第21話 教皇ライオネル
ライオネルは教会の教皇だ。
見事な黄金色の髪は肩口までで切り揃えられ、緩やかにウェーブがかかっている。がっしりとした大柄の体躯に、男らしい精悍な顔つき、赤く鋭い瞳は教皇らしい威厳をたたえている。
そして、ライオネルは光属性のAランク魔物だ。
彼は、先代魔王フェリクスの側近の一人でもある。
教会は、正式には
ライオネルは聖鳳教会の教皇の任に就いて、既に百年ほどになる。
人間でも魔力量の多い者は三百歳ぐらいまで生きるため、「あと百年ちょっとぐらいは教皇をやっていけるのではないか」と彼は考えている。
聖鳳教会は聖神アウロンを主神に、聖なる御使いを不死鳥と定めている。さらにその下に、癒しの女神サーナーティアと光の神ルクシオがいる。
清く正しく生き、これらの神を正しく崇め奉ることで、邪が払われ、傷は癒やされ、人々の生活には光がもたらされる……という建前だ。
聖鳳教会は、先代魔王フェリクスが、まだ現役魔王だった頃に創設した組織だ。
聖鳳教会では、人々の信仰心を魔力に変えて取り込み、その魔力を、教会に所属する魔物や精霊たちで分け合うことで、力をつけたり、魔物としてのランクや精霊としての階級を上げているのだ。
魔物や精霊たちは、信仰心という名の魔力の見返りに、人々に利益をもたらしている——具体的には、医療や解呪、人に害をなすような魔物の討伐だ。
聖鳳教会には、主に聖属性や光属性の魔物と、癒し属性の精霊が所属しており、教会に勤める人間の信徒には、聖・光・癒しのいずれかの属性の祝福を与え、よく教会に尽くすよう教育している。
信徒らも祝福を受け、よく勤めることで教会内外の評判も上がり、魔術や生活が向上することで、より充実した人生を送っているようだ。
魔物・精霊側と人間側とでウィンウィンの関係を築いているのが、聖鳳教会だ。
——ただし、人間側は聖鳳教会は人間のものだと思っている。教皇から末端の信徒に至るまで、全員が人間であると。
実際には、主神と御使いが先代魔王で、教会幹部の大半は、先代魔王およびその配下である。
かなり言い換えられて布教されてはいるが、魔物・精霊側と人間側の双方で利益があり、案外上手く回っている。
二千年以上このシステムが続いてるのだ、ライオネルは「上手くやっている方だ」と評価している。
ちなみに、女神サーナーティアは、実際には癒しの精霊女王ユーフォリアで、光の神ルクシオは、歴代の光竜王を指している。実務的には、彼らの弟らが代理で教会勤めをして、互いに協力関係を築いている。
癒しの精霊や光竜たちにも、もちろんそれで利益があるからだ。
***
千八百年ほど前、初代教皇フェリクスは、唐突にこう言った。
「僕、そろそろ代替わりしようかな」
教会会議は騒然となった。
「何を仰る! この前、新手の
「そうです、フェリクス様以外に魔王が務まる者などございません!」
「いや、違うよ。教皇の方だよ。僕が教皇になって三百年近くになるでしょ。人間だとどんなに魔力が多くてもそろそろ儚くなる頃だし。いい加減、代替わりしないとさ。信徒には怪しまれちゃうし、また老害とか言われちゃうし」
「老害など、畏れ多い……一体どんな奴が……」
「老害」ワードに、会議の雰囲気は一気に気色ばんだ。
この会議の出席者は、全員が魔王の配下であり、腹心である。おそらく「老害」と言った者はそのうち密かに消されてしまうだろう……
「そっちはどうでもいいよ。次の教皇、どうしよっか?」
フェリクスが笑みを深めて、小首を傾げた。
こうして教皇役を決めるくじ引き制度が発足した。信徒の様子を見つつ、大体二〜三百年に一回のペースで引いている。
ちなみに教皇役は、魔物側にとってハズレ
文字通り、ハズレ籤なのだ。
ライオネルは回想した。
自分が引いた棒の先が赤くなっているのを見て、自然とプルプルと震えがきたものだと——百年経った今でも、彼は鮮明に覚えている。
人間側にとって教皇は聖鳳教会のトップで権力者であるが、魔物側にとっては最も苦労の多い、実務担当である。
***
「義娘ができたんだ」
フェリクスは朗らかに微笑んでいる。
「義娘!? あなた、今までそんなもの作ってこなかったでしょう!?」
フェリクスに伝えたいことがあると呼び出され、ライオネルは教会本部のフェリクスの執務室に来ていた。
突然の告白に、ライオネルは危うく出された茶を吹き出しそうになった。
「人間の管理者なんだけどね、かわいいよ」
「人間の管理者!? 三大魔女ですか!? ……当代は確か、鈴蘭、茉莉花、野薔薇だったかと……」
「ああ、鈴蘭の次代の子だね。通り名は確か、また鈴蘭だったかな」
「鈴蘭が代替わりを!? しかも二代続けて同じ通り名ですか、珍しいですね」
にこにこと伝えてくるフェリクスを、まだ信じられないというような視線でライオネルは見つめた。
「そうそう、義娘は教会には入れないからね。管理者の仕事もあるし」
フェリクスは少しだけ圧を出して、真面目な顔で告げた。
「そんな、勿体無い……」
三大魔女は、魔術の全属性適性がある。称号の特典スキルで魔力量も無限のため、教会に入れば大聖女として活躍することができる上、教会への信仰心を強化することができる。
「入れないよ」
「…………かしこまりました。ですが、せめて一度、お嬢様にお会いすることは可能でしょうか?」
「何故かな?」
フェリクスが少しだけ圧を強めて尋ねた。目が笑っていない。
ライオネルの背中を冷や汗が一筋流れた。
「教会に勧誘するつもりはございません。もし何かございました時に、一度でも顔を合わせておけば、何かしらお力にはなれるかと……」
「……うん、まぁ、悪くないね」
フェリクスがどこか遠くを眺めるような、見透かすような視線でライオネルを見ている。
(先見をされているのだろうか……)
フェリクスには先見のスキルがある。何でもかんでも観れるわけではないが、的中率はかなり高い。
(配下の自分が何も知らないままでいて良いわけがない……人間とはいえ、三大魔女の魔術は強大だ。教会に入れられないとしても、念のため一度は会っておいた方が良いだろう……)
「向こうの予定も確認するよ。ちなみにウィルが教育係をしているからね」
「ありがとうございます……管理者のウィルフレッド様が……?」
(……珍しいこともあったものだ。本当に手を出すなということだな……)
ライオネルは内心、ひやりとした。フェリクスも恐ろしいが、高位エルフのウィルフレッドも敵にまわしたくない相手だ。その二人がついているのだ、当代の鈴蘭の魔女は、万全の守りである。
(……それにしても)
「フェリクス様も珍しいですね」
「そうだね。なかなか面白い子だよ」
ライオネルは目を大きく見開いた。フェリクスが、いつもとは少し違った微笑みを浮かべているのだ。いつもの聖職者としての笑みではなく、何というか、心からの安堵のような穏やかなものを感じたのだ。
(……変わられたな……)
ライオネルは、フェリクスを変えた当代の鈴蘭の魔女に、少し興味を持った。
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