第2話 イフリートとカナン

 転生?したら見すぼらしいガキの、ショボい魔法だった件。


『この干し肉美味いな』


 人外、それも魔法に転生という意味不明な状態。

 それでも火の魔法だったのは幸いだった。


『何の肉か知らんけど。あ、水もくれ』


 物をつかめて、食べることもできた。

 水は、飲んだらダメージを喰らった。


『なあマスター。お前って実はどこかの王族や貴族、もしくは伝説的存在の血を引いていたりするか?』

「…………ないよ。ボクは辺境の村の生まれで、そこの住人は百年前からの、由緒正しい農民だ」


『そっか』


 じゃあ俺が規格外の魔法ってだけか。


『そういやマスターは何でこんな森の中にいたんだ?』

「……依頼の途中でホブゴブリンのいる群れと出会ったから逃げて来たんだよ」


『一人でか?』

「………………組んでくれたC級の冒険者私部隊パーティーはいたさ。けど」


『ああ、見捨てられたのか。いや、囮に使われた方かな?』

 

 返事はない。


『ちなみにマスターの等級は?』

「E級。登録したばかりの駆け出しはF級から始まるけど、ボクはそれなりに魔法が使えるからE級をもらったんだ」


『ふ―ん』

 

 魔法使いに優遇措置がある程度には、魔法使いに価値がある。

 また等級が二つも上の奴が組んでくれる位に、魔法使いは希少であると。


 しかしまあ、おとりとして切り捨てられたのだから、我がマスターの実力は御察しか。


『これからマスターはどうする積もりだ?』

「町に帰るよ。それで冒険者ギルドに今回のことを報告する」


『なるほど。それでマスターは何か補償を貰えるって訳だな』

「そんなことは無いよ。ただボクが真実を報告することで、ギルドが彼らに処罰を与えてくれるのさ」


 草臥くたびれたガキの顔に、初めて笑みが浮かんだ。


「そう言えば自己紹介がまだだったよね。ボクはカナン。魔法使いのE級冒険者だ」


 右手が差し出された。


『俺は』


 もう日本人ではなく、人でもない。

 そこに執着も未練もない。


 古い汚物なまえは捨てるべきだろう。


 だが良い名前が思い浮かばない。

 しかもこの魔法からだは、名前の影響を強く受けるようだ。


 ならば、取り敢えず。


『俺はイフリートだ。よろしくなマスター』


 仮の名を告げてカナンの手を握る。

 皮ふは厚く、幾つも豆があった。


「カナンでいいよ。こちらこそよろしく、イフリート」

『ああ』


 目をつむる。

 何も無い中に、唯一、残っているものがある。


 前世がのこした定め。


―― 我在るは【無明天獄むみょうてんごく】。


『じゃあカナン、行こうか』

「うん」


 こいつは町へ帰ると思ってんだろうな。

 だが残念、そうじゃないんだよ

 

* * *


『見付けた』


 電柱を三十本束ねた物よりも太い幹の木々が立ち並び。

 遥か頭上に生い茂る枝葉は空の光を遮って、夕暮れ時の今の地上を、暗黒の世界に閉ざしている。


 だが森の中に、柔らかい光を放つ一画があった。

 光の源は群生する、鈴蘭のような花弁を持つ植物。

 あしのように伸びた茎にはびっしりと豆電球程の大きさの花が咲いており、地面にはパラソルのように切れ目の無い葉が広がっている。


 その中に、四人の冒険者達の姿があった。


『あいつらで間違いないな? お前と組んでいた冒険者は』

「う、うん」


 松明の炎に偽装した俺の問いに、カナンはおどおどしながらも頷いた。


 隊長で魔法剣士の【バルナバ・シルヴェリ】。

 副隊長の魔法使い【カミラ】。

 水の神殿の神官【ノエミ】。

 弓を手に槍を担いだ戦士【ボニート】。


 C級冒険者として売り出し中の私部隊パーティー『旋風の大鷲』であり、この地方の若手では別格の実力者という話だった。


『結構距離があるのに気付かれたな』


 ボニート、ノミエ、そしてバルナバがカナンを見た。

 カナンは魔法で視力を強化しているが、あいつらにはそういった様子が見えない。


 等級はカナンの二つ上だが、実力は遠く雲の上のようだった。


 だからだろう。

 隊長のバルナバは剣を構えず、悠長にこっちへ来いと手招きをしている。


『さあ行けカナン』

「う、うん」


 もし冒険者ギルドに報告して旋風の大鷲が罰を受けたとする。

 その場合、カナンは逆恨みの報復を受ける可能性が高い。


 しかもバルナバは貴族家の出身。


 冒険者となり家から離れたとしても、肉親の情という繋がりは残っているだろう。

 最悪はバルナバの実家からの圧力で事件自体が揉み消され、カナンは嘘の報告をしたとでっち上げられるかもしれない。


 冒険者ギルドから弾き出されて人知れず殺される。

 それよりも直接彼らに会って、謝罪を求めたらどうだろうか?


 と言って、かなり渋るカナンを説得した。


「だ、大丈夫だよねイフリート?」

『わからん。だがカナンが冒険者ギルドに報告するよりはマシだろう』


 カナンの40m先に、『旋風の大鷲』のメンバーがいた。


 改めて見るとなるほど、日本でもまず見ないレベルの美男美女達だ。

 年齢は成人したばかりのようだが、所作や気配から感じる実力は相当に高いことがうかがえる。

 

 カナンが「町では凄い人気がある私部隊パーティーなんだ」と言っていたのも納得だ。


―― だからこそ、何故カナンをおとりにして見捨てる必要があったのかと考えてしまう。

―― こいつらの実力なら、あのゴブリンの群れ程度、楽に一蹴できるだろうに。


「やあカナン君、無事だったか」

「心配しましたよ」


 バルナバとノミエが近付いて来る。

 実に綺麗な、まるで無垢な善人のような微笑みだ。


「無茶をし過ぎだよ。幾らゴブリンの群れを引き付ける為とはいえ、一人でホブゴブリンに突っ込んで行くんだから」

「え?」


 やっぱりここに来て正解だった。

 もし馬鹿正直にギルドに報告していたら、カナンは裏で消されていただろう。


「でも酷いじゃないか君。そんな魔道具を隠しているなんてさ」

「どういった機能かは存じませんが、この雑魚がゴブリンの群れから逃げおおせる力はあるようです」


 距離は大分縮まった。


 カナンの震えが酷くなる。

 バルナバ達はもう殺気を隠さなくなっていた。

 

「この距離なら一瞬で斬れる。その魔道具が効果を発揮する前にね」

「大丈夫ですよバルナバ。私の聖霊魔法が完璧に抑えます」


 カナンが一歩後ろに下がると、バルナバ達は二歩距離を詰めて来る。


「ど、どうし、て」

「これだから根暗君は困る。質問ははっきりと言いたまえ。ま、聞きたいことなどわかるがね」


 バルナバの持つ剣の鍔元つばもとの宝玉が、淡い輝きを帯びる。

 

「ここ、ゴブリンの生息地と近いんだよね。採取中に来られて暴れられたら嫌だったからさ」

「魔法使いなら戦闘で魔法を使いますでしょ。戦士の戦いより派手ですから、よく引き付けてくれるかなと考えたのです。まああなたはそれなりに可愛いですから、そっちの方で確実にゴブリンが群がると思ったのです」


「ボ、ボクは、仲間だと、思ってたんだ」

「ぷっ、あなただけです。」


「ならば仲間だと思ってくれていた愚か者への褒美だ。ありがたく受け取りたまえ」


 バルナバが剣を振り上げる。

 カナンは震えながら、開いた右手をバルナバへと向けた。


きしあかせし鬼の火よ 熟し丸まり玉と成れ」


「おいおい、笑わせてくれるなよ。何で今唱えるのが小級魔法なんだ?」

「所詮はE級ですか。大丈夫ですよバルナバ。その松明の魔力は完璧に抑えています」

 

 バルナバもノミエもカナンの魔法を全く警戒していない。

 バルナバは悠揚ゆうようと、剣を振り下ろそうとしていた。


「【灼璃しゃくり】!」

「「え?」」


 俺がけ抜けた後ろから、間抜けなつぶやき声が二つ聞こえた。


 目の前に残り二匹、魔法使いカミラと戦士ボニートを射線に捉える。


 ボニートが放った矢は俺を通り抜け、今更ながらにカミラの杖に魔力の輝きが灯った。


おせえ!!』


 、カミラとボニートの心臓を両手で貫いた。


 着地して振り返ると、腰を抜かして泣きべそをかくカナンの姿が見えた。


 旋風の大鷲のメンバーは方々に、バラバラの黒焦げの肉片となって散らばっていた。


『残念だったな。魔力を封じた程度じゃ、俺は抑えられねえよ』


 魔力は器でしかない。


 器を封じられて動けなくなったのなら、器を捨てればいいだけだ。

 カナンが魔法を使いさえすれば、新しい魔法として、俺は再構成されるのだから。

 

『しかし若手でも別格の実力者という触れ込みの割に、あっさりと殺せたな。やっぱ俺は規格外かね~』

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