第37話 精霊馬

 レイはきのこの判別が苦手だ。

 毒が有るものも無いものも、一瞬、どっちだったか分からなくなるのだ。


 さらに、レイの元の世界の知識もきのこに関しては混乱を招く原因になっていた。


 元の世界で食用だった椎茸やえのき茸のような見た目のきのこに毒があり、ベニテングダケやドクツルタケに似たあからさまに毒々しい見た目のきのこが食用だったり薬用なのである。

 きのこに遭遇する度、レイの頭の中は混乱した。


 遂にはウィルフレッドから「レイのきのこ採集禁止令」が発令された。事故が起こってからでは遅いのだ。


 一方で、レヴィはなぜかきのこの判別を一発で覚えた。

 いざとなったらサクッときのこを突き刺し、毒があるかどうか判別している。剣だからこそできる荒技ではあるが、レヴィはきのこについて間違えることはなかった。


 こうして、きのこの判別ができる聖剣レーヴァテインが誕生した。

 森に入る時はいつも、レイが薬草と木の実担当になり、レヴィがきのこ担当になった。



***



 本日、レイと琥珀とレヴィは、ユグドラの森に来ていた。


 琥珀とレヴィを連れて行くことを条件に、レイは単独で採集のために森に入る許可が出たのだ。

 琥珀はAランク魔物のため強く、レヴィも歴代の剣聖と共に世界中を旅してきたため知識はあるし、歴代剣聖のスキルも使える。

 ユグドラの森で採集するだけなら、戦力としては十分なのだ。



 レイの背負い籠が半分ぐらい一杯になり、レイはう〜ん、と両手を上に上げて背伸びをした。ふっと緊張をほぐす。


(そろそろ空間魔術を教えてもらいたいかも……)


 この背負い籠を見る度、そろそろ自分も便利な空間収納を使えるようになりたい、とレイは考えていた。


(師匠にも相談してみよっかな)


 レイがぼんやりとそう考えていると、レヴィがポイポイと背負い籠に採集してきたきのこを入れていた。

 レイはギョッとして、その様子を見ていた。——紫色に白い縞模様の入ったきのこは、どうにも毒きのこのようにしか見えなかったのだ。



「レイ、少し休憩しましょうか」

「そうだね。ここから少し行くと休憩地点があるから、そこで休もうか」


 休憩地点に向けて歩き出すと、琥珀が少し毛を逆立てて唸り出した。

 レヴィがさりげなく腰の剣に手をかける。

 レイもいつでも魔術がかけられるように準備し始めた。


『何か来る!』


 地鳴りと共に馬の群れが駆けて来た。十頭ほどのその群れは、器用に森の木を避けつつ、レイたちの横を駆け抜けて行った。


「来ます」


 レヴィが鋭い目をして、剣を抜いた。


 大きな熊型の魔物が、木々を揺さぶって現れた。

 現れたと同時にレヴィが切りつけ、魔物を怯ませる。

 そこにレイが魔物の頭に水の矢を数発放つ。リリスの加護を受けたレイの水の矢は三発命中し、魔物はバランスを崩してどうっと倒れた。

 すかさずレヴィが首を刈り取り、討伐完了だ。


「やっぱレヴィは凄いね」

「いえいえ、今までのご主人様たちの経験とスキルがあるからです」


 レイは討伐した熊型の魔物を見た。


「これはレッドベアかな?」

「レッドベアですね。ここら辺にはいないはずなので、さっきの精霊馬の群れを追ってきたのでしょう」

「精霊馬?」

「さっきの馬の群れです。森に住む魔術に長けた馬ですね。美しく強くて丈夫なので人気があります。ただ、認めた相手でないと乗せないので、実際に乗っている者は少ないです」

「そうなんだ……レッドベア、持って帰るの大変そうだね。やっぱり、早めに空間魔術教えてもらえるように、師匠に頼もうかな」


 レヴィが加わり、レイたちは今までは討伐できなかったような大物とも戦えるようになってきた。

 ただし、問題は獲物のお持ち帰り方法だ。


(解体しないとかな……)


 レイが考え込んでいると、琥珀が声をかけてきた。琥珀はまだ警戒を解いていない。


『まだ何かいるよ。でも、敵意はないみたい。困ってる』

「困ってる?」


『こっち!』


 琥珀がスリッとレイに体を擦りつけつつ、先導してしてくれた。


 琥珀の後について行くと、森の茂みの中に精霊馬の子供が頼りなさげに佇んでいるのが見えた。


 純白の体に青い目をしたかわいらしい子馬だ。たてがみと尾は光の加減でパールのような虹色の遊色を持つ青みの白だ。額から小さな一本角が見えている。


「ユニコーンタイプの精霊馬ですね」


 レヴィがひょっこり覗き込んだ。


「ユニコーンタイプ?」

「他にもペガサスタイプと、角も翼も無いノーマルタイプの精霊馬がいます」

「そうなんだ。確かにユニコーンやペガサスみたいな精霊馬なら人気になりそうだね」


 ふとレイは子馬と目があった。子馬はふるふると震えつつも、何か感じたのか近づいて来た。

 レイが手を出してみると、ふんふんと匂いを嗅いでいる。


「レイはテイマーの才能が?」

「いや、そういうのは聞いたことないけど……称号にも加護にもそういうのは無かったはず」

「魔物は契約相手が感覚的に分かるそうです」

「そうなの?」


 レイは琥珀の方を振り向いた。


『……何となく?』


 琥珀が小首を傾げた。きょとんとした感じが非常にかわいい。


 レイは何となく魔術で水を出してみた。

 子馬が目をきらめかせて、ごくごくと水を飲み始めた。十分に水を飲んだ子馬は、少し元気を取り戻したようだ。レイの周りをうろうろし始めた。


「……どうしよう?」


 レイは困ってレヴィに相談してみた。


「とりあえず、レッドベアを持って帰りましょうか」



***



 レイたちはレッドベアを解体し、ユグドラまで持って帰って来たが、精霊馬もずっとつかず離れず頼りなさげについて来た。


「レイ、おかえり……ん?」


 レイたちの後ろをとぼとぼとついて来た精霊馬を見て、ウィルフレッドは固まった。


「ついて来ちゃいました」


 レイはばつが悪そうに眉を下げた。


「レイ、この子はまだ小さいし、親も探してるだろうから、元いた場所に返して来なさい」

「離れてくれないんです」

「拐われたと勘違いした親馬が取り戻しに来るかもしれないから、早めの方がいいんだけどな……」


 困り顔のレイに、ウィルフレッドも思案顔だ。


「君、群れに帰らないの?」


 レイも精霊馬に尋ねてみるが、まだよく分かっていないようだ。

 レイが近寄って行くと、「あそぶ?」と首を傾げて勘違いして、しっぽを上げてレイの周りをぴょんぴょん周り始めた。


「だいぶ懐かれたね。何やったの?」

「う〜ん、特に何もしてないんですけど……水をあげたぐらい?」

「とりあえず厩舎きゅうしゃに連れて行こうか。精霊馬じゃないけど、他の馬もいるし」


 精霊馬を連れて行こうとした時、南大門の詰所の隊員が慌ててこちらにやって来るのが見えた。


「大変です! 精霊馬の群れが南大門に!」

「お迎えが来たな」


 ウィルフレッドとレイは、隊員と一緒に南大門まで子馬を連れて行った。

 レヴィも、街に入って小さくなった琥珀を抱っこしてついて行く。



 南大門から街の外に出ると、子馬を見つけた親馬らしき精霊馬が、鼻息も荒く近づいてきた。

 子馬と同じ純白の体に、青みのある白い鬣をしている。角や翼は無いようだ。


「親の元へお帰り」


 レイが子馬を手で押して促すが、離れてくれない。


 これには親馬の方も困惑している。

 親馬も口先ではむはむと甘噛みして促しているが、子馬はレイの後ろに隠れて梃子でも動かない。


「レイ、一旦、契約してみたらどうだ?」

「え!?」

「この子馬はレイのことが気に入ったみたいだし、契約して命令すれば親と一緒に森に帰るだろ」


 ウィルフレッドはあっけらかんと言い放った。


(……確かに、そうだけど……)


 ウィルフレッドに提案され、レイは戸惑いつつも子馬の顔を見た。


「君は契約したい?」


 レイが尋ねると、子馬はきょとんとした。よく分かっていないようだ。


 ただ、親馬の方は理解したようだった。器用に鼻先をレイの腕に絡めると、レイの手を子馬の頭にポンッと乗せさせた。

 子馬も頭をレイの手に擦り付けて、満更でもなさそうだ。


「親御さんの許可が出たな」


 ウィルフレッドが苦笑した。



 レイは子馬と主従契約をした。名前はルカにした。


 親と一緒に森に帰るように伝えると、


『またあそぼ!』


 と目をキラキラさせて念話で伝えて、群れと一緒に森へと帰って行った。



 ルカは、レイが森に入ると、どうやってか察知して時々遊びに来てくれるようになった。

 かわいい森の友人に、「これも縁だし、まあいっか」とレイは森に入るのが楽しみになった。



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