第9話 財布泥棒

着ぐるみから着替え終わり、カバンの中を探ると財布が無いことに気づいた。



「アレ? 財布が無い……」


「まさか、楽屋泥棒?」



マモルが心配そうにケイタのカバンを覗きこんだ。



「それなら、さっさと力を使った方が早いだろう」



古路に促されて、カバンの記憶を読んだ。



黒のTシャツ、ジーンズの男が俺のカバンを漁って、財布を持って行った。

二人のカバンも漁っているが、二人は財布を身につけて着ぐるみに入っていたから何も盗られなかった。



「財布には何が入っていたの?」


「二千円だけ。だから被害は大したことないんだけど……」


「家の鍵が無くて帰れないなら、俺のアパートに来ていいよ。そのまま住み着いちゃうっていう展開もありだから」


「鍵はあるし、実家だから何がなんでも帰れるんだけど。もし鍵が無くなったら犯人は古路が一番疑わしいってことになるね」


「なるほど。俺は、ケイタの力をあざむく研究もしなくちゃいけないんだな」


「才能を変な向きに使うのやめよう?」



古路の力と頭の良さを、もっと正しいことに使ってほしい。



「イチャイチャしてるところ悪いんだけどさ、その男、まだイベントにいるかな?」



マモルが言った。



「こんなのイチャイチャのうちに入らないよ。一応外では自重してるんだ」


「いや、一番やっちゃいけないステージ上でやってたよね。自重になってないよ」


「わかった、わかった。古路が欲求不満なのはわかったけど、まず二人の力を使わないと男は見つけられないから、話戻そう?」


「こんな混み混みの会場で人探しは難しいんじゃない? 財布は高いから、悔しいのはわかるけど」


「いや、高くはないし、高校時代から使ってて、古いのだから未練はないけど……」



と、マモルが言った。



「なんでマモルが答えるんだよ」


「盗まれた財布は、俺が高2の時に旅行のお土産で買ってきて、ケイタにあげたやつなんだ。友情の証に」


「……へー……マモルがくれた財布を何年も使ってたんだ……。……今回盗まれたのは結果的に良かったと思う。ケイタは優しいから、マモルからのプレゼントだと古くなっても捨てられないだろ? 俺はケイタのそういう優しいところが好きなんだ。でも、ケイタが他の男からプレゼントされたものを大切にしてると思うと、俺は嫉妬で眠れなくなる。このまま財布は見つからない方がいいと思ってるよ」


「俺とマモルはただの友達だし、嫉妬、怖すぎるから、落ち着いて」


「そうだよ、古路。自分がケイタが好きだからって、みんながケイタを好きなわけじゃないよ。俺は奥手だから、リードしてくれないと困るんだ。ケイタがもし相手だったら、お互い手探りになっちゃうよ。そこいくと、案外俺は古路との方が相性がいいと思うんだけど」


「お前のプレイスタイルは、はからずも知ってるよ! 俺とマモルは万が一にも無いからな!」


「あの……そろそろ楽屋出ない? こんな会話をね、他の人に聞かれると気まずいから。財布は、残念だけど諦めるね。ごめんね、マモル。せっかくくれたのに」


「いいよ。財布は、次の誕生日にまたプレゼントするから」


「マモル、余計なことをするな。それは俺がやるから。ケイタが毎回財布に触れるごとに、俺の愛が伝わるように想いを込めて……」


「二人とも、ありがとう。気持ちは嬉しいよ。でも今の会話を踏まえて、これからはキャッシュレスに生きると決めた。財布は使わないことにする。だから古路は財布買わなくていいからね」


「じゃあ、バイト代は男の娘セットに使うで決まりだな」


「いや……バイト代は自分のために使って……」


「ケイタの男の娘姿は俺のためだけど?」


「ああ、言葉って難しいね……」



そう言いながら、三人は楽屋を出た。



♢♢♢



イベント会場には、お仕事系の車両に乗れるコーナーや、屋台、キッチンカーがあり、賑わっていた。


ケイタは、男子トイレやゴミ箱など、黒Tシャツの男が寄りそうなところや財布が捨てられそうなところに触れて、力を使った。



たくさんの人たちの記憶や気持ちが流れ込んできて、よくわからない。



普段やらないパターンで力を使い、だいぶ疲れてしまった。



「ケイタ、大丈夫? 顔色悪いよ?」



マモルが言った。



「ごめん、ちょっと疲れたみたい。そろそろ帰るね」


「本当に具合悪そうだな。うちに寄って休んでいきなよ」


「古路のアパート、ここからだと実家より遠いから。気持ちはありがとう」


「じゃあ、俺はお言葉に甘えて、古路のアパートでご休憩させてもらうね」


「マモルは、呼んでないから。それにお前んちが一番近いだろ」



♢♢♢



二人と別れ、ケイタは駐車場に行った。

力を使って探ってみる。

が、やはり情報が多すぎてわからなかった。



ベンチで少し休んでから、帰り路についた。

もう日が暮れて、薄暗かった。



マモルは気にしていないかもしれないが、やっぱりもらった財布が無造作に捨てられてたりしたら嫌だ。

少しの金額だから、と油断して置きっぱなしにしたことを後悔していた。



ふと、公園の入り口に停まっていた自転車が気になった。


ハンドルに触れてみる。


あの黒Tシャツの男の姿が見えた。

あいつの自転車だ。


すると、男が公園から出てきた。



「何してんだよ」



男が威圧してくる。



「……あなた、俺の財布盗みましたよね。見てたので、あなたが犯人だというのはわかってます。財布、返してください。あの財布は大切な人からもらったものなので」


「知らねーよ。そこどけ」



自転車から、そいつの今日の行動の情報が流れてくる。



「人のお金を盗んでパチンコですか。今日は三人からお金を盗みましたね。俺の他は、おばあちゃんに、若いお父さん。みんなイベントを楽しみにしてきたのに、気分が台無しです。盗られた人の気持ちを考えたことがないんですか?」


「うるせーな! どけよ!」



男はケイタの胸を押して自転車を奪い、逃げようとした。



そこに、急に警察官が二人現れて男を囲んだ。



警察官が話しかけた。



「あなたにカードを盗まれたという方がいましてね。そのカードを後ろのポケットに入れるところを見たそうなんです。ちょっと確認させてもらっていいでしょうか?」


「はあ? やってねえよそんなこと」


「……もうポケットからはみでてますけどね。出してください」



警官から促されて男がポケットに手をやると、Suicaが出てきた。



「あ! それです! 俺のSuica!」



ちょっと遠くにマモルと古路がいて、マモルが叫んだ。



「Suicaに名前がちゃんと書いてますね。カードはマモルさんの物のようですが……」


「そんなの知らねーよ! 俺じゃない!」



男が叫ぶ。



「あー……こいつ、この公園に盗んだ財布捨ててるんじゃないですかね? さっきゴミ箱近くうろうろしてましたよ」



古路が言った。


Suicaが出てきたことで、男は事情聴取を受けることになった。




ケイタは二人に近づいて、小声で訊いた。



「二人とも……一体どうしたの?」


「古路があいつの居場所を突き止めて、俺が人混みに紛れてカードをポケットに入れといたんだ。で、警察に来てもらってるときにあいつがちょうどゴミ箱に財布捨ててて……。一歩遅かったね。財布は汚いだろうから、やっぱり買い直そう」



マモルは悔しそうに言った。



「……俺のために……。ありがとう二人とも」


「厳密に言うとね、マモルはケイタのためじゃないよ。俺は、ケイタが一人で探して危ない目に遭ったら嫌だからそうしたんだ。ケイタは優しいから、財布取り戻そうとするだろうな、って。だから、俺は、ケイタのためにやったの。愛だよ、愛」



古路がふふん、と得意げな顔で言った。



「俺は正義の味方だから、あいつを懲らしめたい気持ちだったんだ。パンツマンに影響されたかな?」



二人がここまでやってくれたことは嬉しかった。

古路の能力の強さもさすがだし、マモルの正義感の強さもかっこよかった。



ただ……



古路の動機には下心があるし、マモルのやり方は冤罪だ。

よくよく知ると怖い。

マモルの知恵と古路の行動力が合わさるのは意外と危険だと思い、複雑な気持ちになった。



♢♢♢



後日、財布が戻ってきた。



「どんな財布だったの?」



古路に訊かれたので見せた。


マモルがパンツマンイベントで買ってきた、パンツ柄があしらわれたマジックテープでとめる二つ折りの財布だ。



「わざわざ取り返すほどの財布じゃないな……」



古路がつぶやいた。



「失礼な。限定品だったんだよ。それに、俺とケイタがパンツ検定を始めた頃だったから、二人の友情を示すのにピッタリな柄だったんだ」


「ケイタ、パンツ検定なんか繰り返しても、力は高まらないから。俺の特訓の仕方を教えてあげるよ、手取り足取り」


「あ、うん。マモルとの友情は大事だし、パンツ検定はいい思い出だし、その財布は気に入ってるし、特訓は受けたいけど古路の下心が見え見えなのは困るよ」



三人で話してると、一向に話は進まない。

そういう日常だ。

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