第34話 時間魔術2

 試練の時だ。

 レイと琥珀は、ユグドラの森の茂みの中で、こっそり念話で相談し合っている。


 チラリと遠目に見えるユグドラの南大門には、レイが見たこともない防御壁部隊員が二名、見張りに出ている。


『琥珀、どうしよう? 今の時代は、きっと私を知らない人ばかりだと思う。門の所で止められちゃうよね……』

『琥珀も小さくならなきゃ、ダメ?』

『うん。そこは小さくならないと、こっちの時代でも騒ぎになっちゃうかも』

「グルルゥ……」


 琥珀は切なそうに鳴いて、縮小化魔術で小さくなった。子猫サイズの琥珀は、尻尾もしゅんと垂れ下がっている。


 先日、ユグドラの森から戻った際に、琥珀が縮小化魔術をかけ忘れて、防御壁部隊員にびっくりされて大騒ぎになったのだ。突如現れたAランクの猫科の肉食魔物を見て戦闘態勢に入った防御壁部隊員を、レイがどうにかなだめて説明し、琥珀を小さくさせてやっとユグドラの街に入れてもらえたのだ。

 その後はもちろん、ウィルフレッドに、レイも琥珀もこってり叱られた。


『リリスなら、この時代にもいるかも? リリスの姿なら通れる?』

『その手があった!』


 琥珀の名案に、レイもポンッと小さく手を打って同意した。


(前回変身した時は、魔力の込めすぎと練りすぎで、音と煙が出ちゃったから、今回はちょっと調整して……)


 レイは変身魔術をかけて、リリスに変身した。今回は音も煙も出ずにスムーズに変身できた。

 肩下ぐらいの白いサラサラストレートの髪に、緑色の瞳、お人形さんのような可愛らしい顔立ちの少女の姿だ。


『これで大丈夫?』

『うん、ばっちり!』


 リリス姿のレイが小首を傾げて確認をとると、琥珀が小さく頷き、テテテッとレイを駆け上って、フードの中におさまった。


 レイがリリスの形見分けでもらったローブは、森織りという生地で作られたものだ。


 森織りは、森の奥深くに住む妖精たちが、特殊な妖精の魔術で森を紡いで糸にし、織り上げたものだ。とても丈夫で、羽織るとまるで早朝の清々しい森の中にいるような心地よさが続く生地ができあがる。


 森織りのローブを纏うと、ふわりと森の中の心地よい香りがし、森林浴をしているかのようにとても気持ちいいので、レイも琥珀もお気に入りだ。


(リリスも、このローブをお気に入りでよく着ていたみたいだし、これなら誤魔化せるかも……)


 レイは意を決して、南大門へと近づいて行った。



***



「お疲れさまです」

「「お疲れさまです、リリス様!」」


 レイはリリスの姿で、何食わぬ顔をして挨拶をし、南大門を通り抜けようとした。


(……よしっ。第一関門、突破!)


 レイは表情に出ないよう気をつけて、内心ガッツポーズをとった。


「ああ、リリス様、ちょっと宜しいでしょうか?」

「……はい」


(ヤバい、いつもと違うってバレた!?)


 心臓を弩級にバクバクさせ、背中に冷や汗をかきつつ、レイはギギギっとぎこちなく、声をかけてきた見張りの防御壁部隊員の方へ振り向いた。


「そちらのフードの中のものは、使い魔でしょうか? キラーベンガルのような模様をしてますが……」

「ええ、私の新しい使い魔です。きちんと契約しているので、危害は加えませんよ?」

「……そうなんですね。それでは、お通りください」


 南大門の見張りは、訝しがりながらも、レイを通してくれた。


(……セーフ!!!)


 レイは息をするのも忘れていた。余韻で心臓がまだバクバクと大きく鳴っている。


「リリス様、いつもと雰囲気違わないか?」

「変なもんでも食ったんじゃないか?」


 遠くからボソボソと何やら聞こえてきたが、レイは慌てず焦らず、スススッと南大門から速やかに離れて行った。



「ここなら大丈夫でしょう……」


 レイは、ユグドラ内の公園のベンチに背負い籠を置き、腰をおろして、大きな溜め息をついた。

 琥珀も、レイの膝の上に座ると、心労でぐったりしている主人を心配そうに見上げた。


「ここでダリルを待ちましょうか」

「な〜ん」


 南大門を通過することさえ緊張しまくったレイにとって、管理者溢れるユグドラの樹に堂々と入る選択肢は無かった。


 南大門での緊張を落ち着けるためにも、レイは膝上の琥珀をぐりぐりと撫でて癒されている。

 琥珀もゴロゴロと気持ち良さそうに鳴いて、まんざらでもなさそうだ。


「リリス! 珍しいじゃない! こんな所で」


 レイは急に声をかけられ、ハッとして声の主の方を向いた。


 見事な赤い髪をした美人がいた。

 ウェーブのかかった前髪をかきあげ、ぱっちりとした大きな緑色の瞳は、不敵に笑っている。


(……ダリル? いや、違う。ローザさんだ!)


 先日ダリルが変身したままの姿——先代の三大魔女、赤薔薇の魔女、ローザだった。


「ユグドラの樹には戻らないの?」

「ええ、たまには公園で休みたいな、って思って……」

「ふ〜ん……」


 ローザは考え込むように、じっとレイを見つめた。

 徐にレイの白くなっている髪を一房すくうと、それを見つめた後にぱらりと手を放した。


「随分、珍しい魔術がかかってるわね。何かやらかしたの? ユグドラの樹に持ち込まないようにしてるの?」

「ゔっ……そんな所……よ」


 レイは思わず目線を外した。そんなレイの様子も、ローザはじっと見つめている。


(ダリルゥゥゥッ! 早く迎えに来て!! お願いっ!!!)


 ローザから穴が空くほど見つめられ、レイは内心、絶叫していた。


「あら、膝の子はどうしたの?」

「私の新しい使い魔よ」

「へー……リリスは、猫が苦手じゃなかったっけ?」

「えっ?」


 ローザの一言に、レイは思わず目を丸くしてローザを見返して、反応してしまった。

 レイは慌てて口を塞いだが、もう遅かった。南大門をくぐる時よりも、心臓の音がうるさく鳴っている。


「あなた、リリスに化けるなら、もっとリリスを知らないとダメよ。でも、魔力が変なのよね。すっごくリリスっぽい。魔力の香りも鈴蘭だし、変身魔術の設定も完璧だし……それに、そのローブもリリスが着てるのと同じものよね?」


 ローザはまじまじとレイを観察しつつ、いろいろ考察しているようだ。腕を組んで、顎に細くて綺麗な指を置いている。



「すまない!! 遅くなった!」


 ダリルがいきなり、何の変身もせずに、そのままの姿で公園に現れた。


「お迎えが来たみたいね」


 ローザも急に現れたダリルを見つめた。


 ダリルは、リリス姿のレイを小脇に抱え、もう片方の腕に背負い籠を持った。

 琥珀も慌てて、レイのローブのフードに潜り込んだ。


 レイが見上げたダリルの瞳は、今まで見たことが無いぐらい熱っぽかった。何かを堪えるように、少しだけ瞳が潤んでいた。


(……ダリル???)


「……行くぞ」


 数秒の沈黙後、ダリルが時間魔術を発動すると、


「じゃあね、小さな三大魔女ちゃん!」


 とローザは微笑んで小さく手を振っていた。



「おまえ、ローザに遊ばれたな」


 時間魔術の光の中で、ダリルは渋い顔をして、小脇に抱えたレイを見つめた。



***



「レイ、琥珀、お帰りなさい」

「無事で良かった〜!!」


 レイが元の時代に戻って来ると、レヴィが淡々とおかえりの挨拶をし、ウィルフレッドは大喜びで、がしがしとレイの頭を撫でた。

 折角シェリーが作ってくれたお団子ヘアは、無惨にも綻んでしまった。


「……ただいまです……」


 レイは無事に帰って来れた感動よりも、髪型を激しく崩されたことにムスッと機嫌を悪くした。


「今回は、場所まで違う所に飛んでなかったから良かったな」


 ダリルがほっと安心したかのように息を吐いた。


「えっ!? 場所まで飛んでしまうこともあるんですか!?」

「そうだぞ〜、ダリルの時間魔術はすごくてな、大陸の端まで飛ばされたこともあったな。しかも百年も前のだ」


 ウィルフレッドが意地悪そうに、ダリルを見つめた。


「ちゃんと迎えに行っただろう」

「三日もかかっただろう! 俺がどれだけサバイバルしたと思ってるんだ!? ユグドラに戻っても百年前の俺がいるし、めちゃくちゃ怪しまれて、どれだけ逃げ回ったことか!!」


 ダリルが肩をすくめて主張すると、ウィルフレッドは食ってかかった。


 レイはウィルフレッドの話を聞いて、飛ばされた所がユグドラ内で良かったと、心からほっとした。



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