢なため、聖剣レーヴァテインを扱うには力も体の大きさも心許ない。
だが、三大魔女の特典スキル、魔力量無限の魔力を使って、聖剣レーヴァテインを男性の人型に変身させて、放任——いや、護衛代わりにしている。
管理者は、ユグドラの樹の中に個人部屋が与えられる。
だが、管理者の使い魔などの眷属はもちろん、管理者の持ち物には個人部屋は与えられない。
このため、現在部屋無しのレヴィは、レイの部屋で寝起きしている。
この世界では、未婚の男女が同じ部屋で寝起きするのは外聞が悪い。例えそれが、人型化した聖剣であってもだ。
***
「もっと早めに気づけば良かったわ……」
ミランダは頭痛を堪えるように、こめかみを揉んでいる。
レイの部屋にはベッドが一つしか無い。
使い魔の琥珀は、縮小化魔術で子猫サイズになれるため、レイの枕元で寝起きしている。
レヴィはいつもソファに寝ている。
現在レヴィが変身している十七代目剣聖の姿は、剣士らしい身長百八十センチメートルほどのがっしりした体型の男性だ。なので、いつもソファから少し足が飛び出した状態で寝ている。
元の体が剣のため疲労することはなく、本来睡眠は不要だ。さらに、ソファで寝ても体が強張ったり、節々が痛くなるなどの不調も出ない。
レヴィ本人も不具合を感じていないこともあり、寝るという人間体験ができればベッドでもソファでもどちらでも良いと考えているため、ずっと「どうするか」は後回しにされてきた。
「いつかやろう」はあくまでも「いつか」であって、いつまでも来ないのだ。
一応、剣に戻った時用に、お古の剣立てをメルヴィンから貰って部屋の隅に置いてある——レヴィがパジャマパーティーに参加できないと知り、剣に戻って不貞寝した時の一回しか使われてはいないが……
「いい加減、レヴィ用の部屋を作りましょ。このままじゃ良くないわ」
「そういえば、レヴィの部屋の話はしたこと無かったな」
ミランダは呆れたように溜め息をつき、ウィルフレッドは軽く額に手を当てて「忘れてたな」と苦笑いしていた。
当のレヴィは、作られて初めて与えられる個人部屋に、そわそわして落ち着かないでいる。
「個人部屋の拡張は、管理者本人がやるんだ。空間魔術のやり方を教えるから、レイが自分で拡張するんだぞ。あと、一緒に空間収納も教えるからな。これが使えると凄く便利だ」
「よろしくお願いします!」
レイはウィルフレッドに空間魔術の基本を教えてもらい、空間収納魔術と、個人部屋の拡張方法も習った。
ミランダは何も言わないが、その目線は「あのウィルが人の面倒をみるなんて!」と珍しいものを見たような雰囲気だ。
「空間収納は基本的に袋のイメージだな。魔力を袋状にして固定するんだ。大きさは自分の魔力内であれば自由だ。個人部屋の方は、箱のイメージだな。魔力を箱状にするんだ。箱の方は最後に出入口を決めて場所に紐付ければ完成だ。袋の方は敢えて出入口を決めない方がいい。取り出す時にどこからでも取り出せるようになる。自分が『そこに空間収納がある』と認識してさえいればいい」
「やっぱり大きめに作った方がいいんですか?」
「そうだな、できるだけ大きい方がいい。魔物を狩った時に入れて持ち運べると便利だからな」
「! ……確かに、この前、レッドベアを収納したいって思いました!」
「えっ! いきなりそんな物入れたいの!? まずはこれにしときなさいよ」
ウィルフレッドは、レイがベッド脇に立て掛けているショートソードを手渡してきた。
「これが出し入れできたら、部屋を拡張しようか」
レイは目を閉じて大きな袋をイメージし、魔力を注いで風船のように膨らまし始めた。
(……う〜ん、大きくって言ってもどこまでやればいいんだろ……?)
「レイ、ストップ! ストップ! そろそろいいだろ……」
「今、どのくらいの大きさでしょう?」
レイはぱっちりと目を開けた。
「……ユグドラの樹がすっぽり入るぐらいだから。しばらく空間収納は拡張させなくても十分だから」
ウィルフレッドが呆れた顔でレイを見ている。魔力量無限は伊達ではなく、際限無く拡張できて、やりすぎたようだ。
レイはショートソードを掴むと、空間収納をイメージして、袋にしまうように魔力を込めた。すると、スッとショートソードが消えた。
「おおっ! ちゃんと収納できました?」
「消えたんなら収納できてるだろうな。今度はさっきのショートソードをイメージして、取り出してみろ」
「はいっ!」
レイは今度はショートソードを思い浮かべて、袋から取り出すイメージで魔力を込めた。すると、レイはいつの間にかさっきのショートソードを握っていた。
「やった! 成功だ!!」
レイはぴょこんと跳ねて喜んだ。
「それが空間収納の基本だ。次は箱のイメージで部屋の拡張だな。先に廊下用の箱を作っておくと、後から部屋を追加しやすいぞ」
「廊下! 部屋だけ追加すればいいと思ってました!」
「俺もそれで最初、失敗した。廊下が無いと、作った部屋をまたいで次の部屋を拡張することになるからな」
ウィルフレッドが苦笑して教えてくれた。直付けで部屋を拡張して、ちょっぴり後悔したようだ。
レイは部屋の拡張予定地の壁に両手を当てると、まっすぐに伸びる長い箱——廊下をイメージした。
魔力を込めて箱イメージを固定し、最後に手をついている壁の座標軸に出入口を作った。
「ふうっ……どうでしょうか?」
「始めてにしてはいいな。とりあえず入ってみるか」
ウィルフレッドはドアノブを掴むと、さっさと中へ入っていった。レイたちも後に続く。
「……本当に廊下だけですね」
「まずはこんなもんだろ。あとは廊下の横の壁に、部屋を拡張して作ればいい。廊下もさらに魔力を注いで伸ばせるし、魔力を込めてイメージし直せば、扉や内装もいじれるぞ」
こんなもんなのかと少し肩透かしをくらったレイに対して、ウィルフレッドは大事な補足情報を教えてくれた。
「私も次拡張する時はこうしようかしら。直接部屋を繋げて作っちゃって、後から後悔したのよね」
ミランダは廊下を感心して見回している。
レイは廊下の壁に両手を当てると、さっきと同じ要領でレヴィの部屋を作った。
***
「レイ、ありがとうございます。初めての私だけの部屋……素晴らしいですね」
いつもは淡々としているレヴィが、にっこりと微笑んだ。本当に嬉しそうだ。
「レヴィはどんな部屋にしたいの?」
「う〜ん、今までで一番居心地が良かった部屋は……やはり宝物庫ですね。特にバルゼビス国の王城では、ベルベットの敷かれた箱に入れられて良かったです」
「……宝物庫は人が住む部屋じゃないよ」
顎に手を当て真剣に考え込むレヴィに、レイはツッコミを入れた。
レヴィがわくわくと上機嫌でドアノブを回して部屋の中に入ると、そこには既に大きなベッドと木製のチェストが置いてあった。
「あれ? レイは家具も作ってくれたのですか?」
「私は部屋だけしかイメージしてないよ?」
「これはユグドラからの差し入れ品だな。ユグドラの魔力を感じられる……まあ、せっかくだから貰っとけ」
ウィルフレッドが家具に手を当てて答えた。
「特に睡眠は必要ないのですが……」
「人間にとって睡眠は大事だよ。睡眠をきちんと取ってないと、しっかり休めなくて体調が悪くなったり、集中できなくなるの」
「人間はそうなんですね!」
レヴィは睡眠の意味について初めて知ったのか、非常に驚いていた。
「人間を体験するなら、ソファよりベッドで寝た方がいいですね。せっかくなので、このベッドを使います」
「うん、ちゃんと人間を体験したいならそうした方がいいと思う」
レヴィは作られてから長い年月が経ち、数多の剣聖に仕えて世界中を旅してきたため、様々な知識はあるが、人間の感覚や感情面については実感が持てない分、疎い所がある。
レイが当たり前だと思っていることすら、分からないことが多い。
「レヴィは他に何か部屋に置きたいものはある?」
「私が今まで寝ていたソファと剣立てですね」
「ソファは来客で人数が多い時は無いと困るんだけど……剣立ては古い物だけど、いいの?」
「はい。どちらもあれだからいいのです。ソファはいつも私が使ってましたし、剣立てはレイが初めて私にくれた物です」
レヴィは淡々と真面目な顔で言った。大抵は何でもいい、というレヴィにしては珍しく欲しがったので、レイは少しびっくりした。
(……剣立ては間に合わせでお古を貰ったんだけど、気に入ってくれててちょっと嬉しいかも……)
レイは適当に選んだ物で申し訳ないような、嬉しいようなくすぐったい気持ちだった。
「あら、愛着がわいたのかしらね」
「……これが愛着、ですか?」
ミランダの一言に、レヴィはハッとなって固まった。自分が愛着という感情を持っていたということを初めて知って、理解しようとしているようだ。
「それならソファもレヴィの部屋に持ってこようか。レヴィの方が大事にしてくれそうだし」
「……ええ、お願いします」
レイの提案に、レヴィは心からあたたかな笑顔を向けてきた。
ウィルフレッドが魔術でソファと剣立てを持ち上げ、レヴィの部屋に運び入れてくれた。
置きたい場所をレヴィが指示して、ウィルフレッドがゆっくりとソファと剣立てを下ろした。
レヴィが置き場所の微調整をしていると、ふとその動きを止めた。
「レイ、他にも部屋に置きたい物を思いつきました」
「何〜?」
「オーウェン・ガスターの遺髪とナイフです」
「えっ!?」
レヴィの予想外の置きたい物に、レイはびっくりして彼の方に向き直った。
「……オーウェン・ガスター……先代の剣聖だな。大国ドラゴニアの騎士団長だった男だ」
ウィルフレッドが両腕を組んで、思い出しながら言った。
「そうです。先代のご主人様は、私の瘴気の暴走に巻き込まれる形で亡くなりました。あの形見の品は、私が持っていた方がいいでしょう」
「……そうね。レヴィが預かっておいて、そのうちご家族に返した方がいいわね」
「はい。そうします」
ミランダがしんみりとした表情で提案し、レヴィは静かに頷いた。
遺髪は白い絹のハンカチに、ナイフはベルベットの生地で包まれて、レヴィの部屋のチェストの一番上の棚に、大事にしまわれた。
レヴィは時々、形見の品を見返しているようだった。
いつの日かレヴィをドラゴニアに連れて行ってあげよう、と思ったレイだった。
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