第3話 帰還

 森の中を走る。


―― 軽い。


 山道の坂を爆走する、ブレーキの壊れた自転車並みの速度で木々の間を突き抜ける。


「うわあああああああああああああああああああああああ!?」


 スマホもラジオも無い。

 アーティストの歌の代わりに、右肩に担いだカナンの汚い悲鳴が響く。


『いぇい』


 目の前に影。

 白赤の斑模様の毛をした、バカでかい熊。

 ゲームや動画じゃないリアルがいる。


 重低音の咆哮に「ぶっ殺してやる」という気迫を感じる。


 向かって来る。

 生臭い獣の息を感じる。


「もうダメだ――――――――!!」


 カナンのきったねえBGMが最高潮クライマックス

 刺激ちょっとで絶頂するぐらいに頭の中がスパークする。


 大熊の牙を顔の左をかじられた。

 左手で毛むくじゃらの腹を貫き、を握り取った。


『ヒャッハ―――――――!!』


 体の中を巡る魔力が増えた!


『ごっつぉさん!』


 顔の形を戻す。

 後ろで激突音が鳴る。

 死体が木にぶつかったんだろうな。


『やっぱ最高だわ』


 かなり走ったのに森の木々は途切れない。

 全身松明の俺目掛けて獣やら異形やらが襲って来る。


 全部返り討ちにした。


「助けて父さん母さん兄さん聖霊様オリナギ様――――――」

『おいおいカナン、俺が助けてやってるじゃないか』


 と、崖だ。


「死ぬ―――――――――」


 結構でかい。

 幅約100mって感じか。


『黙ってろ。舌噛むぞ』


 空気に水の匂いが混じる。


『いち』


 速度を倍に。


『にの』


 茂みから出て来た猪を蹴り飛ばす。


―― やべ。


 態勢が崩れた。

 端まであと少し。


 下は河。

 落ちたら俺は消えてカナンは死ぬ。


「も―――うダメだ――――――――!!」


 涙と鼻水が飛んで来た。

 やっぱ尻を正面に担げば良かったと反省。


『黙ってろ。掘るぞ』


 ピタリとBGMが止まった。


 崖の端のギリギリに左爪先を合わせられた。


『さん!!』


 跳ぶ、飛ぶ。


 結構高い。

 運良く向かい風も無い。


―― すげえよ。


 人でない体。

 

 空と森。

 空気と木と土と水。

 星々と光。


 人のいない世界。


―― 綺麗だ。


 半分を越えた。

 落下が始まる。


 突風、しかも向かい風。

 カナンを押されて軌道が変わる。


『まずい』


 落ちる。


『カナン、何かいい考えはないか?』

「飛んでよ! 魔法なんだろイフリート!」


『グッドアイディア』


 炎を解いてカナンの中に戻った。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!」

(『叫んでないで魔法を使えよ。お前のアイデアだろうが』)

 

 俺は今操縦のできないロボットに乗った状態。

 このまま河底に叩き付けられてカナンが死ねば俺も消える、かもな。


(『間違ってまた火の玉の魔法を使うんじゃねえぞ。お前を抱えて飛べるようなやつを使うんだ』)


「わかってるっ、わかってるよ―――!!」


 滅茶苦茶深い谷の底が見えて来た。

 悲鳴を押し殺してカナンが呪文を唱える。


「【風拍ふうはく】!!」

『よっしゃ!』


 風の体を得た。

 腕が翼に、足は鳥の足のようになっている。

 

 カナンを足で掴み、翼で風を掴んだ。


『行くぜ』


 暗い川の水飛沫の上を飛ぶ。 

 暗闇や水面から襲って来る何かを躱し、流れの途切れた先、滝となり落ちて行く水と別れて空へ飛び出した。


 夕陽に照らされる景色は、見たこともないものだった。


 バカでかい木々の連なり。

 森の果ての草原と、巨大な壁に囲まれた町。

 そして俺達の遥か高みを飛ぶ、赤い竜の姿が決定的だった。


『異世界、だな』


 何処に行けばいいのかはわからない。

 だが何になりたいかははっきりしている。


『取り敢えずは町だ。もうちょい踏ん張れよカナン』

「う、うん」


 風音の中に聞こえた弱々しい声。

 

 その応えに、やっと独りじゃなくなったと実感した。

 それがとても嬉しかった。

 

 ……。


 ……。


 町に入りギルドに着くと、すぐにカナンはギルド長の部屋へと連行された。


「で、何で君だけが帰って来たのかね。E級冒険者のカナン君?」


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奈落よりカナンへ ~ 転生したら落ちこぼれ美少女魔法使いの魔法になりました ~ 大根入道 @gakuha

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