第27話 レーヴァテイン2

 レイたちがユグドラの街に戻ったのは、夕暮れ時だった。


 森の出入口付近では松明が灯され、人手が駆り出されていた。予定時刻を過ぎても戻って来ないレイを心配して、ユグドラの住民たちがこれから捜索に出ようとしていたようだ。


「レイ!! 心配したぞ!!」

「ごめんなさい! 遅くなりました」


 レイが戻って来たのに気づいたウィルフレッドが駆け寄って来て、彼女にどこか怪我は無いか、入念に確認した。


「……で、そちらはどちら様だ?」


 レイの無事が確認できると、ウィルフレッドは睨むように、彼女と一緒に森から出て来た美青年を見つめた。


「レーヴァテインです」


 レーヴァテインが挨拶と共にふわりと微笑むと、「はぁ……」という甘いため息と共に、レイ捜索のために集まってくれた何人かが倒れた。

……倒れたが、その表情はなぜか幸せそうだ。


「話せば長くなるので、とりあえずユグドラの樹に帰りませんか?」


 レイは溜め息を吐くように、仕切り直しを提案した。


 倒れた者の介抱をしつつ、レイの捜索部隊はこのまま解散することになった。



***



 ユグドラの樹の下層階には応接室が大小一つずつあり、ウィルフレッドは小さい方の応接室に場所を取った。


 参加者はレイ、ウィルフレッド、レーヴァテインと、急遽呼ばれたメルヴィンだ。

 メルヴィンは武器の鍛冶士なので、レイがお願いして呼んでもらった。琥珀もついて来ていて、小さい子猫サイズの姿で、レイの膝の上でごろんと丸くなっている。


 ダークブラウンのローテーブルを挟んで、レイの向かいの二人掛けソファにはウィルフレッドとメルヴィンが座り、レイの隣にはレーヴァテインが座っている。


 レイは今日一日あったことを説明した。

 森で薬草を採っていたら、開けた場所に出たこと。

 そこには、倒れている人とレーヴァテインがいたこと。

 レーヴァテインは瘴気に侵されていて、レイが浄化したこと。

 レーヴァテインを持って帰るのは大変そうだったので、変身させて連れて帰ったことなど……


 ウィルフレッドは頭痛を堪えるように、こめかみを揉みながら渋い顔で聞いていた。

 メルヴィンはポカンと口を開けて固まってしまっている。


「一度、剣の姿に戻ってもらった方が分かりやすいかな?」

「かしこまりました」


 レイが隣に座っているレーヴァテインを支えている間に、人型のレーヴァテインが変身を解いた。ふわっと淡く光った後に、そこには聖剣レーヴァテインがあった。


「「!!?」」


 ウィルフレッドとメルヴィンが、驚愕の表情でその剣を見つめた。


「確かに、噂に聞く魔剣レーヴァテイン通りの姿、造り、装飾だ……存在圧も魔剣の業物だな。申し分ない」


 メルヴィンは、レーヴァテインをいろいろな角度からあちこち見ている。より細かい所を見ようとしてレーヴァテインを手に持つと、「重っ!!」と言って、剣を地面に置いてしまった。


「大丈夫ですか? この剣ってそんなに重くないですよね?」


 レイのその言葉に、ウィルフレッドとメルヴィンは、本日何度目かの驚愕の表情を向けてきた。ウィルフレッドは、そのまま片手で顔を覆って項垂れてしまった。


「レイ、当代の剣聖に選ばれたな」


 メルヴィンが、レイを見つめながら重々しく口を開いた。


「えっ?」


 今度はレイがびっくりする番だ。


「この世界では、魔剣レーヴァテインに選ばれた者が剣聖になるんだ。選ばれた者の特徴として、魔剣レーヴァテインを持つと軽く感じるんだ。魔剣レーヴァテインは、その時代で最も剣の腕が強い者を選ぶと言われている」

「違いますよ、私はご主人様に剣の腕は求めてません。その時代で、最も私を扱うのが上手な方を選んでます」


 メルヴィンが説明していると、剣本人から訂正が入った。


「つまり、レイはお前を人型に変身させられるほど、上手な使い手ということか?」


 項垂れていたウィルフレッドが、低い声で確認してきた。


「そうです。今まで私を人型にできるほどのご主人様はいなかった。今のご主人様は、今までで一番私を使いこなせる可能性を秘めています」


 はぁ……、と重い溜息を吐いて、ウィルフレッドが説明してくれた。


「歴代剣聖は大抵どこかの国に所属して戦果を上げたり、名剣士や英雄として名を馳せてきたから、自国に取り込もうとする所が多い。レイもそれで狙われる可能性がある。あと、剣聖は魔剣の瘴気の影響で、非業の死を遂げることが多い。レイが見たという倒れてた奴は、おそらく先代剣聖だろ? 数年前に行方不明になってたんだ」


「私はもう魔剣ではありません。ご主人様に浄化していただいたので、聖剣になりました。なので、また瘴気が溜まらない限りは、今のご主人様が不幸になるような縁が巡ることはないでしょう」


「「は?」」


 またウィルフレッドとメルヴィンの声が重なった。

 そんなのありかよ……とウィルフレッドが続けて呟いた。


「それならレイが辛いことになることはないんだな?」

「ええ、瘴気が溜まらない限りはですが」


 ウィルフレッドは、ソファの背もたれにぐったりともたれかかり、両手で顔を隠しつつ天井を見上げて「良かった……」と呟いた。


「聖剣の騎士か……それはそれで教会が欲しがるだろう。あそこは使える人材は、根こそぎ取り込もうとするだろう?」


 メルヴィンが、三つ編みの顎髭を撫でながら唸った。



 教会は騎士団を擁しており、その騎士団に所属する騎士は、聖騎士と呼ばれている。聖騎士の中でも、特に手練れで、教会が所有している聖剣に選ばた者は「聖剣の騎士」と呼ばれている。



「それならフェリクスに相談しよう。あいつならレイに管理者の仕事があるって分かってるし、教会の奴らが、無理矢理レイを教会に取り込もうとするのを防いでくれるだろ」


 当代剣聖のレイを置いてどんどんと話が進んでいく。

 膝上で丸くなっている琥珀だけが、今のレイの癒しだ。琥珀を撫でつつ、レイは恐る恐る確認した。


「……えっと、ということは、私は剣聖だということは知られない方がいいんですか?」

「そういうことだな。ついでにレーヴァテインも聖剣だとバレない方がいいだろう。一応、管理者にだけは事実を伝えておこう。何かあった時に対処が遅くなると大変だ」


 ウィルフレッドの提案に、レイもメルヴィンも頷いた。

 今後の方向性は決まった。



 レイは、聖剣レーヴァテインを持って魔力を込めた。聖剣が光って、元の美青年が現れる。


「ありがとうございます、ご主人様」

「そのご主人様って言うのやめて。恥ずかしいし。レイって呼んで」

「かしこまりました、レイ」

「あと、あなたのことはレヴィって呼ぶね。レーヴァテインだと、もしかしたら剣だってバレちゃうかもしれないし……」

「ありがとうございます、レイ」


 レヴィがにっこりと微笑んだ。名前をつけてもらったのが嬉しかったようだ。


 こうして、ここに歴代最弱で最強の剣聖が誕生した。



***



 レイが剣聖になってから数日後、大国ドラゴニアで、遠見の巫女よりお告げがあった。

「新しい剣聖が生まれた」と。


 お告げには続きがあった。

「当代の剣聖は、歴代最強である」と。


 この巫女の言葉で、剣聖を自国へ取り込もうと、各国が血眼になって探すことになるのであった。



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