第26話 レーヴァテイン1

レイとウィルフレッドは、称号板しょうごうばん加護板かごばんを確認しに宝物庫に来ていた。フェリクスとの親子契約の影響を調べるためだ。

 宝物庫の管理人のガイに黒い板を持ってきてもらい、早速、レイは称号板に魔力を通した。


——

称号:三大魔女(鈴蘭)、先代魔王の義娘

——


 悪の手先のような称号が追加されている。

「先代魔王の義娘」の文字をタップすれば、詳細が表示された。


——

先代魔王フェリクスと親子契約した場合に与えられる称号。

特典スキル:聖属性適性アップ、聖属性の極大魔術使用権

——


「レイ、念のため魔術属性の鑑定していいか? 聖属性が極になってる可能性がある」


 ウィルフレッドが難しい顔をして訊いてきた。


「お願いします」


 レイが両手をスッと出す。

 ウィルフレッドがその手を掴んで、鑑定魔術を発動した。


 フェリクスとの親子契約をした結果、レイの聖属性の適性が極になっていた。


 ある属性の魔術適性が極になると、その属性の極大魔術が使えるようになる。ただし、極大魔術は世界に与える影響が大きいため、いくつか制限が設けられている。

 それが「魔力量」と「権限」だ。


「極大」の魔術なので、極大魔術の発動には、莫大な魔力量が必要になってくる。

 実際には、最上級の精霊や魔物などの魔力を借りるか、上級魔術師の魔力や命を何人分も使用するか、魔力量無限の特典スキルを持つ三大魔女が極大魔術を発動することが必要になる。


 また、極大魔術を使用する権限も必要だ。

 その権限は、各魔術属性を司っている最上位のものが付与することができる。

 聖属性なら先代魔王フェリクスだ。火の極大魔術なら火竜王、癒しの極大魔術なら癒しの精霊女王など、それぞれの属性ごとに決まっている。


「魔術適性、極」「魔力量」「権限」という厳しい制限があり、実際に極大魔術が発動した例は、歴史上そんなに多くはなかった。


「……レイは単独で聖属性の極大魔術が撃ち放題だ。広範囲が全て灰になる魔術だから、絶対に、絶対に使うなよ」


 ウィルフレッドが真剣な眼差しで念を押してきた。「絶対」も大事だから二度言われた。

 レイも神妙な面持ちで頷いた。


 レイは本当に「先代魔王の義娘」の称号に恥じない力を手にしてしまった。


 ちなみに加護板の方は何も増えておらず、こんなに安心できることはないと、レイは心からありがたく思った。



***



 数日後、ウィルフレッドはフェリクスに面会の予定を取り付けていた。

「レイの聖属性魔術について、フェリクスに報告とクレームを入れてくる」と言って、ウィルフレッドは出立して行った。


 レイには、琥珀と一緒で、尚且つ、街からあまり離れなければ、ユグドラの森に薬草と木の実を採りに行っても良いと許可を出してくれた。

 琥珀はAランク魔物だ。護衛にはちょうどいいだろう。



 早速、レイは籠を背負い、腰のベルトにショートソードとナイフを付けて森へ入った。

 琥珀は森の中に入ると、レイの元の世界でいうライオンほどの大きいサイズに戻った。魔術で伸縮自在の赤いリボンは、首輪代わりにつけている。


 今日は無理せずに、街に近い森の浅い所で採集予定だ。だから籠のサイズも、前回の半分ぐらいの大きさだ。



『レイ、こっちの方は敵いないよ』

『ありがとう』


 使い魔契約のおかげで、レイと琥珀は念話ができる。レイがお礼に琥珀を撫でれば、ゴロゴロとご機嫌な鳴き声が聞こえてくる。


 前回森に入った時にウィルフレッドから教わったことを思い出しながら、薬草や木の実を採集する。きのこは判別が難しいため、今回の採集ではお預けだ。


 背中の籠がほぼ一杯になって、レイはうーんっと気持ちよく背伸びをした。


 ふと気がつけば、レイたちは森の中の少し開けた場所にいた。


(……あれ? 森にこんな所あったっけ?)


 その場所は、草と木でドーム状に囲われていた。広さはだいたい、ぐるりと周れば二百メートル走ができそうな学校の校庭ぐらいだ。

 下草は、色とりどりの小さな花をつけたものや薬草が生えていて、ちょっとした花畑のようだ。

 ドームの壁になっている木は密集して生えており、たくさんの蔦が絡まっている。

 ドームの天井からは、枝や葉の隙間から木漏れ日が差し込み、所々青空ものぞいていて、とても幻想的だ。涼やかな風も吹いて、清浄な空気すらも感じる。


「わぁ、綺麗!」


 レイは嬉しくなって、その場でぐるっと回って、この花畑を見渡した。ふわっと、ふくよかな甘い花の香り舞った。


 ふと、レイはドームの端に何やら倒れている人がいることに気づいた。


「!?」


 助けなきゃと、慌ててレイが駆け寄ろうとすると、琥珀がその前を遮る。


『危ない、ダメ!』


 レイが今まで見たことがないほど毛を逆立てて、低い警告の唸り声をあげている。


 倒れた人の近くには、禍々しいオーラを湛えた、大きな棒状の何かがあった。


 こちらがその禍々しいものを見つけた時、あちらもレイたちのことを認識したようだった。黒く禍々しいオーラが地を這うように少しずつ迫ってくる。黒いオーラに触れた所から、花々や薬草が茶色く枯れていくのが見えた。


(!? ……ヤバい、どうしよう!?)


『琥珀が囮やる。レイは、浄化魔術する!』


 戦闘経験豊富な琥珀から指示が出た。琥珀は駆け出して黒いオーラに近づき、威嚇して挑発しだした。


「浄化魔術なんてやったことないよ!」


 震える声でレイが叫んだ。


『大丈夫、レイは適性ある!』


 そこへ、黒いオーラがヒュンッと触手を伸ばすように、琥珀へ攻撃を仕掛けてきた。

 琥珀が斜め後ろに跳ねて攻撃を躱す。ジュウッという音がして、黒いオーラが当たった部分の地面が、焦げたように黒くなっている。


 黒いオーラは、琥珀への第二撃の隙を窺うように、ゆるゆると蠢いて集まってきている。


(……このままではまずい!!)


 レイは咄嗟にお腹に手を当てていた。何でもいい、藁にもすがるような思いでいた。


「リリス、助けて!」


 その瞬間、ドクンと動悸がして、お腹の底から魔力が溢れるように出てきた。


(なぜだか分からないけど、いけるような気がする! リリスの助けもある!!)


 ありったけの魔力を手のひらに溜めて、黒いオーラに向ける。


「浄化っ!!」


 青白い光がレイの手から出て、黒いオーラを掠めた。

 掠めた部分でジュワッと音がして、黒いオーラが小さくなっている。


(何か出た!!?)


 無様でも何でもいい! あの黒いのを何とかする! とレイは魔力量無限のゴリ押しで、浄化砲を撃ちまくった。火事場の馬鹿力である。


 始めの数回は、外したり掠ったりするだけだったが、慣れてくると当てられるようになった。

 琥珀も巻き込まれないように、ドームの端の方へ避けている。レイの浄化砲の方を怖がっている感じがするのは、気のせいだ、きっと。


 最後に黒いオーラの元に向けて浄化砲を撃つと、レイはその場にどっと跪いた。レイの腕が小刻みに震えている。

 琥珀がキュウと心配そうな鳴き声を出して駆け寄って来た。


(……死ぬかと思った……琥珀もやられちゃうかと思った……)


 平和な国に生まれ育ったレイにとって、全くわけの分からないものに急に襲われるのは、かなりのショックだったようだ。後になってから急に震えがきている。


 レイはしばらくその場から動けなくて、そばにやって来た琥珀をぎゅうぅっと抱きしめた。

 琥珀も慰めるようにザリザリとレイを舐めている。


 少し安心したレイは、気は進まないが、今回の原因を確認してみることにした。


 恐る恐る慎重に近づいていくと、そこには一振りの見事なロングソードが地面に刺さっていた。柄頭つかがしらつばには、繊細な彫りが施されていて、レイの浄化砲が当たったためか、清浄な空気さえ放っているようだ。


(……たぶん、これすごくいい剣)


 先日、メルヴィンの工房でたくさん剣を見てきたレイには何となく分かった。


 レイが剣をじっと見つめていると、その剣に話しかけられた。


「あなたが私を浄化してくれたのですね、お嬢さん」


「えっ!?」


 レイは驚きすぎて後ろにぴょんと跳ね飛んでしまい、尻餅をついた。


「私は魔剣レーヴァテイン、いや、今は聖剣レーヴァテインですね。浄化していただきありがとうございます。お礼に次のご主人様をあなたに決めました」


「は!? 剣が喋ってる!!」


 レイは驚きすぎて固まっている。


「……ご主人様?」

「えっと……ご主人様って何?」

「ご主人様は私、レーヴァテインの持ち主です。ご主人様のみが私を扱えます」

「私、身長低いし、あなたは長すぎるから扱えないよ?」

「……そんな!」

「あなたはすごく立派だし、もっと剣の上手な人の方がいいんじゃないかな?」

「私自身は、ご主人様に強さを求めておりません。私は、私がご主人様と認めた方に使っていただきたいのです」


 レイは困ってしまった。レイは子供で身長も低い。力もそんなに無い。それに、この前ちょうど良いサイズのショートソードも買ってもらったばかりだ。


 だがこれだけ立派な剣である。ユグドラに持って帰れば、誰かいい使い手が見つかるのではないだろうか、とレイは考えた。


「う〜ん、でも今日は荷物いっぱいだしな……あの人の形見も何か持って帰ってあげたいし」


 レイがチラリと倒れている人の方を見た。遠目からではよく分からなかったが、少し近づいてみると、既に儚くなられているようだった。


「私はご主人様のお役に立ちたいのです。是非連れ帰ってください」


 レーヴァテインが食い下がってきた。


 レイはなぜかふと、リリスの加護に変身があることを思い出した。


「あなた、変身できる?」

「魔力があれば可能です」

「今の剣の状態だと持って帰るの大変だし、魔力をあげるから、変身して、自分の足で歩いてもらえる?」

「かしこまりました」


 レイがレーヴァテインのつかを持って、一気に地面から引き抜いた。ついでに魔力も込めてみる。


 すると剣が発光し、みるみる人型を象っていった。


 絶世の美貌の青年が、そこには立っていた。

 冒険者のような服装はしているが、アクアマリンのような淡い水色の瞳で、長いストレートの淡い金髪を靡かせて、お忍びでいらした王子様といった風貌だ。

 通った鼻筋と形の良い唇。真顔の時は彫像のような美貌なのに、一度微笑むと、そこに花が咲き乱れるかのような艶やかさだ。


 あまりの麗しさにレイは一瞬びっくりしたが、倒れている人を埋葬したいし、いい加減帰らないとみんなに心配されるので、ささっと帰る準備をすることを優先した。——レイは、現実的だった。



 琥珀に穴を掘ってもらい、レイは倒れている人を埋葬した。もし遺族に会った時のために、遺髪と形見になりそうなナイフだけ確保した。


「この方は、前のご主人様です。私の瘴気の暴走に巻き込まれ、ここに一緒に飛ばされてきました」


 レーヴァテインは、感情のあまり窺えない瞳で、前のご主人様のお墓を見つめていた。


(……あまり前のご主人様と仲良くなかったのかな?)


「前のご主人様の時は、私の瘴気が濃くなりすぎて、所々しか記憶はないのです。ただ、私を大事に扱ってくれていたような記憶はあります」


 レーヴァテインは騎士のような礼をして黙祷を捧げた。

 レイも手を合わせ、黙祷を捧げた。



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