第3話 異世界召喚(ミランダ、ダリル視点)
その日は朝から生憎の空模様だった。泣き出しそうな曇り空。ユグドラの樹もいつもよりちょっと元気がないようだった。
ドンッという大きな音と共に、ユグドラの樹に大きな光の柱が立った。
「はぁ? 何これ? どういうこと?」
あまりのことにそれ以外は何も言えず、反射的に慌てて光の柱へ向かった。
ヤバい、これはヤバすぎる。何がどうとかは分からないけど、ヤバいのだけは分かる。
魔力の香り的にはリリス。最近、珍しく魔術薬の素材についていろいろ聞かれてたけど、まさかとは思うけど、このために? 魔力量は極大レベル。下手したらユグドラの森ごと吹っ飛ぶ。
リリスの元へ向かっている途中で、もう一人の三大魔女ダリルと合流した。
外は雷の音と共に、土砂降りの雨が降り始めていた。
光の柱へたどり着く頃には、その光がちょうど収束していくところだった。雨に濡れた長い金髪を払って部屋の中を覗き込むと、魔術陣の中央に見たこともない服を着た長い黒髪の少女がいた。
召喚された少女はいろいろショックだったみたいで、はらはらと泣き出してしまった。一旦、彼女を落ち着けようと声をかけた。応接室に連れていこうかとエルフのシェリーと相談していると、ユグドラの精が現れた。
ユグドラの精は、見た目は緑色の光の玉だ。ユグドラの樹の意志を伝えるために時々現れる。今回は私達を部屋まで案内してくれるみたいだった。
緑色の光に誘われて少女を連れていくと、そこは新しい管理者用の部屋だった。
まさかと思い少女をよく観る。リリスの大魔術の後だったから気付きづらかったけど、魔力圧が普通じゃない——これは三大魔女リリスの代替わりだ。
少女——レイに確認すると、やっぱりリリスから魔力を受け取っているようだった。しかも「何か分からないことがあったら、三大魔女と管理者に聞くように」ってリリスが言ってたって……こっちに丸投げじゃない! レイの話の感じだとほぼ何も聞いていないようだし、本当にありえない!!
レイが三大魔女で管理者だと伝えたら、三大魔女を知らなかった。しかもレイは別の世界から来たって言っていた。別の世界ってそもそも何!? 確かにレイが言っていた地名は知らないものだったし、レイが着ている服は初めて見たもので、素材を聞いても知らないものだった。
帰り方について聞かれたけど、正直、生きては帰れないと思う。
リリスのあの術は恐らく禁術だ。リリスが何か残していれば、どんな術を使ったかは分かるかもしれない。でもそれが分かったとして、管理者なら禁術を発動することができない。
管理者であるリリスがどうやって禁術を使ったかは分からない。でも絶対碌なことじゃない。
魔力量も問題だ。リリスが術を使った時は、ユグドラが森ごと吹っ飛ぶかと思うぐらいの魔力量だった。三大魔女の称号の特典スキル「魔力量無限」でも持ってない限りは、一人では発動できないはず。でも、三大魔女は必ず管理者だ。セットなのだ。
非力な人間が管理者の仕事ができるように、この世界が特別に与えてくれた称号が三大魔女だ。ここでも管理者は禁術を発動できない話になる。
更に管理者はこの世界を見守って管理する義務がある。レイは管理者になってしまった。管理者のままでは、この世界がレイを帰すはずがない。
管理者権限を誰かに引き継げればとも思うけど、そもそもリリスがこの世界で次の引き継ぎ先を見つけられなかったから、レイを他の世界から連れてきたんじゃないかしら。
あと、管理者の引き継ぎより、むしろ三大魔女の引き継ぎの方が厄介だ。魔術で直接次の者に称号を引き継ぐ場合は、特に。
三大魔女の場合は、無限の魔力量で若さと寿命を引き延ばして管理者の仕事をする。その源である無限の魔力を手放して引き継ぐのだ。引き継いだ瞬間から老化が始まって、大抵は引き継いでそう長くないうちに老衰で亡くなる。
新しい三大魔女がこの世界のどこかに生まれて、何年かかけて次代を育てて引き継いでいく方が緩やかに死ねる。
レイの年齢は分からないし、リリスから魔力を受け取ったばかりだから、すぐに老衰で亡くなるとは限らない。でも、一度馴染み始めた無限の魔力を引き渡して、無事でいられるかも分からない。
そんな状態でレイは本当に元の世界に帰りたいと思うのかしら?
レイには簡単に「帰るには命がかかる」とだけ伝えておいた……リリスも随分エグいことしてくれたわね。
一旦、レイとの話の続きは明日にすることになった。レイも急にこんなことになって混乱してるだろうし、少し休ませてあげた方がいいかもしれない。
これから召喚現場の確認と、あとダリルにも意見聞かないと。それから、リリスがやってた仕事もフォローしなきゃだし……
全く、リリスは何てことしてくれたのよ!!
***
「やりやがったな、あいつ」
リリスの巨大な魔力の発動を感じて、思わず顔を顰めた。
ここ最近、リリスは中々興味深い魔術理論の話をしていたから、もしかしたら……あの魔術理論通りなら、おそらくは召喚だ。それにしても魔力量が多すぎだろ。ユグドラごと吹っ飛ばす気か。
ミランダもリリスの所に向かっていたようで、途中で会って一緒に向かう。よりにもよって大雨が降り始めた。びしょ濡れのままリリスの魔力が感じられた場所へ駆けつける。
壁や天井までびっしりと召喚陣の描かれた薄暗い部屋の中に、小さな少女がいた。
ミランダとシェリーが少女を連れて行った。ユグドラの精も見えたから、あの少女はユグドラに歓迎されているようだ。
部屋の入り口に集まって来た野次馬どもを追い返す。現場検証の邪魔だ。
魔術で服と髪を乾かし、召喚部屋の中に入る。
所々リリスの魔力で焼き切れてはいるが、残っている召喚陣の術式を読み込んでいくと、「チキュウ」「ニホン」など謎の単語と、この世界から召喚したにはあり得ない座標数値が出てきた。召喚陣を描いた素材も召喚の影響で薬効が飛んでしまっていて、元素材が何なのかも分からない状態だ。
ただこれだけは分かる——禁術だ。
焼き切れた召喚陣の描画薬の焦げ臭い匂いも相俟って、ガンガンと頭痛がする。
この召喚陣の座標通りなら、恐らくあの少女はこの世界の者ではない。
リリスに意見を求められた魔術理論は、既に滅んでしまった部族が扱っていたものがベースのようだった。かろうじてその部族が、俺が魔術師団長を務める国の領域内のものだったから、王立図書館の禁書の棚に似たようなものがあった。
確か、神の
しばらくして、ミランダが召喚部屋にやって来た。
「召喚の影響もあるだろうけど、今まで嗅いだこともない匂いだわ。どんな描画薬の配合をしたのよ」
顔を顰めたミランダが、召喚陣を見つめながら零した。
「お前、リリスから魔術薬の相談受けてなかったか?」
ミランダにも、何某かリリスから相談を受けていなかったか確認する。
「やっぱりそうよね……最近珍しく素材について聞かれてたから、これに使われたかもしれないわ」
ミランダが溜め息を吐きながら話した。
「匂い的に、確かにいくつかはあの時リリスに教えた素材が使われているみたいだけど、他にもいろいろ入れてるでしょうね」
「俺も魔術理論について意見を求められた。今回の召喚陣に所々その理論が使われてた」
重苦しい空気が流れた。ミランダも眉間に皺を寄せて渋い顔をしている。
「禁術、よね?」
「ああ恐らく。よりにもよってこのユグドラでやらかしたんだ」
前代未聞ね、と目線を落としてミランダが小さく呟いた。
「あいつはどうやって禁術を使ったんだ? そもそも俺たちは禁術を使えないはずだろ」
管理者である三大魔女は禁術を使えない。無限の魔力を持ち、あらゆる魔術属性の使用が可能だとしても、禁術ならばいくら魔力を込めようと、水の一滴も、風のひと吹きさえも起こりはしない。
「分からない。ただ、リリスの三大魔女の称号と管理者権限はレイに、あの少女に移ったみたい。信じられないかもしれないけど、あの子、この世界の子じゃないみたい……」
「やはりそうか」
「え!? 信じるの!?」
ミランダは目を大きく見開いて、バッと勢いよくこちらを振り返ってきた。
「召喚陣を見た。この世界から召喚したには座標数値が異常だった」
「ああ……」
ミランダは驚きつつも納得したように頷いた。
「あいつ、何か記録を残してたりはしないか? 禁術なら抹消しないとな」
禁術は広まらないように抹消されるのがルールだ。
「……本。茶色くてユグドラの樹が背表紙に描かれてたの持ってなかったかしら?」
「そういえば、古ぼけたの持ってたな。あるとしたらリリスの部屋か……」
俺たちは顔を見合わて頷いた。方針は決まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。