第9話 武器を持て
レイたちは今日は、ユグドラの街の工房街に来ていた。
少しずつ魔術を扱うことに慣れてきたので、初めての採集で森に出る前に、レイ専用武器を買おうということになったからだ。
平和な国に生まれ育ち、平和ボケしていたレイだったが、魔物溢れるこの世界に召喚され、さすがに自分の身ぐらいは守れなくてはと考えるようになってきていた。
レイは今日は、動きやすい水色のシャツワンピースに、ブラウンの編み上げブーツを履いている。真っ直ぐな長い黒髪は、お手伝いエルフのシェリーに、武器を見るのにあまり邪魔にならないように、編み込みのハーフアップにしてもらった。
ウィルフレッドは、今日も着古した白いシャツと動きやすいブラウンのパンツ、傷のついた黒いブーツだ。今日は訓練ではないので、カールのかかった金髪は縛らずに、肩口まで流したままだ。
ウィルフレッドは正統派に整った顔立ちをしているが、普段の格好は締まりがないため、レイはいつも勿体無いなと残念に思っている。
「師匠、武器を買うのにお金はどうしましょう? 私、まだお金持ってないです」
「子供は気にするな。今回は俺が払っとく。自分で稼げるようになったら自分で払いな」
ウィルフレッドが、にかっと笑って、レイの頭にポンッと手を載せた。
「ありがとうございます」
レイは申し訳ないと眉を下げつつ、お礼を言った。
***
メルヴィンとモーガンは、ドワーフの兄弟で、管理者だ。
二人とも鍛冶士なので、ユグドラの樹の自分の部屋よりも、ユグドラの街の工房街にある、鍛冶工房に入り浸っている。
メルヴィンは武器が、モーガンは防具作りが得意だ。
彼らの鍛冶工房には、武器防具店が併設されている。店舗の奥に裏口があり、そこから工房へ向かうことができるのだ。
レイたちは今日は、店舗の方へお邪魔する予定だ。
武器防具店は赤煉瓦造りの建物で、鉄製のおしゃれな看板が垂れ下がっている。木製のドアを開けると、カランコロンと、来訪のベルが鳴った。
「よう、よく来たな」
「よう!」
「こんにちは! 今日はよろしくお願いします」
あらかじめ約束していたので、メルヴィンが直接迎えてくれた。
メルヴィンは赤茶色の癖毛を一本に縛り、同色の顎髭は、ドワーフらしく豪快に三つ編みにしている。しっかりした鷲鼻で、鋼色の瞳はややつり目で鋭い。店舗でも武器防具をすぐに取り扱えるように、厚手の丈夫なエプロンをし、腰のベルトには作業用の手袋が付けられている。
ドワーフなので、レイよりも少しだけ背が低い。
店内は、武器と防具で置き場所が分かれており、さらに整然と並べてあるので、品物が見つけやすくなっている。武器は壁際を中心に、剣やナイフ、槍、戦斧、メイス、弓、鞭など、さらに種類ごとに分かれている。防具はいくつかトルソーに着せられて、一式セットで見本品が置かれている。
綺麗に整然と並べられた様子に、職人としての几帳面さが窺えた。
(わぁ……すごい! いろんなのがある! 映画や物語の中みたい……)
レイは初めての武器防具店に目を輝かせている。まるでファンタジー映画のセットの中に迷い込んだみたいだ。
「レイは何か武器は使ったことはあるのか?」
メルヴィンが確認してきた。
「武器は何も使ったことないです」
「じゃあ、何か使ってみたいものはあるか?」
「う〜ん、扱いやすい方がいいです」
そうなるとあそこら辺か……メルヴィンが呟きながら、店舗の奥の方へ武器を取りに行った。
メルヴィンが、レイへのおすすめを持ってきた。ショートソードだ。
「長さや重さ的にここら辺のはどうだ? ちょっとそこで振ってみろ」
五、六本ほど、レイにも扱えそうなものを見繕って持ってきてくれたので、一本ずつ手に取って確かめる。
レイが実際に剣を振ってみると、
「後で剣の扱い方も教えないとだな……」とウィルフレッドは顎に手を当て、思案顔をしていた。
レイは実際に握ってみて、一番しっくりきた軽めのものを選んだ。
「これが一番しっくりきました。重過ぎなくてちょうど良さそうです」
ウィルフレッドも「確かに、それ使ってた時が一番動きがよかったな」と頷いている。
「ちょっと待ってな」
メルヴィンがまた店の奥へと引っ込み、年季の入ったハンマーを持ってきた。無骨なハンマーには、側面と
「こいつはヴァルカンのハンマーと言って、このハンマーで金床を軽く叩くと、音によって運命の武器があるかどうかが分かるんだ。あと、これで叩いた武器との相性も分かる。ちょっとやってみな。何、ただの占いだ」
レイは、ヴァルカンのハンマーをメルヴィンから受け取ると、まずは自分で選んだショートソードを軽く叩いた。
キーンと澄んだ心地良い音が響いた。
「澄んだ音や高い音は相性がいいんだ」
「やった!」
メルヴィンによると、どうやら相性の良い武器らしい。
レイはぴょんと跳ねて、にっこり微笑んだ。
次に金床を軽く叩くと、耳をつんざくような高音が鳴り響いた。
三人は、思わず耳に手を当てて顔を顰めた。
「驚いたな。これは相当な業物と縁があるぞ。ただ、凄いクセの強い武器でもある。手にしたら扱いには十分注意しな」
「……すごい音でしたね……運命の武器は必ず出会うんですか?」
「必ずかはどうかは分からんが、今の所、ヴァルカンのハンマーで運命の武器があるって出た奴は、みんな何かしら見つけてるな」
メルヴィンが三つ編みの顎髭を撫でながら、思い返すように言った。
(……運命の武器、どんなのだろ? でも、今はショートソードだけで十分かな)
レイは今まで武器を持って戦ったことが無いのだ。初心者用の武器でも難しいのに、いきなり運命の武器と言われても、使いこなせるような気はしなかった。
ショートソードを腰に下げるベルトを選び終わると、メルヴィンが一本のナイフを渡してきた。
ウィルフレッドも「お?」と眉を上げて、興味深そうに見ている。
刃渡は十五センチメートルほどで、切先に向かって少し反りの入ったナイフだ。持ち手部分も握りやすいような形になっている。
「レイ、これは俺からのプレゼントだ」
「いいんですか? ありがとうございます!」
「採集に使うにも、獲物を解体するのにもちょうどいい奴だ。このホルダーでベルトにつけるといい」
「大事に使わせていただきます!」
レイはお気に入りが見つかって、ほくほくとメルヴィンの店を出た。ウィルフレッドと手を繋いで、ユグドラの樹へ帰る。
「師匠、ありがとうございます! ショートソード、大事に使いますね」
レイはウィルフレッドを見上げて、にっこりお礼を伝えた。
「ああ、どういたしまして……レイは運命の武器が見つかったらどうするんだ?」
「運命の武器……どんなのかは気になりますけど、う〜ん、多分どうともしないです。私には魔術がありますし、あまりそこまでいろんな武器を使って戦ってるイメージが湧かないです」
「……そっか。それなら良かった」
ウィルフレッドは、ほっとしたように頷いた。
「でも、ちゃんと剣の使い方もやってくぞ。魔術だけじゃなくて、最低限自分の身を守れるぐらいにならないとな」
「はーい」
この世界には魔物がいて、簡単に命が失われる。元の世界とは違うのだ。自分で自分の命を守るために、武器を手に取って戦う力をつけるのだ。
郷に入りては郷に従え。
戦うための武器を手にして、レイは元の世界とは全く違うこの世界で生きていくことに、すとんと納得した。
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