第6話 ユグドラ図書館

「街がかわいい! すっごい素敵ですね!」


 レイが目をキラキラさせてはしゃぐ。ヨーロッパのどこかの街のようなかわいらしい外観に、まるで観光にでも来たような気分だ。

 今日はお手伝いエルフのシェリーに、淡い黄色のかわいらしいワンピースも着せてもらい、お出掛け気分も最高潮だ。


 ユグドラの街は、住宅もお店も赤煉瓦の建物だ。窓周りだけ淡いアイボリー色の煉瓦になっており、屋根はグレーや黒で、街全体の建物の雰囲気が統一されている。

 そこにエルフやドワーフ、妖精や魔物たちが闊歩し、不思議な光の玉があちこちに浮かんでいて、まるでおとぎ話の国に迷い込んだようだ。


「ただの街並みではしゃぐ奴も珍しいな。迷子になるなよ」


 ウィルフレッドは微笑ましそうにレイを見ている。時折、街の住民に声をかけられては、「よう」「元気か」など軽く挨拶を交わしている。



 本日、レイはウィルフレッドにお願いして、図書館に連れて行ってもらっている。


 レイは元々、そこそこ本を読む方だった。元の世界では、気になった話題作や、仕事で必要な実用書、友達から勧められた本などを読んでいた。独特な紙とインクの香りのする紙の本自体も、結構好きだ。


 こちらの世界に来て、師匠のウィルフレッドにいろいろ教えてもらっているが、彼は管理者としての仕事も持っている。四六時中べったり教えてもらうのも申し訳ないため、せめてウィルフレッドが管理者の仕事をしている間は、知りたいことは本でも読んで自分で調べられたらいいな、とレイは考えたのだ。



 図書館は、ユグドラの街の中にある、大きな公園の隣にある。


 ユグドラの街はユグドラの樹を中心に、東西南北に石畳の大通りが通っている。大通りの先には、防御壁から出入りできる大門が東西南北それぞれにあり、各大門の横手には防御壁部隊の隊員の詰所がある。


 南大門へ通じる大通りは、ユグドラの街のメインストリートで、日用品や食料品店など、さまざまなお店が並んでいる。

 大通りを挟んで街の東南地域には工房街が広がっており、西南地域には公園や図書館などの憩いの場がある。


 レイたちは現在、図書館のある西南地域へ向かっている。


 街は活気に溢れ、行き交う人々は多種多様だ。そして、レイにとっては見慣れない者も多い。

 ぱっと見は人間のような見た目の者が多いが、中には羽が生えていたり、身長や体格も人間にしてはかなり大柄だったり、逆に子供のように小柄だったり、さらには手のひらサイズの者もいる。髪や瞳の色も、レイが元いた世界に比べて、さまざまな色をしている。


(本当に異世界に来ちゃったんだな……)


 召喚されてからは、ミランダやシェリーたちのような人間やエルフにしか会っていなかったため、街の人々の異形の多さに、改めて全く違う世界に来てしまったたことをレイは実感した。



 レイはふと視線が気になった。誰かに見られているような気がしたのだ。

 気になった方向を振り向くと、おとぎ話のような街並みの中で、一人の少年がじっとこちらを見ていた。レイと同じか少し年上のようだ。


 彼は銀髪を深い緑色のリボンで一つ結びにして、左前に流している。とても端正な顔立ちで、エメラルド色の瞳が木漏れ日のようにキラキラと光っている。レイには何故だか、彼だけが、やけにくっきりと見えた。


(わあ……綺麗……)


 レイがまるで一つの絵画のようだ、と思わず見惚れていると、


「レイ、先行くぞ!」


 ウィルフレッドの声に現実に戻された。


「今行きます!」


 レイはウィルフレッドの方を振り返って、駆けて行った。



***



「ここがユグドラの図書館だ。ユグドラの住民であれば、誰でも利用できるぞ」

「すごく素敵な建物ですね!」


 レイは、レトロでクラシカルな雰囲気が漂う、立派な図書館に目を輝かせた。


 図書館は、グレー色の煉瓦造りの円形の建物で、正面には二階まで繋がったガラス製の大窓がはめられている。図書館の入り口までのアプローチは石畳になっていて、サイドには鉄製の細く優美な手すりがついている。入り口は大きな木製の両開き扉だ。


 図書館の中に足を踏み入れると、床にはモザイクタイルが敷き詰められ、何かの模様が描かれていた。建物の中央には受付や閲覧スペースがあり、円形の壁に沿うように、ぐるりと背の高い本棚が配置されている。建物中央の吹き抜けから見える天窓には、ユグドラの樹が描かれたステンドグラスがはめられていた。


「この図書館には古今東西、あらゆる本が置いてある。本には劣化や汚れを防ぐ魔術がかけられてるんだ。そこの床のモザイク模様も魔術陣で、本の劣化や日焼けを防いでいるんだ」

「魔術でそんなことができるんですね! すごい……魔術陣なのに、とても綺麗です」


 レイは、本の独特な紙とインクの匂いがする図書館内を、ぐるりとその場で回転して見まわした。


 大きなデスクがいくつもあり、自習にも良さそうだ。

 利用客はポツリポツリといて、とても静かで落ち着いている——こちらの世界でも図書館は静かに利用するもののようだ。


(うん、今度からここに来ようかな)



「ウィル、珍しいね。君がここに来るなんて」


 レイが今後のために図書館チェックをしていると、ウィルフレッドが本を運んでいる男性に声をかけられた。


「お、ちょうど良かった。新しい管理者を連れて来たんだ。レイ、アイザックはサーペントっていう魔物が、人型に変身してるんだ。管理者の中には、結構、名のある魔物が多い。怖がらずに接してやってくれ」

「魔物!? 初めて見ました! 新しく管理者になったレイです。三大魔女です。よろしくお願いします」


 レイはびっくりして目を丸くしたが、慌ててぺこりと挨拶をした。


(本当に魔物なの? すごい! 全然、人間にしか見えない......)


 アイザックと呼ばれた男性は、白い髪に一筋だけグレーと黒のヘビ模様が墨絵のように入っていて、とても整った顔立ちをしているが、どこか冷たそうに見える。青色を基調とした、学者のようなローブを身に纏っている。

 彼はサファイアブルー色の瞳を大きくキラキラと見開いたかと思うと、もの凄くいい笑顔で微笑んだ。


「僕は管理者のアイザック。ここの司書長だよ。よろしくね。ところでレイ、僕と結婚しない?」


 アイザックは持っていた本をそこら辺にあった机の上に置くと、挨拶と共に片膝をついて、きゅっとレイの両手を握った。


「お前は出会い頭に、何を言っているんだ!」


 スパンッ! とウィルフレッドがアイザックの後頭部を平手で叩いた。


「レイがいると僕はご飯に困らないんだよ。ユグドラの魔力は全属性だけど、レイの魔力は水属性メインで相性いいし。すごく心地いいんだ。三大魔女だから魔力尽きないし」


 後頭部を撫でながらアイザックが言った。


「僕が気に入るくらいだ、水の王もきっとお気に召すよ」


 にっこりと笑顔で言い放ったアイザックに対して、ウィルフレッドはもの凄く嫌そうな顔をした。


「レイ、特に水系の爬虫類男には気をつけろ! 奴らは愛情深いが、嫉妬深くて執念深い。あと、当代の水の王は女好きだ! 絶対に会うな!」


 ウィルフレッドが食い気味に注意してきた。



 妖精や精霊、魔物は魔力を食べることができる。特にユグドラは世界の中心で魔力に溢れてるため、彼らは普段はその魔力を取り込んで、食事は趣味程度の者が多い。

 ただ、気に入った魔力の者がいれば、その魔力を摘み食いをすることもあるらしい。


 なお、人間はもちろん、エルフやドワーフといった亜人は魔力を取り込めないので、食事は必須だ。



 アイザックはサーペントという大きな蛇型の魔物だ。以前は大陸中央のユークラストという地域で、洪水を起こしては恐れられていたSSランクの魔物だそうだ。現在でも、その恐ろしさはユークラスト地域で劇や昔話として伝わっている。

 百年ほど前に、当時の管理者が彼を勧誘して、現在はユグドラの図書館で司書長兼管理者として勤めている。


「だいたいレイはまだ子供だぞ」

「人間の子供なんて気づけばすぐ大きくなってるから大丈夫だよ。しばらく見ないと、いつの間にか世代交代してたりするし」


 アイザックはにこにこしながら答えた。笑うと冷たい雰囲気も消え失せて、柔和で人が良さそうな感じだ。


(……長く生きすぎてて、感覚が違いすぎる……)


 レイは遠い目をした。



***



「レイならいつでも図書館においで。歓迎するよ」


 レイは、アイザックに満面の笑顔で見送られた。


「レイ、やっぱり図書館には一人で行くなよ。危ないからな、いろいろ」

「分かりました」


 真面目な顔をして諭すウィルフレッドに、レイは神妙な顔をして頷いた。


(残念だけど、このアドバイスには絶対に従った方が良さそう……)


 結局、図書館に行くには、保護者ウィルフレッドも同伴することになったレイだった。



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