第39話 訪問者

「今日は紹介したい者がいるんだ」


 フェリクスが珍しく教会関係者をユグドラに連れて来た。


 フェリクスよりも二回りほど大きい、黄金色の髪に、精悍な顔つきの中年男性だ。

 フェリクスの斜め後ろで、右手を胸元に当てて、教会式の礼の姿勢をとっている。

 服装は白と青を基調とした聖職者の服装だが、大司教であるフェリクスのものよりも細やかな刺繍や装飾が多くて豪華だ。


 ユグドラの樹の下層階には、応接室が大小一つずつあり、今回は小さい方の応接室に使うことになった。


 小さい方の応接室は、ダークブラウンのローテーブルの周りを、二人掛けのソファが二つ、一人掛けのソファが二つ取り囲んでいる。

 床に敷かれた落ち着いた赤色のカーペットには、複雑な模様が描かれており、室内での会話が外に漏れづらい魔術陣となっている。


 この部屋の家具はどれも過去のドワーフの管理者の作品らしく、精緻な彫りが施されていて、しっかりした作りと美術品としての優美さが共存している。


 お手伝いエルフのシェリーが全員分のお茶を淹れた後、退室していった。


「彼はライオネル。現教皇だよ。僕に義娘ができたから、一目会いたいということで連れて来たんだ」

「ご紹介に預かりましたライオネルです。ここ二千年ほど、フェリクス様の補佐をさせていただいております。以後お見知り置きを」


 フェリクスらの紹介に、ウィルフレッドは少し困惑の入った渋面だ。眉間に薄く皺が寄っている。


「そこの黒髪の子が、僕の義娘のレイだよ。鈴蘭の三大魔女だ。そっちにいるのはレイの護衛のレヴィ。で、レイの膝上にいるのがレイの使い魔の琥珀だよ」

「三大魔女のレイです。よろしくお願いします」


 レイがぺこりとお辞儀をすると、レイが座るソファの後ろに立っていたレヴィも合わせておじぎをした。聖剣ではなく護衛として紹介されている。

 琥珀は興味深そうにライオネルを見ている。


「それで、レイに会いたいとは?」


 ウィルフレッドが手を組んで膝上に置いて尋ねた。少し圧が漏れ出ている。


 ライオネルは少し緊張した面持ちだ。


「ああ、うん。教会には入れないから大丈夫だよ。一応、彼が今の教会のトップ役だからね。念のために顔合わせしといた方がいいかと思って。あとは、まあ、先見だね。彼がレイたちとどこかの森に行ってるのが観えたんだ。みんな冒険者の格好をしていたから、冒険者として何か依頼でもこなしてたのかな?」


 これにはフェリクスの隣に座っていたライオネルも目を大きく見開いて、フェリクスを見つめている。どうやら何も言われていなかったようだ。


 ウィルフレッドも「それか〜」と頭を抱えている。


「先見って具体的にどんなのだったんですか?」


 レイの言葉に、フェリクスがじっとレイを見つめた。レイを見ているようで、どこか遠くを見ているような視線だ。

 しばしの沈黙の後、徐にフェリクスが口を開いた。


「レイとレヴィと琥珀とライオネルだね。装備が新しいから、冒険者になりたての頃かな。いろいろ森の中で説明しているみたいだから、冒険者の手解てほどきみたいなのをやってるのかな?」

「確かに私は一時期、冒険者をやっていましたからね。教皇の代役を立てれば、お教えすることも可能ですが」

「ランクはどのくらいだったかな?」

「Aです。百五十年ほど前ですが」

「なるほど」


 冒険者の話が出てレイは少しそわそわし始めた。


(ファンタジーの定番、冒険者! ちょっと怖い気がするけど、気になる……)


「レイにはもう少ししたら冒険者登録をしてもらって、しばらくは冒険者として経験を積んでもらおうかと思ってたんだ。レイはどうだ?」


 そわそわと落ち着かないレイに、ウィルフレッドが尋ねた。


「ちょっと怖いけど、やってみたいです」

「……だ、そうだ」


 ウィルフレッドがフェリクスの方を振り向いた。


「そうだね。ランクAの冒険者ならレイを預けるのに申し分はないし、先見でも出てきたし、お願いしようかな」


 フェリクスが隣のライオネルを見上げた。


「承知しました。冒険者登録はいつぐらいになりますでしょうか? お嬢様のお小ささなら、あと数年後でしょうかね」


 レイはきょとんとした。


(私って、そこまで小さく見えるの???)


 ユグドラからほとんど出たことがなかったため気付かなかったが、レイはこちらの世界では十歳前後に見えてしまう。

 この世界の人間は平均して大きい。レイは日本人女性としては平均的だが、こちらの世界ではかなり小柄な部類のようだ。


「一応、十三歳ということで、今でも登録可能ではあるな」


 ウィルフレッドの言葉に、ライオネルだけでなく何故かフェリクスも驚いている。


「……十歳ぐらいだと思ってた……」

「う〜ん、私は結構小柄な方みたいです……」


 呆然とするフェリクスに、レイは眉を下げて困ったように言った。


 通りで膝の上を嫌がるわけだ、とフェリクスが片手で顔を覆ってぷるぷると嘆いている。

 それを隣のライオネルが「大丈夫ですか!?」と慌てて気遣っている。


(……十歳ぐらいでも膝の上は嫌がると思う……)


 一度は成人した身のレイは、遠い目をした。


「じゃあ、準備が整ってからだな。レイは魔術師として登録で、レヴィは剣士でいいだろ。琥珀は……そのまま使い魔登録だな」


 ウィルフレッドは、レイの頭に軽くポンッと手を置いて、結論づけた。


「失礼ですが、彼の剣の腕前は?」

「相当な手練れだよ。心配ない」


 ライオネルの疑問には、フェリクスが答えた。


 レヴィは歴代剣聖の技を使える。

 しかも元が剣の体で、魔術で人型になっているため、肉体的な制限は無い。歴代のどの剣聖よりもベストなコンディションで技を使えるのだ。


 ライオネルは「フェリクス様がそう仰るのなら」と戸惑いつつも受け入れたようだった。



 ライオネルとの初顔合わせは無事に終わった。

 レイは二人のお見送りをしに、ユグドラの樹の前まで琥珀を抱っこして行った。


「この子はキラーベンガルですか? さすが、フェリクス様のお嬢様。普通はなかなか懐かないものですが……」


 ライオネルは、琥珀の頭を撫でてくれた。

 琥珀も満更ではないようで、ゴロゴロと鳴いている。


「琥珀が怖くないんですか?」

「ああ、私も猫科ですから」


 ライオネルはぱちりとウィンクをした。


「え!? 何の猫科ですか!?」


 目をキラキラさせて食いつくレイに、「秘密です」とライオネルは口元に一本指を立て置いて教えてはくれなかった。



 ライオネルの猫科発言に、猫好きなレイの中で、ライオネルの株が爆上がりしたのは言うまでもない。

 二人が転移して帰っていくのを、レイはにっこりと笑顔で送り出した。


 レイに冒険者になる楽しみが一つ増えた瞬間だった。



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