第5話
もともと、次の春を迎えることは無理だと言われていたのだそうだ。
だから、やりたいということは、親馬鹿と非難されようと、すべてさせてやるつもりだったのだ、と彼の母親は言った。
秋の終わり。短い時間になるけれど、会ってやってくれないか、と頼まれたときのことだ。ベッドで身を起こす気力もないようで彼は横になっていたけれど、それでも、部屋に入った自分たちを見とめると、ほほえんでくれた。
魔術師さま、と甘えた声でエリアスを呼んで、いっぱい話を聞かせてくれてありがとう、と言った。最後の別れだと、なによりも彼自身が理解している調子で。
改めて礼を言われるようなことじゃない、と。いつもと同じ淡々とした声で、エリアスが応じる。にこりと彼は緑の瞳を笑ませた。
――僕ね、僕の力じゃないって魔術師さまは言ったけど。そうなんだと思うけど、いろんな人にたくさんのものをあげることができて、喜んでもらえて、すごくうれしかった。
――だって、そうしたら、みんな優しくしてくれるから。
――でも、魔術師さまはなにもいらないって言って、僕を特別に扱わなかった。
――お父さまもお母さまも優しいけど、ハンナも大好きだけど。僕を大事にしてくれることもわかってるけど、いつもどこか悲しそうで。なんでも僕の言うことを聞いてくれて、怒らなかったから。
ベッドのすぐそばに座っていたエリアスの頬に、小さな小さな手が伸びる。
――きれいだね。
――僕、魔術師さまの青い瞳が大好きだった。
――僕のこと、ふつうの男の子にしてくれて、ありがとう。
それが、彼と会った最後だ。
彼の母親の頭上を一周するようにして、青い鳥が飛び立っていく。きれいに晴れた、冬の午後だった。
彼の葬儀に参列していた誰かが、幸せの青い鳥と呟く。また違う誰かが、あの子の魂じゃないかしらと言った。
「『幸福の少年』か」
葬儀の帰り道。ゆっくりと塔に帰る道を歩いていたエリアスが、ひとりごちる調子で口を開いた。
「ああ、青い鳥が来ていたね」
「生まれ変わりだなんだという話に興味はないが」
ばっさりと切り捨て、だが、彼は意外なことを言った。
「頼まれたんだ。あの子は魔力検査を受ける年になる前に、狭い部屋で逝ってしまう。だから、広い世界を見せてやってほしい、と」
「そうだったんだ」
きらきらとした瞳で、彼の話を聞いていたあの子の瞳を思い出す。いつもどおりの口調を意識して、アルドリックは笑った。
「でも、きっと垣間見ることができたんじゃないかな。隣でおこぼれを頂戴した僕もわくわくしたくらいだし」
「たしかに、おまえも楽しそうだった」
「うん、楽しかった」
「……金を出して頼めば、話し相手を引き受ける人間はいくらでもいただろうに。なぜ、あんなことをやらせたのか、と。少し不思議だった」
きみはお金を貰ってないだろう、と指摘する代わりに、そうだね、とアルドリックは考えるように相槌を打った。
「善行は魂を救うというからね」
「死後か」
「まぁ、そう。あとになってしまうけれど。救いたかったんじゃないかな」
もちろん、と静かにアルドリックは言い足す。
「彼のやりたいことをやらせてあげたかったということも大きかったと思うけど。たくさんの人に彼を知ってほしかったんじゃないかな」
葬儀には、彼から「幸福」を貰ったのだという人が何人か参列していた。貰うだけの人もいただろうけれど、心にたしかに残した人もいる。
「ほら、覚えている人がいるうちは魂は消えないというだろう」
「そうか」
高い空を見上げ、エリアスは呟いた。
「なら、少なくとも、あと五十年は残るだろうな」
きみは死ぬまで、覚えていてあげるつもりなのか。驚いて、アルドリックは横顔を窺った。本当に、この子は情が深くできている。
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