第8話 パンツマン
ゴールデンウィークのイベントで、着ぐるみショーのバイトをすることになった。
着ぐるみは、『パンツマン』という子どもに人気のキャラクターだ。
トランクスを逆さにしたマスクを被っている正義の味方”パンツマン”役が、マモル。
敵役の”ふんどしん”役は、古路。
ヒロインの”フリル”役が、ケイタだった。
「俺たちの関係にピッタリな配役だな」
マモルが着ぐるみを着ながら言った。
「マモルは正義うんぬんじゃなくて、ただの変態だろ」
古路が言う。
「俺はヒロインじゃないから! 一番背が高い古路が”ふんどしん”やるしかなくて、マモルの”フリル”があまりに下品だから、仕方なくだよ!」
採用試験のとき、最初はマモルがフリルだった。
が、あまりに動作がオネエ臭く、着ぐるみのスカートをめくってみせるなどのサービス動作が子ども向けに不適切として変更になった。
「着ぐるみを着ることで、自分の中の女の子がうずいたんだよ」
「マモルは、受けだからね……」
「その会話、気持ち悪いな。会話っていうか、マモル自体がおかしいんだけど」
「衣装って、人を変えるよね。俺、男の娘とかやったら、ハマるかな」
「マモルなら、ハマるよ絶対」
「………………」
意外なことに古路がノーコメントだった。
「古路君なら、マモルの男の娘発言に辛辣なこと言いそうなのに」
「……マモルに影響されてケイタが男の娘やったら、可愛いだろうなって思ってた」
方向性が違う変態に挟まれている。
気を抜いてはいけないと自分に言い聞かせた。
♢♢♢
ステージに上がる。
声は他のスタッフが担当で、セリフに合わせて演技をする。
フリルは、ふんどしんにすでにさらわれた状態だ。
「来たな! パンツマン! フリルを返してほしくば、この俺を倒してみせろ! 1400年前の古墳時代から存在するふんどしパワーで、コテンパンにやっつけてやる!」
ふんどしん古路は、スティーブ・ジョブズばりに堂々とステージを回った後、フリルケイタをギュッと抱きしめた。
リハにはなかったハグだ。
「フリルにセクハラをするのはやめろ! デザインと機能性に優れたトランクスこそ正義! 今やセクシーすぎるふんどしは教育的にちょっとアレだから、大人しく伝統衣装の一つとして大切にされていろ!」
ふんどし自体は、日本の下着として尊重されるポジションのようだ。
「やめて! 二人とも、私のために争わないで! ふんどしは堅実で素敵だけど、トランクスには将来性があるわ! 私には選べない!」
パンツマンがフリルを好きだという設定はないので、そこはどうやらフリルの妄想らしい。
児童向けなのに、デフォルトで認知が歪んでいるキャラが当たり前に存在していて怖い。
「トランクスパンチ! トランクスキック!」
「ふはははは。そんなペラッペラの攻撃がきくものか! 俺たちの愛の力の前では、貴様のスカスカなパワーなど無力だ!」
どうやら、フリルがいると愛の力でパワーアップするらしい。
フリル、結局ふんどしんを選んでいるのでは?
隙あらば、ふんどしん古路がお尻を触ってくる。
人間というものは、顔が見えないと思うと悪い人間になりやすいのだろう。
これは完全に採用ミスだ。
忘れがちだが、古路はテロリストなのだ。
覆面だと一番凶暴になる奴に着ぐるみを着せてしまった。
「さあ、フリル! 私にもっと愛の力をよこすのだ! パンツマンよ! これで終わりだ、覚悟しろ!」
”愛の力をよこすのだ”のくだりで、ふんどしん古路が頬ずりしてくる。
昭和のセクハラおやじだ。
ステージ終了後にバイト代をもらうどころか、賠償金を払わなくてはいけないかもしれない。
「六尺ふんどし締め!!」
ふんどしんは、ねじねじの紐をビッ!と伸ばして、パンツマンを打ちつけた。
「うっ! さすが歴史ある下着の攻撃力は半端ない! このままではやられてしまう……!」
パンツマンは片膝をついた。
その時、第三の男が現れた。
「負けるなパンツマン! 現役時代は一昔前だが、いまだ根強いファンがいる! このブリーフマンが助けに来たぞ!」
新たな変態……じゃなくて、ブリーフ男が出てきた。
先の三人はキャラクターなのだが、ブリーフマンは、ブリーフ一丁の男が、仮面とマントをつけているだけだ。
本当に児童向けのステージなんだろうか?
「二人で力を合わせて、ふんどしんを封印しよう!」
ブリーフマンはパンツマンに話しかけた。
「え……あ、はい。先輩がそう言うなら……」
「なんだよ、何でテンション下がってるんだよ」
「ブリーフマンが出ると、クレームが来るんですよね。キモイとか、変態とか、児童向けじゃないとか……」
世の大人がまともで良かった。
「俺は! 昭和を支えたお父ちゃんたちの姿なの! その頃はみんなブリーフよ? それをキモイなんて、失礼だぞ!」
「お気持ちはわかりますが、それはブリーフのせいではなく、仮面とマントのせいなのでは?」
ふんどしんが、クレーム対応のように語りかけた。
「なんで敵役にまで、なだめられてるんだ! くそう! バカにしやがって! 昭和のブリーフ魂を舐めんなよ!」
ブリーフマンは無差別に全体攻撃をし、三人は倒れた。
「これが、高齢者の悪質クレーマーって奴か……!」
パンツマンが言った。
「言ってることは無茶苦茶だが、さすが馬力は確かだな」
ふんどしんがヨロヨロと立ち上がった。
「私の愛の力を二人に与えます! 協力して、ブリーフマンを倒しましょう!」
三人はうなずいた。
「合体奥義!!
「ぎゃああああ!! ……俺はただ……ちょっとだけ若者に感謝されたかっただけなのにぃ……」
ブリーフマンは倒れた。
「……老害にならないように気をつけなくてはね……」
パンツマンはそうつぶやいた。
♢♢♢
三人は楽屋で着ぐるみを脱いでいた。
「面白かったね。意外とできたよ」
マモルが言った。
たしかに、マモルは案外ちゃんと仕事をしていた。
「全然、リハと違ったけどね。大丈夫なのかな、児童向けとして」
「着ぐるみ……楽しかったな……。ケイタ、これから日常のプレイに着ぐるみを入れよう」
古路が言った。
「その言い方、まるで普段からプレイしてるように聞こえるからやめて」
「いやいや、君たち! アドリブだらけで結末まで変わってしまったが、よくやってくれた! はい、バイト代だよ」
ブリーフマンが来た。
仮面は被っていない。
採用してくれたおじさん……つまり、社長だった。
「いやあ、コスプレっていいよね。君たちのチームワーク最高だったから、良かったらまた応募してね」
趣味と実益を兼ねているのか……。
児童向けからは足を洗ってほしいけど。
「ケイタ、俺のバイト代で、男の娘の服を買い揃えよう」
古路はキリッとした表情で言った。
「ここにもコスプレに目覚めた人がいたよ。嫌だよ、完全に古路君のためじゃん」
「そうだよ、古路。ケイタは新しい物への抵抗感が強い子なんだ。まずは、男の娘が当たり前の日常にしないと。と、いうことは、俺からやればいいんだ。まずは隗より始めよ、ってことで」
「隗に失礼すぎるだろ。マモルは勝手にやってろ」
ゴールデンウィークにまた一つ忘れられない思い出ができた。
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