第20話 閑話 魔法猫とキャットウォーク(ウィルフレッド視点)

 最近、ユグドラの樹の中層階にある団欒室が変わった……主に魔法猫向けに。

 レイが入れ知恵をして、モーガンがキャットタワーを造って設置したらしい。彼らは猫好きだ。


 そして現在、さらに進化し、モーガンがキャットウォークなるものを団欒室に設置しようと、部屋のサイズを測っている。

 珍しくユグドラの精も興味深そうにふわふわと飛び回って観察している。



***



 ドワーフのメルヴィンとモーガンは、兄弟して管理者だ。

 ドワーフの種族の中では、鍛冶の神様と崇められるほどの名工だ。彼らの武器防具は丈夫で美しく、細部まで凛と洗練されており、佇まいからして別格だ。魔力が滑らかに乗り、使い手によく馴染むため、ユニーク武器防具として世界中に愛好家がいる。


 兄のメルヴィンは特に武器が得意で、弟のモーガンは防具が得意だ。彼らの武器防具を一式全て揃えたら、おそらく大国の王都に立派な一軒家が建つ。


 メルヴィンは武器一筋だが、モーガンは防具以外にも作り物は何でも好きで、家具や工芸品や小物、酒まで何でも作ってしまい、大工仕事も好きだ。



 俺はキャットタワーを見た。


 レイが、キャットタワーで寛ぐキャシーを撫でている。以前は猫パンチされて撫でられなかったそうだが、最近許可が出たらしい。気まぐれで気位の高い、魔法猫らしい猫だ。


 子供が猫と戯れているのは、微笑ましい限りだ。

 シェリーも遠くから目尻を下げて、その様子を眺めている。


 だが、問題はそこじゃない。

 団欒室の雰囲気に合わせた明るいナチュラルブラウンのキャットタワー、あれに使われている木材は、おそらく千年かけて成熟するというミルメープルだと思われる。

 最高級家具に使われる素材だ。


 猫が爪を立てるというのに、何てものを使ってやがる……


 ミルメープルは綺麗に艶出しされていて、角は丁寧にやすりがかけられている。猫たちが乗る台の裏面には、癒しの魔術陣が芸術品レベルで彫り込まれていた。キャットタワー中層階の小部屋部分の壁にも、同様の癒しの魔術陣が彫り込まれていて、パッと見、高級家具の雰囲気を醸し出している。


 さらに、ふわふわのハンモックは、王族や上級貴族が好む雪見ミンクの毛皮だ。こいつもかなりの高級素材だ。一枚で、ご令嬢の夜会用ドレスが何着も作れる。


 最上段のクッションは、魔蚕まかいこの特上シルクだ。魔蚕シルク独特の虹色の艶があり、滑らかで肌触りが良く、繊細なのに頑丈で、織り方次第では剣も通さないという。これも高級ドレス用生地として人気だが、高位魔術師や治癒師の防具としても人気だ。もちろん猫の爪ぐらいでは傷一つ付かない。


 よく見ると劣化・傷つき防止の魔術が、キャットタワー全体に丁寧にかけられている。魔術の香り的におそらくレイだ。


 俺、この魔術教えた覚えないんだけど……

 これだけ魔術の匂いが残っているということは、どれだけ頑丈に魔術をかけたのか……確かに今の所、キャットタワーに目立った傷は付いていない。


 この前ふとキャットタワーの裏面を見た時に、さりげなくモーガンのサインが彫り込まれていることに気づいてしまった。

……もはや巨匠モーガンの作品だ。


 おそらく、このキャットタワーひとつで一軒家が建つ。


 魔法猫たちはこのキャットタワーを非常に気に入っていて、団欒室に行けば、大抵、魔法猫が一匹はキャットタワーでくつろいでいる。


……これだけ贅沢なキャットタワーを使ってもらえないなら、泣いてもいいと俺は思う。



***



 その日、俺が団欒室のソファでくつろいでいると、レイがやって来た。キャットウォークの進捗状況を確認しに来たようだ。

 琥珀もレイの後について団欒室に入ってくると、キャットタワーにまっしぐらに向かって行った。早速、ハンモックに乗って揺れている。


「モーガン、キャットウォークの一部を、ガラスみたいな透明素材にできませんか?」

「急にどうしたんだ? できなくはないが……」

「猫ちゃんが透明素材の上で香箱を組むと、普段は見れない下側から香箱を見れるのです。ふわふわの腹毛に埋もれた小さなおててが見えるのです」

「!!?」


 モーガンが目を剥いて衝撃を受けている。

 レイが彼にインスピレーションを与えてしまった。


「……それならできるだけ透明度の高いものがいいな。かつ、猫にとっても安全で頑丈なものが……そうなると、しっかり磨きをかけた氷河大理石か不純物の無い雪下ガラスか……」


 モーガンがぶつぶつと素材名を呟いた。


 そのとんでもない会話が聞こえた瞬間、俺は思わず二人の方を振り向いた。


 それも高級素材だから!! 猫用に何て素材使おうとしてんの!!


「ああ、そうだ。レイ、キャットウォークができたらまた劣化・傷つき防止の魔術をかけてもらえないか?」

「もちろん、いいですよ!」

「それから可能なら、猫たちが誤ってキャットウォークから落ちても怪我しないように、落下逓減魔術らっかていげんまじゅつもかけてもらえないか?」

「落下逓減魔術……?」

「そうだ。高級素材を扱う時に工房にかけてるんだが、誤って高級素材を落としちまった時に、傷がつきにくくなるんだ」

「そんな魔術があるんですね! いいですよ!」

「ああ、後で教えるな」


……俺、そんな魔術知らんぞ。


 エルフは魔術に長けた種族だと言われるが、千五百年以上生きてきたが、そんな魔術は聞いたことが無かった。ドワーフが工房内でしか使わない魔術なら、あまり出回ってる魔術ではないのかもしれないが……



 こうして一週間後に、キャットウォークが完成した。


 ミルメープルをふんだんに使用したキャットウォークは、団欒室の高い位置をぐるりと巡るように棚状に設置されている。

 団欒室に入って左手側の壁にスロープ状に配置された猫用の足場から登れるほか、キャットタワーからも飛び乗れる仕様になっている。


 キャットウォークの一部はレイのリクエスト通り、かなり透明度の高いマナガラスになっていて、この前モーガンが呟いていた素材よりもワンランク高級な素材でできていた。

 氷河大理石や雪下ガラスはひんやりするため猫たちが嫌がるのではないか、というのが理由らしい。


 マナガラスは魔力の転写が可能で、猫がその上で香箱を組むと、その猫が持つ魔力がしばらくマナガラスに色付きで残る。

 猫が退いた後にそのシルエットを楽しめる上、残された色からどの魔法猫がいたのかを推測するのも楽しみだそうだ。


 キャットウォークの裏面は、やはり癒しの魔術陣が芸術品ばりに薄く彫られていて、もはや団欒室全体が癒し空間となっていた。


「師匠! モーガンに癒しの魔術陣の書き方を教えてもらいました!」と先日、レイが報告に来てくれた。魔術陣の下書きを手伝ったらしい。


……確かに、レイの魔力も癒しの魔術陣に乗っている。おそらくモーガンだけが作業するよりも効果が乗っているはずだ。キャットタワーよりも癒しの力が強いのはこれが原因だろう。


 キャットウォークにはレイの劣化・傷つき防止魔術のほか、落下逓減魔術もかけられていて、相当気合を入れたのか、使われた魔力量的に半永久的にかかってそうな勢いだ。


 もちろん、キャットウォークの端には巨匠モーガンの銘入りだ。



 特に猫好きでも何でもない者たちにとっては、あまりの高級さとその出来栄えに苦笑いだが、魔法猫とその主人たちは絶賛している。


 魔法猫たちはくんくんと匂いを嗅いだ後、それぞれキャットウォークへ登って行った。

 早速、ガラス部分でも寛いでもらえているようで、レイとモーガンが目をキラキラさせて下から猫のふわふわの腹毛を眺めている。



「これなら猫カフェもできそうですね!」

「猫カフェ!? それはどんなんだ!?」


 モーガンが食いついている。


……レイから不穏な言葉が飛び出していたが、俺は聞き流すことにした。



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