第23話 流行性の恋2

「かわいい! なかなか少年っぽくて、いいじゃない!」

「これなら大丈夫そうだね」

「ああ、これならバレそうにないな」


 お手伝いエルフのシェリーにお願いして、レイを少年っぽくしてもらった。

 長い黒髪はまとめて帽子の中にしまい、白いシャツに、ブラウンのズボンを履き、黒色のサスペンダーで吊っている。黒の革靴を履き、ちょっといい所の坊っちゃんが、お忍びで街に来ているような雰囲気だ。


 元々レイは女の子顔というよりも、男の子顔寄りだ。アーモンド型の目は涼やかで、幼さもあって少しだけ丸みはあるが、全体的な顔のパーツは直線寄りでシュッとしている。


 きちんと男の子らしい格好をすれば、それなりに少年に見えてしまうのだ。黒い髪や瞳も、強そうに見えてしまう原因でもある。


「こんなので大丈夫なんでしょうか……」


 レイは男装姿に少し戸惑って、鏡の中の自分の姿を見ている。


「むしろ、こっちの方がいいかもね。レイは元が整ってるからモテそうだし、慣れてなくてちょっと隙がある感じも、恋や黒歴史の精霊をおびき出すにはちょうどいいんじゃない?」


 ミランダの「モテそう」の言葉に、フェリクスとウィルフレッドはぴくりと反応したが、男装を推した手前、何も言えずにいた。



「今回の悪夢のC型の流行地点は、ルルコスタっていう港町よ。レイにはルルコスタの街中を、あちこち歩きまわって欲しいの。私たちは隠れてレイを見張りつつ、恋や黒歴史の精霊が現れたら捕まえるわ」


 ミランダはそう言いながら、ルルコスタのガイドブックを手渡してきた。


「おお!」


 レイの目がきらりと光った。


 ガイドブックに描かれているルルコスタの風景は、レイの元の世界でいうサントリーニ島のような雰囲気だ。パラパラとガイドブックをめくれば、ルルコスタは島ではなく、大陸と地続きの港町のようだ。

 白い壁のかわいらしい建物が海に面した斜面に立ち並び、青い海と青い空に映えている絵が描かれている。


(すっごく素敵な所! 任務だけど行くのが楽しみ!)


 レイのテンションは上がった。


「ルルコスタは観光地でもあるから、海は綺麗だし、街並みもかわいくて素敵な所よ。あと、海鮮料理が有名かしら。あまり観光に集中しすぎるのはアレだけど、少しぐらいなら楽しんできても大丈夫よ。自然に振る舞って、恋と黒歴史をおびき寄せるのが今回の任務だし」


 破格の初任務に、レイの心はさらに踊った。


「いいんですか!? わあ! 観光名所に美味しいお店ガイドも載ってますね。どこから行こうか迷っちゃいますね!」


 頬を上気させてガイドブックを覗き込むレイに、ミランダは少し苦笑いだ。


「本当に困ったら教会を訪れるといいよ。恋の精霊も黒歴史の精霊も、教会にだけは手を出さないから。ルルコスタの教会はここにあるから、いざという時のために覚えておくといいよ」


 フェリクスが、ガイドブック内のマップを、長い指で差しながら教えてくれた。

 ガイドブックにはルルコスタの教会の絵も描かれており、白い壁に青い丸屋根、ステンドグラスのはめられた可愛らしい建物だ。


 この世界では、教会の信徒は流行性の恋に罹らないことで有名だ。

 人間側からは長年謎だとされてきた。一説には聖神アウロンの加護であるとか、癒しの女神サーナーティアに信徒の祈りが通じているのだなど、まことしやかに噂されている。


 実際には、教会は先代魔王のものであり、それに楯突いたり害を与えるということは、恋や黒歴史の精霊の死を意味する。さすがに彼らも自重しているのだ。

 ある意味、聖神アウロン、こと先代魔王フェリクスの加護の効果ではある。


「そうそう、もし恋や黒歴史の精霊が直接接触してきたら、これを使って」


 ミランダは淡いグレー色の玉を三つ、レイに手渡した。グレー色の玉はよく見ると、細かく魔術陣が描かれているが、少し離れると、縞々模様がついているようにしか見えない。


「これに魔力を込めると、大きく展開して、目の前の人物を捕縛することができるの。手乗りサイズだから、ポケットに入れておいたり、怪しい人物が近づいてきたら手に握っておくといいかもね。予備用に、もう一つ付けとくわ」

「分かりました。もし恋や黒歴史の精霊が近づいてきたら、これを使いますね」


 レイは手渡された玉を、ズボンの左右のポケットに分けて入れた。シュッとスムーズに取り出せるように、少しだけ練習した。



 レイたちは、転移魔術でルルコスタから少し離れた場所にやって来た。


「わあ! すっごい綺麗!」


 遠目から見ても、ルルコスタの白い街並みは美しい。

 潮の香り混じりの湿った風が吹き抜けて、レイのルルコスタへの期待感をくすぐった。


 レイ以外のメンバーは動きやすく、観光地ルルコスタで目立ちすぎないような格好をしている。


 ミランダは豊かな金髪をアップにし、ゆったりした大きめの白いTシャツに、青色のショートパンツ、編み上げのサンダルを履いている。胸元には黒いサングラスがかかっている。

 抜群のスタイルの良さが輝いている。


 フェリクスは珍しくラフな格好だ。

 青系統の質の良いストライプシャツに、爽やかな白のハーフパンツとブラウンのサンダル姿だ。

 普段はきっちりした服装が多いせいか、まだどこか上品さを醸し出していて、上流階級のおじ様がバカンスに来ているような雰囲気だ。


 ウィルフレッドは、むしろいつもよりも綺麗めだ。

 動きやすさとラクさを追求した普段の彼のスタイルは、「着れればいいだろう」といつもどこか締まらない。

 今日は黒のTシャツを細身のパンツに合わせ、シルバーのバングルと指輪をしている。カールのかかった金髪は、ハーフアップの団子にし、エルフの長い尖った耳は、変身魔術で人間の耳のように小さく丸くなっている。


(目立たないとは一体……???)


 レイは三人の眩しさに目を細めた。


 確かに、服装的にはバカンスに来ている感が出ている。だが、本体がみんな見目麗しすぎるため、結局目立ってしまっている。


「今のレイは、男の子の格好をしてるんだから、言葉遣いとか仕草とか気をつけてね。私たちはレイの後に街に入って、少し離れたところから見てるから」

「了解です! 恋と黒歴史の精霊、捕まえてやりましょう!」


 レイを餌役に、恋の精霊と黒歴史の精霊の捕獲作戦が始まった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る