第24話 流行性の恋3
レイは、港町ルルコスタに足を踏み入れた。
明るいクリーム色の石畳が敷かれ、早速、白い壁の建物群が迎え入れてくれている。
人々はゆったりと歩き、楽しそうな話し声が聞こえてくる。
目抜通りは公園の広場へ繋がっており、公園の広場には青い大きなパラソルをさした屋台がいくつも出ている。ソフトクリームやフルーツジュース、チュロス、ポップコーンなど、観光客がその場で食べられそうな屋台が多い。
公園には赤や黄色、白い花弁の大きな南国風の花が咲き乱れ、芝生部分には、ゆったりと寝そべって休んでいる人が多い。
レイは早速、任務のことは頭からポロリと抜け落ちてしまった。
キャンディバーの屋台に狙いを定めたレイは、わくわくと踊る足取りで歩き出した。
どんっ!!
レイは斜め前からの急な衝撃にびっくりして、尻餅をついてしまった。衝撃があった方を確認すると、ピンクブラウンの髪の可愛らしい女の子が倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
レイは慌てて女の子に手を差し伸べた。
「もうっ! どこ見て歩いてんのよ!!」
女の子はレイの手をパシリと払いつつ、頬を真っ赤に染めて、キッとレイを睨んだ。
「遅刻しちゃったらどうするのよ! あなたのせいよ!」
女の子はそれだけ言うと、ふいっと別方向を向いて、赤いひらりとしたミニスカートを翻しながら走り去って行った。
レイは一連の事故に、呆気にとられて、ポカンと固まってしまった。
ふと足元を見れば、おそらくさっきの女の子が落としていった花柄のハンカチと……
「ん? 齧りかけのトースト???」
レイは何だか嫌な予感がした。だが、ここは元いた世界とは違うのだ。むしろ元いた世界でも起こらないようなことだった。
花柄のハンカチには、ご丁寧にどこかの地図が書かれたメモが挟み込まれていた。ここを訪れて、さっきの女の子ともう一戦交えろということだろうか?
(それに、何とは言えないけど、白地に苺柄が見えてしまった……同じ女子としてなんだかいたたまれない……)
レイは遠い目をした。
レイのテンションはがくっと下がった。
***
フェリクスとウィルフレッドは、公園の広場全体が臨めるカフェのテラス席から、レイの様子を見ていた。ミランダは別行動だ。
「早速、仕掛けてきたね」
新聞からチラリと視線を上げたフェリクスが、呟いた。
「いきなり勝負をかけてきたな。あれはきついぞ」
ウィルフレッドは一口、アイスコーヒーを口に含んでグラスをテーブルに置いた。グラスの中の氷が、からりと涼やかな音を立てる。
ぱっと見、公園周辺には、恋や黒歴史の精霊らしき人物は見受けられない。軽くバレない程度に探索魔術を展開してみたが、やはりそれらしき気配は無かった。
そこへミランダから通信が入った。テーブルの上に置かれた平べったい青い石は、通信用の魔道具だ。ぴかぴか光っている。
即座に防音結界を展開すると、ウィルフレッドが応答した。
『……ああ、良かった。繋がったわね』
「ミランダ、どうかしたか?」
『街全体に探索魔術をかけたけど、恋も黒歴史も見つからなくて……でも、レイは早速、接触があったのよね?』
「ああ、おそらく悪夢のC型の罹患者だ。レイにぶつかった後、少し会話してすぐに去って行ったが……」
「今回の彼らは知恵が回るようだね。もしかしたら、レイには悪夢のC型患者をぶつけて、自分たちは別のところで様子を見ているのかな?」
『そうなると面倒ね。街の外かしら……』
「ミランダは、今度は街の外側に探索魔術をかけてくれ。こっちはレイの確認をしつつ、恋や黒歴史の接触がないか見張りを続ける」
『ええ、お願いするわ』
そこでミランダとの通信は切れた。
「レイが移動するようだね」
「俺達も行くか」
フェリクスとウィルフレッドは、席を立った。
***
(地図の通りだと、ここを曲がって……)
そこには白い壁の大きな建物——学校があった。ルルコスタは斜面が多いので、校庭や学校自体は小さめサイズだ。校庭の端の方にはベンチがあり、ニセアカシアの木が植えられている。
(罠の可能性もあるけど……)
先ほどの女の子が落としたハンカチに挟み込まれていた地図をたよりに、レイはここまできた。
念のため、ポケットに手を当てて、捕縛用の魔道具があるかを確かめる。
背の高い白い柵に囲まれた校門をくぐり、堂々と校舎の中に入っていく。レイは学校に通っているぐらいの年齢に見えるし、堂々としていた方が却って怪しまれない……はずだ。
「ちょっと! 遅かったじゃない!」
校舎に入り込んだ瞬間、レイは急に横から声をかけられた。声がした方を振り向くと、先ほどの赤いスカートの女の子がいた。
「あなた、学校サボる気だったの?」
女の子がぐいっとレイの顔を覗き込んできた。勝ち気そうな赤い瞳と目があう。
「いえ、わた、僕はここの生徒じゃないので……あ、これ、落とし物です」
レイが慌ててハンカチを差し出すと、女の子は半ばひったくるようにそれを受け取った。
「ふーん、あなた名前は? あたしはリタ」
「……レイです」
「そう。ありがと、レイ。じゃ、次の授業始まっちゃうから」
女の子は少し唇を尖らせつつも、頬を赤らめてお礼を言うと去っていった。
(……何だったんだ……)
レイは放心状態で、リタが去っていくのを眺めていた。
どんっ!! バシャーッ!
「きゃっ! ごめんなさい!!」
今度は背中側から衝撃を受けた。
レイが振り向くと、ウェーブがかかった緑色の髪の女の子が、ノートや教科書や文房具を廊下にぶちまけてうずくまっていた。
「め、メガネ、メガネ!」
女の子は必死に手探りで、ぶつかった衝撃で飛んでいった眼鏡をわたわたと探している。
「大丈夫ですか? 探しものはこれですか?」
少し離れた所に落ちていた眼鏡を、レイが拾って手渡すと、女の子は、ガシッとその手を掴んで上目遣いにレイを見つめてきた。びっくりするほどの美少女だ。
「あ、ああ、ありがとうございます!」
(み、見えてる! 谷間が見えてるから!!)
ドジっ子なのだろうか、ブラウスの胸元のボタンを掛け違えている……
レイは顔を赤くして慌てて視線を逸らした。
レイが目線を逸らしたのにハッと気付いたのか、女の子は自分の胸元を見ると、ボンッと赤くなって牛乳瓶の底のような厚手レンズの眼鏡をかけると、「きゃーっ!」と叫んで逃げ出してしまった。
彼女がぶちまけた教科書や文房具類を残して……
「あ、忘れ物……」
ノートや教科書にはもちろん、クラスや名前が書かれていた。
(これをまた届けろというの!?)
レイは頭を抱え込んだ。
レイがどうにかノートや教科書や文房具をかき集め、先ほどぶつかった緑色の髪の少女のクラスへお届け物をしに行くと、最初にぶつかったリタも同じクラスにいた。
レイが内心ぎくりとしつつも平静を装い、緑色の髪の少女に落とし物を渡して帰ろうとすると、案の定、リタが話しかけてきた。
「ちょっと、二人はどういう関係なの!?」
「関係も何も、たまたま廊下でぶつかって、彼女が荷物を忘れて行かれたので、届けに来ただけです」
「リ、リ、リタさん! 本当にこの人とは何も関係ないんです! ……ちょっと優しくしてもらっただけで……」
「ちょっと優しくってどういう意味よ!?」
緑色の髪の少女が勇気を振り絞ってフォローしてくれたが、途中で胸元を覗かれたことを思い出したのか、顔を赤らめて恥ずかしそうに目線を斜め下に向けた。
それを見たリタが「これは何かあったな」と勘違いして、レイに詰め寄ってきたのだ。
ちょうどクラスの担任が教室に入って来て仲裁してくれたおかげで、レイはどうにか外へ出ることができた。
外へ送りがてら、ミランダ並みにセクシーなクラス担任は、レイの耳元に艶やかな赤い唇を寄せて、溜め息を漏らすように囁いた。
「乙女心を弄ぶなんて、いけない子ね」
ふわりと女性らしい甘い香りがして、そして離れていった。
「困ったことがあったら、いつでもいらっしゃい。相談に乗るわよ」
泣きぼくろのある垂れ目をウィンクさせると、授業があるからと、片手を振ってクラス担任は去って行った。
レイの心臓はいろんな意味でドキドキしっぱなしだった。
***
(何だかいろいろ負けているようで辛い……)
女性らしさだとか、大人の魅力だとか、かわいらしさだとか、発育の良さだとか……今のレイに足りない物をまじまじと見せつけてくるのだ。
レイを男の子だと思ってアプローチしてくるのをあしらうのも大変だが、それ以上に精神的に諸々がグサリと刺さった。
レイは学校を出ると、ガイドブックに載っていた海鮮レストランを目指した。
(せめて食事だけは、美味しいものを!!)
レイの心は
ご飯に癒しを求めて街角を曲がれば、ガラの悪い男たちに絡まれている金髪の可憐な少女にばったりと出会った。
「きゃーーーっ!カルロ、助けて!!」
少女はむにゅりとレイの腕に抱きつくと、レイを盾にして助けてとすがってきた。
(カルロって誰!?)
レイはびっくりして少女の方を見た。彼女は目尻に涙が滲んで、ふるふると震えている。
「おいおい、彼氏か〜?」
「俺たちはその子に用があるんだ、さっさと退いてくれねぇか?」
ガラの悪い男たちが、凄みをきかせて睨んできている。
(……この子を置いていく訳にもいかないよね……)
「ウォーターボール」
レイはスッと手を男たちの方に向けると、巨大な水球を二発放った。
「うわっ!」
「ぶっ!!」
男たちは見事に水球にぶつかって、勢いよく後ろへ吹き飛んだ。
「こっち! 今のうちに!」
レイは少女の手を取ると、男たちから逃げるように走り出した。
***
「はぁ、はぁ……」
人通りの多いところに出ると、レイたちは息を整えた。
「あなた、結構強いのね。本当に助かったわ。ありがと。あたしはルーシーよ」
「はぁ……とにかく無事で良かった。僕は……もう、カルロでいいよ」
「そこの土産物屋で働いてるの。お店の時間だし、残念だけどまた今度ね。じゃあね!」
ルーシーは手を振って去って行った。
「……はぁ……」
レイは大きな溜め息を吐いて気持ちを整えると、今度こそ海鮮レストランへ向かって歩いて行った。
その後、レイには何度も何度も恋のハプニングが訪れた。その度に、レイは酷く疲弊していった。
ちょいちょい挟まれるラッキースケベも、レイの精神を鬼おろしの如く削り落としていく原因になっている。
海鮮レストランへの道のりは決して楽では無かった。たった徒歩十分程度の距離で、レイは街角を曲がる度に女の子とぶつかりまくり、その都度、恋のハプニングに巻き込まれていった。
やっとのことでたどり着いた海鮮レストランも、店内に入れば、かわいい店員の女の子が酔っ払い客に絡まれていた。
その度に思わず手を差し伸べてしまったお人好しのレイには、毎回女の子たちがむにゅっと抱きついてきたのだ。
(何でみんなあんなに大きいの! 谷間も見せつけてくるし、私への当てつけなの!?)
レイの心は
拾い物のハンカチもそろそろ二桁に達しようとしている。女子力溢れる可愛らしいハンカチには、それぞれレイがぶつかったであろう女の子たちの名前が刺繍してある。
二人目以降は、もはや落とし物を届ける気力も湧かなかった。
(こっちの世界に交番って無いのかな……)
そのままにしておくのも悪いと思い一々拾ってしまっているため、レイのポケットはパッツパツになっている。妙なところで真面目なのである。
恋のハプニングも、もう限界であった。
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