第19話 フェリクス3
「魔力量も多いし、顔も悪くない。いい値がつきそうだ」
「黒髪はここら辺では珍しいな」
レイの意識が戻った時、男たちの話し声が聞こえてきた。両手が後ろ手に縛られていて、動かせなくなっていた。
(……もしかして、人攫い? 師匠も気をつけろって言ってたし……)
レイの顔は、何か黒い布か袋で包まれているようで、何も見えない。
レイがぴくりと動いたのに、人攫いが目敏く気付いたようだ。
「この野郎、もう目が覚めやがった」
「保護者もいたんだろ、早めに移動するか」
人攫いが、レイを脇に抱えた。
(ヤバい!!)
レイは必死で抵抗しようとしたが、ぎっちりと抱えられた状態で、両手も縛られているので、足をばたつかせるだけで、碌に動けない。声をあげようともしたが、恐怖で掠れて上手く声が出ない。
レイが涙ぐんできた、その時……
「やあ、その子をどこに連れて行く気だい?」
その問いかけがなされた瞬間、世界が凍りついたかのように何も音がしなくなった。
ほんの一秒が何百倍、何千倍にも引き延ばされたかのような沈黙の後、ただ人攫いたちが、ごくりと息を呑む音だけが聞こえた。
圧倒的な存在圧に誰も彼もが、髪の毛一筋さえも動かせなかった。心臓が鷲掴みにされて止まってしまったかのようだった。
人攫いがガタガタと震える振動だけがレイに伝わってくる。まるで魂から恐怖してしまってどうしようもないぐらいの震え方だ。
「このぐらいで動けなくなるくらいなら、その子に触らないで欲しいな」
フェリクスが憂うように呟いた。
次の瞬間、レイは解放された。ふぁさっと、レイが柔らかい砂地の上に落とされたのだ。
フェリクスが腕を縛っていた縄を解いて、頭を覆っていた袋を外してくれた。暴れて乱れた髪の毛も丁寧に直してくれた。
人攫いは誰もいなくなっていて、ただ白い灰が、森の地面に点在して落ちていた。
「大丈夫だったかい?」
「………………」
レイは何も答えられずにぐしぐしと目元を拭った。ただただ怖くて、ふるふると震えが止まらなかった。
フェリクスはハッとして、少し躊躇いがちにレイを優しく抱きしめてくれた。背中をぽんぽんと叩いてくれる優しさに、レイの涙腺は崩壊した。
「うわあああああ……!!」
幼子のようにフェリクスにしがみついて、レイはわんわんと泣いてしまった。
しばらくしてレイが落ち着いてきた。
「……ありがとうございました……」
目元も赤く熱を持っていて、まだ少ししゃくりあげている状態だが、レイはどうにかお礼を言った。
泣きついてしまったので、フェリクスの胸元はレイの涙でぐっしょりしている。そんなところもレイは恥ずかしかった。
「レイと契約したい。誰かに頼られるのも良かったし、珍しく誰かを守りたいと思ったんだ」
思いがけない言葉に、レイは目をぱちくりさせてフェリクスを見た。
フェリクスは慈愛の笑みを浮かべている。
「今までこんな風に、僕を頼って泣きついてくれる子なんていなかったからね」
レイは恥ずかしくなって、フイッと目線を外した。
フェリクスは少し困ったような笑顔をした。そして、レイの脇の下に手を入れると、自分の目線までレイを抱き上げた。
「返事はすぐでなくていいよ。でも真剣に考えて欲しいかな……そうだな、するなら親子契約がいいかな。その方が一番君を守れそうだ」
「親子」という言葉にピクッとレイは反応した。
こちらの世界に召喚されて、レイは天涯孤独の身になった。
(ユグドラのみんなは気を遣ってくれるし、優しいけど、やっぱりどこか寂しく思ってたのかも……)
フェリクスみたいな優しくて頼れるおじ様と一緒なら、何だかほっと安心できるような気がしたのだ。
「フェリクスさんは、私みたいなのが子供になっても迷惑じゃないですか?」
レイはじっとフェリクスの目を覗き込んだ。
「迷惑だなんて思ってたら、こんなこと言い出さないよ。でもレイと家族になれたら、きっと嬉しいと思う」
(……私もきっと……)
「私もフェリクスさんと一緒だったら何だか安心できます。フェリクスさんが良かったら、義娘むすめとしてよろしくお願いします」
レイがにっこりと微笑んだ。
それを見て、フェリクスも心から嬉しそうな笑顔をした。
親子契約は魔術契約の一つだ。使い魔契約と同じように、血と双方の合意と少しの魔力が必要だ。仕上げに、親が子の額に口付けをして完了だ。
親指をナイフで薄く切り、魔力を込めて親指の腹を付け合う。足元に魔術陣が現れて二人を包むように光が出ている。フェリクスがレイの額に軽く口付けると、魔術の光が、蔦が絡まるように二人を包んで収束していった。
「これで親子契約完了だね。手を見せてごらん」
フェリクスが、レイの親指の傷を治癒魔術で治してくれた。
「さて、そろそろ帰るかい?」
「はい! 帰りましょう!」
セルバの街の外へ出ると、ひと気の無い場所で、フェリクスは、また白銀色の美しい鳥型に戻った。レイを乗せて、またふわりと音も無く飛び立った。
『折角だから、面白い飛び方をしようか』
親子契約をしたのだ、レイとフェリクスは念話が使えるようになった。
『面白い飛び方? お願いします!』
どんな飛び方かは分からないが、レイはフェリクスにお願いしてみた。
『じゃあ、行くよ!』
フェリクスは喜びの錐揉み飛行を始めた。
ジェットコースターのようにかなりのスピードで、上に下に、ぐるんぐるんと螺旋回転し、されどジェットコースターほどの安全性は無い。
「義父さんのばかあぁぁぁぁぁぁ……!!!」
レイは絶叫し、鞍の持ち手にギュッとしがみついた。
容赦の無い遠心力に、レイはぶん回された。
シェリー作のポニーテールは、遂にボンバーした。
ユグドラの樹のバルコニースペースに着いた時、レイは半分幽体離脱したように、ぐったりしていた。
今朝のウィルフレッドのあの悪い笑顔……あれはやはり悪い方向に裏切らなかった。
ぐったりしたレイを見て、「流石にやりすぎだ!!」とウィルフレッドが、フェリクスに詰め寄って行った。
「子供をあやしてみたんだけど、なかなか難しいね」とフェリクスは眉を下げた。
***
フェリクスの羽をもらった。詫び羽だ。
フェニックスの羽は、死んで直ぐの場合にのみ蘇生することができる、超レアアイテムだ。
レイの隣にいるウィルフレッドの笑顔が、引き攣ったまま固まっている。
「部屋に飾っておいても大丈夫だよ。盗もうという意図で触れた者を灰にする効果もついてるから」
フェリクスがにこやかに、とんでもない効果を告げてきた。
(逆に怖いわっ!!)
レイは、今自分が手に持っている羽のあまりの効果に戦々恐々とし、プルプルと震えがきている。
飾るとしても、絶対に人の手が届かないところにしようと、レイは心から誓ったのだった。
「俺も長いことフェリクスと一緒に仕事してるけど、魔王の羽をもらったのを見たのは、レイが初めてだ」
「えっ!? 魔王!?」
「何だ、そんなことも知らずに契約したのか。今度からは、どんな奴か知らないまま契約するんじゃないぞ! ちなみにフェリクスは先代の魔王な。今は別の奴に引き継いでる。あと、教会は本来は神様じゃなくて、先代魔王様を崇めるところだからな」
とんでもない暴露である。
ギギギ、と音が鳴るかのようにぎこちなく首を回して、レイは先代魔王様の方を見た。
「別にレイは管理者だし、僕の義娘になったし、知ってていいよ。むしろ義娘なら知っててもらいたいかな。そうじゃなかったら、秘密保持魔術契約させてもらうけど」
(怖っ! そんな便利で物騒な魔術が!)
レイの顔は真っ青になっていた。心から管理者で良かったと、この時ばかりは思った。
「そういえばなんで親子契約なんだ?」
「かわいくて、ついね……子供を持つっていいね」
ウィルフレッドは信じられないものを見る目で、フェリクスを凝視していた。
フェリクスはほくほくとした笑顔だった。
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