第8話 墓参り

 ユグドラの街と森の間には、管理者用の墓地がある。

 そこはユグドラの豊かな森に囲まれ、所々季節の花々が咲き乱れている。墓地入り口の白い石造りのアーチ門には蔓性の植物が這い、数年に一度咲くユグドラの樹の花のような黄色い小さな花が咲いている。


 誰が手入れをしているのかは分からないが、いつ来てもこの墓地は綺麗に整えられている。


 管理者が亡くなる時に、本人の希望があればここに埋葬することができる。


 レイの召喚から一週間。

 いつの間にかここに新たな墓石が増えていた。



***



「なんでここにあるんだよ」

「本当。あれだけ探したのに。まさかこんな所にあるなんて」


 ミランダとダリルは、はぁっと溜め息を吐きながら呟いた。



 今朝、ユグドラの精が二人の所にやって来た。緑色の光の玉がくるくると回って、花束の形を描きサインを送ってきたのだ。器用である。


 とりあえず花束を準備して、ユグドラの精の後を付いて行けば、探していたはずのリリスの墓があったのだ。


 他の墓とは少し離れた場所に、小さいながらも真新しい白い墓石があった。


 ミランダとダリルは持って来た花束をリリスの墓の前に置いた。この時期に鈴蘭は咲いていないが、リリスを彷彿とさせるような白い花の花束だった。



「あんた本当、なんて事してくれたのよ! せめて相談ぐらいしてくれたって良かったじゃない。この一週間、どれだけ大変だったと思ってんの!!」


 ミランダが文句を言いつつ、空間魔術で作った収納から菓子を取り出して、リリスの墓の前に供えた。


「ミランダの言う通りだ。相談ぐらいしろ。全ては解決できないかもしれないが、何かしらできたかもしれないんだぞ。いきなりあんなことをされたのでは、たまったもんじゃない」


 ダリルも空間収納から酒を取り出して、ゴツッと無造作にリリスの墓の前に置いた。


 この一週間、二人は働き詰めだった。

 今回の召喚の現場検証と方法の確認、禁術の可能性も高いため証拠を探しての隠滅。関係者への連絡、リリスが継続していた仕事へのフォローと人員手配。さらには召喚されたレイの面倒を見つつ、この世界について何の知識もない彼女にいろいろ教えたり、代理で教えてくれる管理者を確保したりなど……


 そんな忙しくさせた根本原因を作ったリリスが、のうのうと管理者用墓地の一角に墓石として陣取っているのである。文句の一つや二つや三つ、言ってやりたくなるものである。



「二人ともそんな所で何やってんだ? ここは管理者用の墓地だぞ。あまり酷いことすんなよ」


 ウィルフレッドがやって来た。やはりユグドラの精が案内している。


 ウィルフレッドは、リリスの墓に向かってあれこれ文句を言っている二人を横目に見つつ、自らが持ってきた花束をリリスの墓の前に供えた。

 先に置いてあった花束やお供物をチラリと見る。


 リリスが気に入っていたドラゴニアの王都の人気店のクッキーと、よく飲んでいたラングフォード産の果実酒が置いてあった。花束もリリスを彷彿とさせるような白を基調としたブーケだ。

 ユグドラの精は花束を持って来いというサインしか送っていなかったはずだ。


(何だかんだ言ってこの二人はリリスに甘いなぁ……)


 ウィルフレッドは内心、ほろりと苦笑した。



 あれこれ文句を言って少し落ち着きを取り戻した二人に、ウィルフレッドは言った。


「ユグドラ内であの禁術が使えて、リリスの墓がここにあるってことが答えだと俺は思うよ。俺はユグドラの樹との付き合いも長いからな、何となく分かる」


 ミランダとダリルはしかめ面をしてウィルフレッドを睨んだ。言いたいことは分かる。薄々何となくはそうだろうとも感じていた。だが今は認めたくない、そんな感じだ。


 管理者は禁術を使えない。でもあの時リリスは禁術を使った。しかもこの世界の中心、ユグドラの樹の中でだ。そもそもこの世界、ユグドラの許可が無ければ無理なことだった。


 ここにリリスの墓があることも、彼女がユグドラから許されている証拠だ。ユグドラに許されていなければ、ここに墓を持つことはできない。


「そんなの分かってるわよ。でも、何もかも丸投げされて、大変だったのよ」


 ミランダが口を尖らせて言った。


「俺だって急にかわいい弟子ができて大変なんだぞ〜」


 ウィルフレッドが少し揶揄うように言った。


「あんたのは随分楽しんでるだろ」


 ダリルが呆れながらウィルフレッドを見つめた。



 そろそろ今日の分やらないとな、と二人はすごすごと帰って行った。この前の召喚関係の事が一段落したとはいえ、まだまだやることはいっぱいあるのだ。その背中には、ここ最近の疲れと哀愁が漂っていた。


 そんな二人を見送って、ウィルフレッドはリリスの墓に向かって呟いた。


「人間って大変だな〜、寿命短いのに。弱い人間の管理者のために、世界は三大魔女の称号と力を与えた。でも却って足枷になってないか?」


 もちろん誰からも回答はない。


 俺もそろそろ帰るかとウィルフレッドが立ちあがった時、さくさくと草の上を歩く音が聞こえた。ウィルフレッドは音がした方を振り向いた。


「よう、レイ。こんなところでどうしたんだ?」


 レイがふらりとやって来た。ユグドラの精はいない。


「何だかここに呼ばれた気がしたんです。お墓参りですか? 誰の……?」

「リリスのだ」


 レイの目が驚きで、うるうると大きく見開かれる。


(まずかったか!?)


 ウィルフレッドは、レイのリリスに対する思いをまだ良く分かりかねていた。レイが召喚されてまだ一週間だ。環境が変わりすぎて碌に考える暇もなかっただろうが、彼女をこの世界に何の許可もなく飛ばしてきた人物の墓だ。何かしら思うこともあるはずだ。


 ウィルフレッドがレイの気持ちを慮って少し慌てていると、


「そうなんですね……む?」


 レイの中からあたたかな魔力が漏れ出る。まだたった一週間しか経っていないのに、ウィルフレッドは懐かしく感じた。


(レイの魔力に似ているけど、これは……)


「私の中のリリスの魔力が、ありがとうって。それからごめんなさいって」


 レイが眉を下げつつ、ウィルフレッドを見上げて言った。


 レイは今までの三大魔女と違って、水属性の適性が異様に高い。三大魔女は称号の特典スキルとして全属性に適性があるが、多少バラツキはあってもバランス型だ。いずれかの属性が突出することはなかった。

 水属性は共感力を高める。リリスの魔力の動きから、何かを感じ取ったのだろう。


「そっか」


 ウィルフレッドはツンときた鼻を小さく啜って、ポンッとレイの頭の上に手を置いた。


「帰るか」

「はい」


 二人は手を繋いでユグドラの樹へ帰って行った。



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