第33話 時間魔術1

 今日はレイたちは、ユグドラの森に来ていた。


 レヴィが実戦で何をどこまでできるか確認しつつ、薬草や木の実、きのこなどを採集しているのだ。

 琥珀が元のライオンサイズに戻って周囲を警戒してくれているため、ウィルフレッドは集中してレイとレヴィに教えることができている。


 レイは、リリスの形見分けでもらった深い緑色のローブを羽織り、ウィルフレッドに買ってもらったショートソードと、メルヴィンからもらったナイフを腰のベルトに付け、採集用の背負い籠を背負っている。

 長い黒髪は、お手伝いエルフのシェリーに、頭頂部で団子にまとめてもらった。


 ウィルフレッドは、カールの入った金髪を、邪魔にならないように一つにまとめている。いつもの着古したシャツとトラウザーズに傷の付いたブーツを履き、剣を腰から下げている。エルフにしてはがっしりめの体格なので、まるで冒険者のようだ。


 レヴィは、剣なら何でも扱えるということで、ウィルフレッドからお古の剣を譲り受けている。お古とは言えど、ドワーフ製の上等な剣だ。剣を腰から下げ、革の胸当てと小手をしているので、パッと見で、傭兵のようだ。



「レイ……このきのこは毒があるからな。採っちゃダメだぞ」


 ウィルフレッドが椎茸のような茶色いきのこを摘んで、地面に置かれている背負い籠からポイッと投げ捨てた。

 前回も教えたんだがな……と小さくぼやいている。


「あれ? 毒きのこでしたっけ?」


 レイは捨てられた毒きのこを見たが、つやつやと肉厚な椎茸のように見えて、ちょっと美味しそうにさえ思えてくる。


(バター醤油で食べたら美味しそうなのに……じゅるり)


 レイが残念そうに捨てられたきのこを眺めている横で、レヴィがポイポイッと籠に追加のきのこを入れた。真っ赤な傘に白い斑点が付いたきのこだ。


 レイが目を剥いて、ヤバそうなきのこを眺めていると、


「おお! よく見つけたな! これは上級の魔術薬で使うやつだ。結構、見つけづらい所に生えてるから、なかなか採れないんだ。ありがとな」


 とウィルフレッドが嬉々として、レヴィを褒めている。


「あちらの倒木の影にいっぱい生えてました」

「そうか。全部は採ってないよな? 少し残しておけば、また採れるようになるからな」

「大丈夫です。ある程度小さいのは残してあります」

「よしっ!」


 ウィルフレッドは、きのこの場所を確認すると、空間収納から地図を取り出して、印をつけた。また後で採集に来れるようにするためだ。


(……きのこが分からなすぎる)


 ユグドラの森に生えているきのこは、この世界独特のものだ。元の世界の知識が使えないため、レイはきのこを見つける度に、半分当てずっぽうで採集して、ウィルフレッドに確認してもらっては、ほぼ全滅している。



「だいぶ採れたな。少し休憩するか」


 ウィルフレッドは背負い籠の中身を覗き込んで、本日の採れ高を確認すると、休憩地点のある方向を指差して提案した。


「はいっ!」

「そうしましょう」



 レイたちが休憩地点にたどり着くと、先客がいた——ダリルだ。ブラウンの髪を青いリボンで一まとめにし、魔術師用の上等な黒いローブを羽織っている。

 休憩地点の簡易結界の中で、地面に魔術陣を直に描き、その横に、簡素なスタンディングデスクを出して、何やら紙に書き物をしているようだ。


「よう、ダリル! こんな所でどうしたんだ?」


 ウィルフレッドが気安く片手を挙げて、ダリルの元へ近寄って行った。


「ああ、時間魔術の実験だ。ユグドラでやると、他の者を巻き込むおそれがあるからな」


 ダリルがウィルフレッドの方を振り返ってそう告げると、ウィルフレッドはぴしりと固まり、一瞬の内にザッと後方へ跳んで、警戒するようにダリルから距離をとった。


「おいおい、今はまだ発動していないから大丈夫だ」

「おまえの『大丈夫だ』は信じられない!! 何度、俺が飛ばされたと思ってるんだ!」


 ダリルがやれやれと肩をすくめると、ウィルフレッドが背中の毛を逆立てた猫のように威嚇した。以前、相当酷い目にあったそうだ。


 レイが、ウィルフレッドの大袈裟すぎる避け方に、少し呆れた目を向けつつ、トコトコとダリルの机に近づいた。


「何を書いてるんですか?」

「ああ、時間魔術の仮説と検証だ。魔術陣の描き具合で、どのぐらいの分量まで飛ばせるかだが…………うわぁっ!!?」


 ライオンサイズの琥珀がレイの後についてダリルに近寄ると、大きいサイズの琥珀にまだ慣れてないダリルが、反射的にビクッと大きく斜め後方に跳ねた。ピリリッと魔力も放出される。


「えっ?」

「グルル」


 地面に描かれた魔術陣がピカッとひときわ強い光を放ち、レイと琥珀は避ける間もなく、その白い光の中へかき消えた。


「あーーーっ!! 言わんこっちゃない! ダリル、どうしてくれるんだ!?」


 離れた所から全てを見ていたウィルフレッドが叫んだ。慌ててダリルの元へ駆け寄る。

 レヴィは珍しくポカンと口を開けて固まっている。聖剣でもびっくりしてしまったようだ。


 ダリルはびっくりして飛び跳ねたため、その場で尻餅をついていた。しばらく呆然と固まっていたが、現状を把握したのか、冷静に立ち上がると、険しい顔をして魔術陣に手をかざした。


「少し黙っててくれ。魔術の痕跡をたどって、レイがいつの時代のどこに飛ばされたか確認する」

「ああ……」


 ウィルフレッドは眉間に深い皺を寄せ、両腕を組むと、ダリルの様子を見守った。



***



「うっ……ここは?」

「キュルル……」


 レイがゆっくりと起き上がると、琥珀が心配そうに鳴いて、頭をすりすりと擦り付けてきた。レイは琥珀を撫でて落ち着くと、周囲の様子をぐるりと眺めた。


 森の中だ。

 光の玉がいくつもふわふわと浮かんでいて、さわさわと魔力を含んだ風が流れている。森の中に生えている木々や草花の様子を見てみると、レイが見慣れたユグドラの森の中に似ていた。


(魔力の雰囲気はユグドラっぽい……でも、みんなが見当たらないから、さっきのダリルの時間魔術の魔術陣で飛ばされたのかな?)


「ここってやっぱり、ユグドラの森の中かな?」

『そうだと思う。ユグドラの魔力を感じる』


 琥珀が、キュウッと鼻と喉を鳴らして、念話で答えた。


「……そしたら、ユグドラの街で待ってた方が安全かな? どっち方向か分かる?」

『こっち!』


 琥珀に先導され、レイはいつかのユグドラの森の中を歩き出した。



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