奈落よりカナンへ ~ 転生したら落ちこぼれ魔法使いの魔法になりました ~

大根入道

第一章 落ちこぼれからの次

第1話 奈落より

「この世の全てをぶっ壊したい」


 薄暗い廃屋の天井。 

 ほこりとカビの臭い。

 

 空腹を感じなくなった体と、倦怠感けんたいかん

 金も尽き、力も尽き、気力も尽きた。


 陳腐な言い草だが、俺にはもう夢も希望も無い。

 救いは死ぬまでにこの廃村に辿り着いたことか。


「壊して壊して壊し尽くして。虚無の中で消えたい」


 口は勝手に動き続ける。

 俺自身の意識は崩れていき、そう、死ぬのだとわかる。


「壊して、壊して。俺は、僕は」


 ああ、あの時に……。


「ねえ、やっぱやめようよ」


 若い、少女の声が聞こえた。

 誰もいないはずのこの場所にだ。


 幻聴か?


「うっせえな。こんな土砂降りの中にいられっかよ」


 少年の声も聞こえた。

 他にも数人の声が聞こえる。


 全部が若い。


「ユキもケントもやめなよ」

「別にいいじゃん。使われた方がこのお屋敷も満足っしょ」

「……うん。それに濡れたままだと風を引いちゃうよ?」


「あ――もうっ、仕方ないっ」

「おい遅れんなよ。行くぜ」


 近付いて来る。

 廊下の壁に反射する光が、徐々に大きく、強くなっていく。


「うおっ!? 何だこれ!?」

「どうしたのよって、キャア――!!」


 眩しい。


「……死体?」

「死んでないって。目、動いてるっしょ」

「き、気持ち悪い」


「ちっ」


 先頭の少年が端の方へ動いた。

 暗闇で屈む。

 

 近付いて来る。

 何かを手に持っている。


「おらっ!」

 

 衝撃鈍い音と共に視界が転がる。

 痛みは無い、もう感じない。


「ここで死んでんじゃねえよクソジジイ!」


 まだ四十五歳だ。

 

「           」


 音が聞こえない。

 けどまだ見える。


 少年が二人、少女が三人。

 顔は、一瞬だけ、はっきりと見えた。


「   ! 気味がわりいんだよ!」


 一際大きな衝撃を受けて吹っ飛んだ。

 

 聞こえた。

 見えた。


「ねえアスカ君、ケント君を止めてよ。ちょっとやり過ぎだよ」

「う~んそうだね~。この浮浪者、どうしよっか?」

「……ロープで縛っておけばいい」


「おっ、ハルちゃんやっさしい♪」

「……ケントがやりすぎだから」


 ライトの逆光。

 それで全員の顔が見えた。

 登山服姿のガキども。


「取り敢えず簀巻きだな」

「だね♪」


 不快だ。

 全てが不快だ。


『何で? どうってことねえじゃん』


 古い記憶疼き、心がささくれ立つ。


―― 俺の不快を周囲の誰も理解できないと言った。


 が近付いて来る。

 奴らの足が床を踏む。

 よく見なければ気付かない程の、薄っすらと濃くなった木の床を。


 最後だ。

 力を振り絞る。


 手が伸びてきた瞬間。

 俺は立ち上がって、右肩から床へと倒れ込んだ。


 床が砕けた。

 二匹は目を見開いていた。


 崩壊は室内の全てに及び、他の三匹も暗闇の底へと落ちて行く。


 最初にこの部屋を調べた時、床下に巨大な空洞があることを発見した。

 板張りの床には所々に黒い染みがあった。

 そして表面から想像できない程に、中は腐っていた。


 最後にここへ身を横たえたのは、丁度良い墓穴があると思ったからだ。

 ついでに言えば、奥の暗がりには名前の知らない赤塗の仏像が一体置かれていた。

 だから死んだ後、迷うことはないと思った。


「壊したい」


 落ちてく。

 俺が死んで腐り果ててからこの穴に落ちると思っていたが、死ぬより早く墓穴の中に納まるようだ。


 楽しい。 


 この暗闇の穴は俺が開いたものだ。

 俺の力で壊し、ゴミどもを死へと落としているのだ。

 

 とても愉快だ。

 

「壊したい」


 俺は疲れた。 

 他人はいらない。

 虚無の空白が欲しい。


 ……。


 ……。


 底に辿り着かない。

 そして何故か、深い緑の匂いがした。


「どうして、どうして僕がっ」


 荒い息に切羽詰まった少年の声が頭に響く。


「死にたくない死にたくない死にたくないっ」

 

 く、はっはっは!


きしあかせし鬼の火よ」


 少年が紡ぐ言葉と共に、俺が何かに変わっていく。


「熟し丸まり玉と成れ」


 俺が欲したもの、俺が望んだもの。


「【灼璃しゃくり】!!」


 放たれ、何かに当たった。


『グル、グオオオオオオ!?』


 そいつの纏う力は俺より遥かに強大だった。

 台風の強風など比較にならない圧が、俺を粉微塵に吹き消そうとする。

 

 風の姿を見ることはできない。

 だがこの力は見るよりもはっきりと理解できる。


 圧力の流れの隙間を潜る。

 注射器の針を潜らせるように、俺自身を奥へと進ませる。


―― 見付ケタ。


 こいつの中心、力の源。

 そして美味しそうな赤。


―― イタダキマス。


 かぶりついた瞬間、世界を揺るがすような悲鳴が聞こえた。


* * *


 カナンの放った火球は、群れの先頭にいるゴブリンに命中した。

 渾身の力を込めて放った魔法は、十六歳の少年であるカナンよりも巨大な体躯の、そのゴブリンには効かなかった。


「グギャギャギャ!」

「ぎゃ―――!?」


 左足の太腿を、他のゴブリンが持つ木の槍に貫かれた。

 倒れ、転がりながら、必死に逃げた。


「「「グギャッギャッギャ」」」


 ゴブリン達がわらう。


「僕は、こ、こんな所で死ぬわけにはいかないんだ」


 郷里を飛び出して必死に働いて、運良く魔法学院に入ることができた。

 しかし村一番だった、職場で一番だった魔力は、魔法学院ではゴミだった。

 貴族の子弟に目を付けられ、遂には学院から放逐された。


 残ったのは虚無感と、魔法学院に入ったという意味の無いプライド。

 非魔法使いの就く仕事を拒絶して、冒険者となっての初めての仕事。


 運よくC級私部隊パーティーと一緒に組むことができたが、運悪くホブゴブリンの群れと出会った時、彼らが逃げる為の囮にされてしまった。


「皆を見返してやるんだ。偉大な魔法使い、偉大な英雄。僕を笑った者達を跪かせる、偉大な」


 ゴブリンは人を喰う。

 

「偉大な男になるんだ」


 ゴブリン達がわらった。

 傷だらけで動けなくなったカナンに近寄てって来る。


 さびの浮いたなたが振り上げられた。


「あ、た、助けて――――!!」


 ゴブリンが燃え上がった。


「え!?」


 群れのゴブリンが次々と炎に包まれてき、絶叫を上げて灰になっていく。

 カナンは呆然とその景色を眺め続けた。


 異臭を纏う煙が風にさらわれた。

 人型の炎がたたずんでいた。


『よう』


 炎が近付いて来る。

 のっぺらぼうの顔に、黒い穴のような両目が開いた。


『今にもくたばりそうだな、マイ・マスター』




 



 


 


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