第36話 パジャマパーティー2
レイはハーブティーを一口飲んで、心を落ち着けた。
レイ自ら恋バナをスタートさせた手前、ストップをかけづらくなっている。そして、改めて他の人の口を介して聞いてみた自分の恋の状況は……
(私、男運ないかも……)
惨憺たるものだった。
「義父さんはどうなんでしょう? 凄く強いですよね?」
レイは気持ちを切り替えて、当たり障りがなさそうな人物について訊いてみた。
「フェリクス様は強いからどうこうではなくて、もはや超越してしまってる感じがするわ」
「そうそう。恋とか愛とかよりも、平伏したいって感じかしら?」
「……ひ、平伏したい……」
レイはそんなことを義父に感じたことが無かったので、若干引いている。
「鳥型も素晴らし過ぎて……絶世の美貌過ぎて、お付き合いしたいというよりも、愛でていたい、いつまでも眺めていたい、かしら?」
緑色の瞳を煌めかせ、夢見るような顔でシェリーが言った。
「天上の生き物過ぎて、尊いっていう感じよね。お付き合いなんて、おそれ多過ぎて私には無理よ」
ミランダも、うんうんと頷いている。
(イケオジかっこいいではなく……推し的な……? しかも、鳥顔の絶世の美貌とは???)
まさか義父がそんな風に見られていたのかと、レイにとってはかなり予想外の感想だった。そして、やっぱり魔物の顔の美醜は分からなかった。
「ダリルはどうですか?」
ダリルは研究者らしい生真面目そうな感じだが、品も良くて、顔は結構整っている。実直そうなイケメンだ。
ミランダもシェリーも顔を見合わせて苦笑した。
「ダリルは先代の赤薔薇の三大魔女のことを引き摺ってるんじゃないかしら」
「熱愛だったものね」
「使い魔までそのまま引き継いじゃってるし、あと二十年ぐらいは引き摺ってそうじゃない?」
「熱愛!? ちょっと聞きたいです!」
レイは、ダリルの過去の熱愛情報に食いついた。
「先代の赤薔薇の魔女はローザさんって言って、かなりの美人だったの」
「そうそう。ダリルも普段はあんな堅物だけど、ローザの前だと年相応の少年みたいだったわ」
「おお! 堅物が少年に! 恋の力ですね!」
レイは目を煌めかせた。普段の真面目なダリルからは想像もできなかった。
(そういえば、あの時、ダリルは何か言いたそうだったな……)
レイは時間魔術で過去のユグドラに飛ばされた際に、ローザ本人と対面していた。確かに、見事な赤髪の、ぱっちりと大きな瞳の美人だった。
ダリルが過去のユグドラにレイを迎えに来てくれた時、彼はとても熱っぽい瞳でローザを見つめていた。
(あの時は事情を知らなかったから、よく分かってなかったけど……)
ダリルの複雑な気持ちを想って、レイはこの前のことは、ミランダとシェリーには話さずに、そっと自分の胸にしまうことにした。
「師匠はどうなんでしょう? 一応、イケメンですよね?」
「レイ、『一応』って言ってる時点で分かってるんじゃない?」
「「「残念なイケメン!」」」
三人の声が綺麗にハモった。
「せっかく、元の造りは良いのに、普段の格好がね……もっとちゃんとすれば良いのに、勿体ないわよね」
シェリーが心から残念そうに呟いた。
ウィルフレッドは正統派に整った顔立ちだ。正装や儀礼服、スーツなどのきちんとした綺麗な服をきっちり着れば、驚くほどバシッとキマるタイプのはずなのだ。
しかし残念なことに、動きやすさとリラックスを追求した普段の服装は、いつもゆるりと草臥れていて、元の素材を殺しにかかっている。
「一応、ユグドラの管理者の長なのに、面倒くさいことはのらりくらりと避けてるでしょ。今回、レイの教師役を引き受けたのも、本当にびっくりしたのよ。天変地異の前触れじゃないかって」
ミランダはウィルフレッドの性格にまで切り込みを入れた。辛辣だ。
「そうね〜。エルフって長生きすればするほど、考え方とか個性が突き抜けてくから……自分というものが確立されすぎてて、却ってパートナーが出来づらくなるのよ」
シェリーがおっとりと頬に手を当てて、困るわよね、と呟いた。
想像以上にあれこれ言われている師匠を不憫に思い、レイはこのことは自分の胸にだけしまっておこうと心に誓った。
「異種族同士って、恋愛とか結婚はあるんですか?」
「まぁ、たまにあるわね」
「う〜ん、種族にもよるかも?」
ミランダは二杯目のスパークリングワインを注ぎ、シェリーはおつまみのドライフルーツを齧っている。
「そうね、人間と亜人は割とあるわね。人間とエルフとか、ドワーフとエルフとか」
「人間と魔物は滅多に無いわね。そもそも人型の魔物がいるってことを知らないのかも。出会っても気付かなそうだし」
「確かに、人間はそこら辺は知らないわね。人型になれる魔物って高ランクか、魔術が得意な種族か、知能が高い種族でしょ? 人間に上手く隠して堂々と共存してたりするわよ。だから人間側も気付かないのかもね」
ミランダはチーズに手を伸ばしつつ言った。
「妖精は割といろんな種族と結婚するわよね」
「逆に精霊は結婚自体あまりしないでしょ」
「生き方が特殊だからね〜。親から生まれるよりも、派生して生まれる方が圧倒的に多いし、途中で玉型から人型に変身して戻らないでしょ?」
「そうそう。玉型の時はかわいかったのに、って別れるカップルも多いからね。玉型でイケメンでも、人型は残念っていうのもあるし、逆も結構あるでしょ?」
シェリーもそろそろ二杯目のスパークリングワインに入りそうだ。
「……玉型のイケメン」
レイに衝撃が走った。
単純に想像ができなかったのだ。いや、玉型の精霊自体はそこら辺にふわふわと浮遊しているので、見たことはある。だが、あの光の玉に、イケメンも何もあるのかというのがイメージできないのだ。
(あのただ光ってふよふよ漂って生きている、ピンポン玉大の生き物にも顔の良し悪しが!? そもそも、顔ってどこ!?)
こちらの世界の人間以外の人系種族は、全て想像上の生き物でしかなかったレイには、もはや理解不能だった。
「……あの光の玉にも顔の良し悪しが……???」
「ちゃんとあるわよー。モテモテの玉型の子とかは、いつも周りに他の生き物がいて凄いんだから!」
ミランダがスパークリングワインを飲みつつ言った。
「そういえば、ウィーングラスト地域に現れる盗賊団なんだけど、魅惑の精霊の玉型の子がものすっごい美形で、人相書きもかっこ良すぎて、貼り出す度にすぐ盗まれちゃうみたいなのよ」
(玉型のものすっごい美形……人相書きでさえ、盗まれる程???)
レイは混乱していた。きっと理解の次元が違うのだろう。
「私も聞いたことあるわ。モーガンが、ドワーフ酒が輸送中に狙われるってぼやいてたわ……」
「ドワーフ酒は人気だし、高価だものね」
シェリーとミランダはとりとめなく次の話に進んでいた。もうそろそろ、お酒もおつまみも完食しそうな勢いだ。
レイが玉型のイケメンという謎の生き物を思い、頭がくらくらしていると、琥珀がザリザリとレイを舐め始めた。子供は早よ寝ろ、ということらしい。
琥珀は時々、面倒見の良いお姉さんになる。レイがあまりよく寝付けない日には、寝かしつけをしてくるのだ。
「早く寝なさい、だそうです」
レイが琥珀を抱っこすると、にゃっと同意するように小さく鳴いた。
「そうね、そろそろ寝ましょうか」
ミランダが魔術でフッと明かりを消すと、誰ともなく「おやすみなさい」と言って眠りについた。
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