第5話 はじめての魔術修行
「よろしくお願いします!」
レイは気合を入れて、ぺこりと頭を下げながら挨拶した。
ユグドラの樹を出て裏手へ回ると、広い訓練場がある。訓練場は砂地になっていて、奥の方には煉瓦造りの兵舎がある。
レイは今日が初めての魔術の授業ということで、動きやすいようにシャツにパンツという出立ちだ。長い黒髪は位置高めのポニーテールにしていて、レイが動く度にぴょこんと跳ねている。
ウィルフレッドはカールのかかった金髪を無造作に後頭部で団子にまとめ、まとめきれなかった長い前髪がゆるりと垂れている。くったりしたシャツの袖を捲り、ゆとりのあるブラウンのズボンと、所々傷の付いたミドルブーツを履いている。
「おお、かわいい、かわいい。そういう格好してると少年みたいだな」
ウィルフレッドが揶揄いながら笑顔で、レイの頭をポンッと撫でる。
レイが少しむくれる。確かにレイは女の子的な甘い顔立ちではなくて、キリッとした男顔寄りだ。昔から男の子に間違えられることが多く、ちょっとだけ気にしている。
ハハハと笑いながら「じゃあ早速始めるか」とウィルフレッドが言った。
「まずは魔力を感じることからだ。目を閉じて両手を出してみろ」
レイが素直に目を閉じて両手を差し出すと、ウィルフレッドがそれをがしりと握った。
「俺が魔力を流すから、何か感じられたら言ってみろ」
「……何か温かいものが流れてくるのを感じます」
「それが魔力だ。じゃあ、ちょっと属性を変えてみるから当ててみろ」
(属性とか、どんなのがあるか、まだ分からないんだけどな……)
「何だかひんやりします。水? 氷?」
「正解だ。水だ。また変えるぞ」
「うーん。ピリピリチクチクします。ちょっと痺れる感じ?」
「そうだ、雷だな。じゃあ次は?」
「何か固くて重たい感じがします。何だろ……」
「これが地属性だ。やっぱ水属性が高いだけあるな~」
レイが目を瞑りながら小首を傾げる。
(水属性と魔力を感じる力に何か関係が……?)
「水属性が高い奴は、大抵共感力が高いんだ。目に見えないものを感じたり、違いを察したりする力に長けてる。これが風属性だといちいち言葉にしないと理解しないし、地属性だと実際に目で見ないと納得しない。火属性は逆に何かそんな感じがする、ピンときたとかで勝手に納得しやがる。まぁ、直感が優れてるやつが多い」
へー、とレイが目を瞑りながら頷く。
「何か一つ、突出した魔術属性を持っていたりすると、性格や性質なんかもその属性の特徴が色濃く出やすい。絶対じゃないが、人間なら髪や瞳の色、魔物なら性格や性質にはっきり出やすいな。もう目、開けていいぞ」
レイは目をぱちりと開けた。少し眩しそうだ。
「どっか変なところはないか?」
「大丈夫です」
レイがきょとんとして答えると、
「あれだけ魔力流したのに大丈夫なのかよ、さすが三大魔女」とポリポリ頭を掻きながらウィルフレッドが呟いた。
「じゃあ、次は自分の魔力を感じる練習だ。目を瞑って、自然に力を抜いてみろ。次に自分の腹の中に光の玉があるイメージだ。何か感じたら言ってみてくれ」
(そういえば、ここに召喚される前に、リリスさんがおなかに手を当てて、何か温かいものが流れてきたような……あれが魔力だったのかな?)
レイがリリスのことを思い出していると、おなかから強烈な光が出ているイメージがし、ぶわっと魔力の圧が彼女自身を包み込んだ。レイは滝壺の中に落とされたような、濁流の中にいるような、強烈な魔力の流れを感じた。
レイは思わずびっくりして、目を開けてしまった。彼女を中心に、訓練場に強い風が吹き荒れ、砂埃が舞っている。
ウィルフレッドが腕を前にして、防御する体制で後ろによろけている。
「落ち着け! 魔力を抑えろ! いや、魔力を流して
(均すって何!?)
レイもわたわたと慌てて、パニック状態だ。
思わず「助けて!」と思えば、おなかの光が一際強く輝いたかと思うと、魔力を抑えていくように収束していった。魔力が、ほんのりレイの周りを巡るぐらいに落ち着くと、おなかの光も落ち着いて消えていった。
「……リリス」
ウィルフレッドが信じられないものを見るように、呆然と呟いた。
***
レイは、召喚前のリリスとのやり取りをウィルフレッドに伝えた。
ちょっとすまん、とウィルフレッドが断りを入れて、しゃがんでレイのおなかに手を当てた。
「ミランダからは、リリスからレイに魔力の引き継ぎがあったっていうのは聞いてたんだ。ただ、これはリリスの加護もついてるな」
「リリスの加護?」
「おそらく、レイが魔術を使いやすいように手伝ってくれてるんだと思う。折角だから
ウィルフレッドがくしゃりとレイの頭を撫でて、立ち上がる。
「加護板?」
「そう。その人にどんな加護が付いているか見られる特殊な魔道具だ。あと
二人は加護板がある、ユグドラの樹の地下にある宝物庫へ向かった。
「俺も鑑定魔法で一応、ある程度は加護や称号があるかは分かるんだが、練度的に細かいところまでは見れないんだよな。そういう時は、加護板や称号板で詳しく見るんだ。そもそも加護や称号が付いてる人間の方がレアだぞ」
鑑定魔術は適性を持っている者が少ない。また、何を鑑定するかも大事になってくる。
例えば、商人だったら、自分が取り扱っている商品に限れば、普段の商売で鑑定魔術を使うため、使っているうちにかなりの練度になって、より詳細な事も分かるようになる。
物事の分類ごとに鑑定練度が上がるらしく、鑑定する物事の範囲をある程度絞っていかないと、中々練度が上がらずに、せっかく適性を持って生まれてきても、持て余す者が多いそうだ。
便利そうに見えても魔術の世界は結構シビアだと、レイは遠い目をした。
「俺でも使いこなせるようになったのは、三百歳過ぎてからだからな」
(……師匠は一体いくつなんだろう)
レイはウィルフレッドを見上げた。
「おや、俺の年が気になるかい? 秘密だ。というより千五百を過ぎてから数えるのめんどくさくなってな、覚えてないが正直なところだ」
何でもなさそうにウィルフレッドは言った。
思ってたよりも一桁上な年齢にびっくりして、レイは目が丸くなった。
それを見たウィルフレッドは、いたずらが成功したように嬉しそうだった。
***
宝物庫に着くと、ウィルフレッドが宝物庫の管理人に、加護板と称号板を使いたいと伝えた。
宝物庫の管理人のガイは、管理者ではない。ユグドラの街に住んでいて、宝物庫の管理を任されている。
ドワーフなので、元々こういった工芸品や魔道具など、人の手が作り出した物の扱いに慣れているのだ。宝物庫内の物の出し入れや、リスト作りのほか、定期的にチェックして修繕に出したり、手入れしたりするのが仕事だ。
白髪混じりのブラウンの髪を三つ編みにし、臙脂色のローブを纏っている。ずんぐりむっくりな体型で、パタパタと宝物庫へ駆けていく姿は、ちょっとかわいらしい。
レイたちがしばらく待っていると、ガイが二枚の黒い板を持ってきてくれた。
ぱっと見、レイの元の世界のタブレットだ。
使い方は、黒い板の両端を持ち、魔力を少し込めるだけらしい。
レイは、ウィルフレッドに促されて黒い板に魔力を込めた。
——
称号:三大魔女(鈴蘭)
——
白い文字で、黒い板に表示された。より詳しく見るには、文字をタップするらしい。
(……まんまタブレットじゃん)
「三大魔女(鈴蘭)」の部分をタップすると、
——
鈴蘭の三大魔女リリスから引き継いだ称号。
特典スキル:魔力量無限、魔術全属性適性
——
と表示された。
「師匠、鈴蘭って何ですか?」
「三大魔女には一人一人通り名があって、大抵は花だな。リリスの通り名は鈴蘭で、レイも鈴蘭みたいだ。二代続けて同じ通り名は初めてかもな。三大魔女の魔力は特殊で、魔術を使うと、それぞれ花の香りがするんだ」
(私の魔力って、鈴蘭の香りなんだ……本名にも「鈴」が付いてるし、ちょうどいいかも)
次に、レイは加護板に魔力を込めてみた。
——
加護:三大魔女リリスの加護
——
表示された文字を早速タップしてみる。
——
三大魔女リリスによって施された加護。
効果:
・魔術の行使を補助する。発動スピードアップ、精度アップ、威力安定。
・この世界の絶景スポットを、絶好のタイミングで見れる。幸運アップ。
・三大魔女リリスの姿に変身できる。
——
「うん?」
(一番目は分かる。魔術関係だし、ありがたい。二番目と三番目がよく分からない……)
「一番目のやつは良かったな。魔術がかなり扱いやすくなるぞ。きっと、さっき訓練場で魔力が安定したのも、これのおかげだ。二番目は完全にリリスの趣味だな。あいつは旅行好きだったんだ。三番目は破格だな」
この世界の変身魔術はかなり高度で、自分と全く違った姿に変身するには、魔術上の詳細設定と練度が必要だ。上級魔術師でも髪の色や目の色を変えるのがやっとの者が多い。
それが加護の力でリリスの姿にまるっと変身できるので、かなりの好条件だ。普通は自分の姿を誰かに使わせることはない。犯罪にでも使われたら大変だからだ。
「いいもん貰ったな」
ウィルフレッドがポンッとレイの頭に手を置いた。
レイはこくりと頷いた。
リリスからの、思いもよらない加護だった。
(……ただこの世界に放り込まれただけかと思ってた……)
リリスの都合だけで無理矢理この世界に召喚されたのだと思っていたレイは、リリスが何かしら気にかけてくれたことに、少しだけ胸がじーんと温かくなった。
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