第24話
その日も空は、青く晴れ渡っていた。数日前に長期休暇に入ったという魔術学院は、学期末の式の中で「赤ずきん」の事件の解決が伝えられたという。犯人の名前は伏せたとのことだったが、周知の事実であろう。ゾフィア・ポールは学院に籍は残したものの、宮廷の預かりというかたちになったそうだ。
まずは第一に、精神状態を落ち着けること。その方針が掲げられたことは、彼女にとっては僥倖であったのかもしれない。
宮廷内での事務手続きを終えた報告に塔を訪れたアルドリックは、詳細にその後を伝えた。彼も気にしているのではないかと考えたからだ。
「魔術学院、どこまで響くかはわからないけど、監査が入るそうだよ。今回の原因もいじめだったからね」
変わるといいね、とほほえむ。憧れの場であるが、それ以前に、未成熟な子どもが集う教育機関なのだ。
魔術師の育成だけでなく、彼らの心も大切に育て上げてほしいと思うし、そうなるように力及ばずながらも尽くすつもりでいる。
――まぁ、この子は、「そうすぐに変わるか」くらいのことは思ってるだろうし、言いそうだけど。
とは言え、しかたのないことだ。なにせ、彼は、自分と違い、長い時間をあの場で過ごしているのだから。
そう思っていたのだが。エリアスの口から飛び出したのは、予想とかけ離れたものだった。
「完全にとは言わないが、少しは変わるのではないか」
「え」
「なんだ。おまえが言ったんだろう。変わらないものはないと」
「いや、まぁ、それは、そうなんだけど」
でも、きみ、それを言ったとき、不満そうな顔をしていたじゃないか。というか、なんで、妙なところでそう素直なんだ。ずっとふてぶてしいままでいてくれたらいいのに。
どうしてそんなふうに感じたのか、自分でもわからないまま。アルドリックは呼びかけた。
「魔術師殿」
ゆったりと紅茶を飲んでいたエリアスの青い瞳が傾く。なんだ、というようなそれ。
「きみ、なんで、今回の依頼を受けたの」
「おまえがひとりで潜入するより、安全だからだ」
「それは、きみが依頼を受けなかったら、僕がひとりで情報を収集する役目を請け負っていたから、という解釈でいいのかな」
「なにを怒っている」
「怒って……、いや、そうだな。怒ってるのかもしれない」
不思議そうな問いに、アルドリックはようやく自分の感情を理解した。怒っている。それで、それは宮廷に対してだけではない。小さく息を吐き、もうひとつ問いかける。
「きみ、なんで、僕の名前を出したの?」
「宮廷からの依頼をつっぱねることも面倒になったからと言ったろう」
「聞いたよ、聞いたけど。でも、本当にそれだけで僕の名前を出したの? よっぽど断りづらくなったよね。今だって、こうしてずっと継続的に宮廷と仕事をしてる」
「おまえも安心していなかったか、俺が宮廷と仕事をするようになって」
ヒートアップしかねなかったアルドリックの声と裏腹の、呆れを含んだ静かな声だった。
「宮廷とろくに繋がりも持たず引き籠もっていると案じていただろう」
「それは、そうだけど、でも」
いつかの子どもの癇癪のように、アルドリックは言い返した。
「きみがきみの意思でなにかをしたいと思ったときに、宮廷と繋がりがないことが足かせになるんじゃないかって、勝手に僕が心配しただけだよ。きみ個人を宮廷に縛りつけたかったわけじゃない」
沈黙。エリアスは否定をしなかった。それが、承知していた、と。エミールの推論が正しかった、と。なによりも如実に表している。青い瞳から視線を外し、アルドリックはくしゃりと前髪を混ぜた。うつむく。
「さっき怒ってるのかって聞いたけど、そうだね。怒ってるよ。考えなしだった僕にも、きみにも」
「アルドリック」
「きみがきみを安売りするな」
宥める調子の呼びかけを無視して、吐き捨てる。どうしようもなく、腹が立っていた。
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