第7話 妖精の訪い(少年視点)

 俺の先祖には妖精の血が混じっているらしい。


 今はかなりその血も薄くなっているみたいだが、数世代に一人、先祖返りが生まれてくる。妖精特有の魔術が使えて、その術を使う時だけ瞳の色がキラキラと光るように変わるのが特徴だそうだ。


 俺もその先祖返りらしく、曽祖父ぶりらしい。


 先祖の妖精自体も特殊な一族だったらしく、夢うつつに将来の伴侶を見ることができるらしい。その伴侶を娶ることができれば一族に幸福や繁栄が訪れる、というのが一族の言い伝えだ。

 そのため、先祖返りは、婚約や結婚は夢うつつに見た将来の伴侶という者が優先される。


 大体十歳ぐらいになるまでには、数回はその将来の伴侶を見ることができるようなのだが、俺の場合は十三歳を過ぎても一回も見ることができなかった。

 相手との年齢が離れ過ぎているのか、それとも今回はそういう相手はいないのか、一族の間でもいろいろ議論になったが、そろそろ諦めて婚約者候補を探そうということになった。



 ある日、夢を見た。

 街の真ん中には大木があり、煉瓦造りの街並みが続いていた。見たことない場所だ。


 人々は半透明で、人間だけでなく亜人や妖精などいろんな種族がいるようだった。中には人間にしては大柄な者や異様に小柄な者などもいて、驚かされた。

 街には活気が溢れていた。


 ふと街中で長い黒髪の少女だけがくっきりと見えた。

 他の人との違いを不思議に思ってじっと少女を見ていると、こっちの視線に気づいたかのように彼女が振り返った。


 利発そうな顔立ちはすっきりと整っていて、髪だけでなくアーモンド型の瞳まで黒曜石のように黒かった。

 歳は少し下なのだろうか。随分と小柄で華奢だ。


 俺が思わず見惚れてしまって固まっていると、彼女は誰かに呼ばれたように、淡い黄色のワンピースを翻して小走りで駆けて行ってしまった。


 そこで夢は終わりだった。



 家の者にこのことを話すと、やっと将来の伴侶を見たのではないかという話になった。

 黒髪黒目はかなり珍しいので、見つけやすくて良かったじゃないかと言われたが、あの場所がどこの都市かも分からず、手がかりが今のところ容姿以外に何も無い。


 とりあえず婚約者候補探しの話は流れたため、正直ほっとしている。


 また彼女に会えないかと、夜眠るのが少し楽しみになった。



***



「師匠、そういえば今日ユグドラの街で変わった少年を見ました」

「変わった……少年?」


 初めてユグドラの図書館に行った日、ユグドラの樹に戻って来たレイは、隣にいるウィルフレッドを見上げて報告した。


「そんな年頃の奴、レイ以外にいたか?」とウィルフレッドは首をひねって思い返している。


 ユグドラは極端に子供が少ない。元々管理者のための街なのだ。管理者または管理者をサポートする者のみが住んでいる。住民のほとんどが人間以外のもの——エルフやドワーフのような亜人、精霊や妖精、人型化した魔物などのため、その寿命は人間よりも遥かに長く、滅多に子供が産まれないからだ。


「かっこいい感じの子で、エメラルド色の瞳がすごくキラキラ輝いてて、印象的でした。じっとこっちを見ていて、何だか他の人たちよりもくっきりと見えたんです」


 レイはその時を思い返すように斜め上を見上げて言った。


「それは妖精のおとないかもしれないな。古い妖精族の一部には、将来の自分の伴侶の元に訪れることができる能力を持つ者がいるんだ。その妖精の力量にもよるが、相手を夢で見るだけだったり、相手にも自分の姿を認識させることができたりもする。妖精族が固有魔術を使うと目が輝いて見えるんだ。レイは妖精が将来のお婿さんかもしれないな」


「妖精……? 妖精と言っても、人間みたいで結構大きかったですよ」

「妖精は種族や成り立ちによってかなりサイズが違うからな。それこそ人間ぐらいのサイズから手乗りサイズまでいろいろだ」


(……確かに、今日のユグドラの街にもいろんなサイズの妖精さんの羽を付けた人がいたかも……)


 レイは、妖精についてはずっと手乗りサイズを想像していた。

 ユグドラの街中で、人間の子供サイズの身長で大きな蝶のような羽を付けていた妖精を見た時には、びっくりして思わず二度見してしまった。レイにとっては見慣れなくて、子供が仮装しているかのように感じてしまい、違和感たっぷりだったのだ。その後、その妖精は空を飛んで行ってしまったので、あれは作り物ではないと頭では分かっているのだが、不思議な気持ちだった。


「あ、そういえば、その男の子は妖精の羽は付いてなかったです」

「それなら妖精との混血かもしれないな。妖精は混血すると羽が無くなるんだ」

「妖精の羽、無くなっちゃうんですね。綺麗なのに勿体無いです」


 レイが街中で見た妖精たちの羽は、どれもとても美しかった。それぞれ色とりどりで、蜻蛉の羽のように透けていたり、蝶の羽のように模様も美しく色鮮やかだったりで、中には見る角度によってキラリと色が変わる羽を持つ者もいた。


「妖精の訪いがあるぐらいだ、いずれ縁が巡って出会うことになるかもな」


 ウィルフレッドがポンッとレイの頭を撫でた。


「そうなんですね」


 感慨深げにレイは頷いた。


(妖精が将来の伴侶……? 異世界、不思議すぎる……)


 遠目から見ただけだったが、かっこいい感じの男の子だったのでレイはちょっと嬉しくなった。



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