第4話 異世界召喚(ウィルフレッド視点)

 あの日、俺は友人のフェリクスに呼ばれてユグドラを出ていた。

 聖鳳教会本部、フェリクスの執務室の応接スペースで茶を飲みつつ世間話をしていると、ユグドラ方面に異様な魔術の発動を感じた。


 フェリクスも同じことを感じたようだ。


「ウィル、ユグドラにしてやられたね」


 長年の友人は、実に愉快そうに笑った。

 普段、教会の大司教として穏やかな笑みを湛えているから、こういう笑い方は珍しい。心底面白がってるやつだ。


「そうそう、本題ね。僕の先見でウィルが小さい子供を連れてるのを見たんだ。でも君には伴侶はいないし、君自身の子供っぽくもなかったんだよね。場所はユグドラみたいだったけど。多分、さっきの魔術にも関わってると思うんだ」


 フェリクスは先見の能力もあるが、そうでなくてもこいつの勘は恐ろしく当たる。


 早く戻ったほうがいいんじゃない? とにこやかに友人に促され、早々に茶会を切り上げてユグドラに戻った。



 ユグドラの樹に戻ると、随分と落ち着かない様子だった。

 そこら辺にいた者を適当に捕まえて問いただすと、ユグドラの樹にいきなり膨大な魔力と共に巨大な光の柱が立ったらしい。どうやら幼い少女が召喚されたそうだ。

 そいつに召喚場所までそのまま案内させる。


 ミランダとダリルが既に現場検証済みだそうだが、自分でも念のため見ておく。


 召喚陣を見てみると、数百年前に滅ぼした部族の技術が随所に見られた。確か、異世界から人を召喚して自分たちに従わせる研究だったはずだ。召喚の座標数値があり得ないことになってる。完全にこの世界の外の者を連れて来たな。


 魔力の残り香的に、禁術の術者はリリス。ユグドラの樹の中で術が発動できたということは、ユグドラの許可は有りか。


 フェリクスの勘でも子供だったか。めんどくさいのは嫌だが、フェリクスの先見だと俺が教育担当か……おそらく、ミランダとダリルは今回の証拠を抑えるために、リリスの部屋にいるだろう。先に話しておいた方がいいな。



***



「探し物は見つかったか?」


 リリスの部屋を漁っていたミランダとダリルに声をかける。今朝方ぶりに会ったが、こいつらこんなにやつれてたか? 二人の表情には、明らかに疲れが見えてとれた。


 リリスの部屋はかなり荒らされていて、いろいろな物がそこら中に乱雑に置かれて酷いありさまだ。


「ウィル……大変なのよ。もう誰かから話は聞いた?」

「光の柱が立って、召喚された者がいると。一応、召喚の魔術陣も見てきた。何を探してるんだ?」

「リリスが持ってた本だ。茶色で、背表紙にユグドラの樹の絵が描かれているものだ。おそらく、そこに今回の召喚関連のことが書かれている」


 ユグドラの樹が背表紙に描かれた本……そういえば、リリスがここ最近持ってたな。


「もう探索は使ったか?」

「探索魔術でも出てこなかったから、阻害か隠蔽魔術がかかった物を探してる」


 ダリルが深い溜息を吐きつつ答えた。大分疲れが溜まってるようだ。


「召喚された者はどうするんだ?」


 ミランダとダリルが捜索の手をぴたりと止めて、こちらを振り向いた。


「召喚された子が他の世界から来た子みたいなの。で、リリスに管理者と三大魔女を引き継がされたみたい」

「……あ゛?」


 ミランダの言葉に、思わず不機嫌な声が出た。

 管理者としてあり得ないだろ。禁術使って外の者を連れて来てまで引き継ぎだなんて。


 ミランダとダリルが青い顔をしている。ひやりと重い魔力圧が漏れ出ていたようだ。


「悪い、悪い。で、その子はどうするんだ?」


 自分の魔力圧を抑え込んで、改めて二人に確認した。


「リリスの後始末でしばらく忙しくなりそうなんだ。あまりその子の相手をしてやれそうにないから、悪いが、誰か他の管理者に代わりをお願いしたい」


 ダリルが真っ直ぐにこちらを見つめて言ってきた。おそらく俺に期待してのことだろう。

 三大魔女の教育係なら、教えられる管理者も限られるからな。フェリクスの先見通りになるのも何だか癪だし、ここ千年ほどはそういう役目はのらりくらりと躱してきたんだけどな……


「今日はこんな状況だし、とりあえず明日またその子に会って、管理者や三大魔女について説明するんだけど、一緒に行かない? まずは会ってみてから決めてもいいし」


 俺が答えを渋っていると、ミランダが申し訳なさそうに眉を下げて伺うように尋ねてきた。


「……管理者なら、早めに顔合わせしといた方がいいな……」


 確かに会っておいて損はないため、溜め息をつくように渋々了承した。



***



 次の日、ミランダとダリルと一緒に召喚された者に会いに行った。


 レイだった。以前見た時よりも幼かったが、レイだった。

 改めて自己紹介しつつ、がっしりと握手を交わす。


……確かに、これは俺が教育を担当しないとだな。


 昨日渋ってたクセに、会ってものの数秒であっさり俺が教育係を引き受けたことに、ミランダとダリルは少し驚いたようだった。視線がうるさい。こっち見んな。



 でもこの時の俺の判断は間違っていなかったと後から分かった。


……管理者のアイザックが妙にレイを気に入ってしまった。俺がここで教育係を引き受けなければ、奴が即、手を挙げただろう。あまりの食いつきに、教育と称してレイを囲って閉じ込めてしまいそうな勢いだった。普段は温厚で気のいい奴ではあるんだが……


 レイも、SSランクのサーペントなんて随分めんどくさい奴に好かれたものだ……



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