エピソード4:少年の青い鳥
第1話
「あ」
王都の街中でそれはもうばったりと。出くわした稀代の天才魔術師に、一拍遅れてアルドリックは笑みを刻んだ。
「なんというか、ひさしぶりだね」
エリアスはなにも言わない。後に引けなくなって、アルドリックはへらへらと言い募った。
「その、……学院の一件が終わって、宮廷関連のことは少し休みになったものね。まぁ、本当に疲れる案件だったから、ありがたい配慮だと思うんだけど」
はは、と再びの上滑りのする笑みを披露する。沈黙が怖い。対人関係の揉めごとは、本当に苦手なのだ。いや、自業自得だとわかっているのだけれど。
「そうは言っても、ふつうに宮廷事務の仕事はあるんだけど。その、今日は、僕は休みで」
よかったら、どこかで、ちょっと話でもする? ええと、カフェとか。とはさすがに言いづらく、はは、と三度誤魔化すように笑う。
盛夏の乾いた風が、ふたりのあいだを吹き抜けていく。愛想笑いがいい加減に引きつりそうになったころ。
「少し付き合え」
と、聞き慣れた偉そうな口ぶりで、彼は言った。
「『幸福の少年』の話を知っているか?」
「『幸福の少年』?」
王都で囁かれている話だと説明されたものの、聞き覚えはなく。アルドリックは首を傾げた。
「知らないや。どんな話なの?」
ところで、どこに向かっているのかなぁ、と。落ち着かなくなったころに唐突に切り出されたので驚いたものの、彼の横顔に不機嫌の影はない。
まぁ、もっとも、ばったりと会ったときから、彼の表情はまったく変わっていないのだが。
「余命いくばくもない裕福な家の子どもが、困りごとを抱える王都の人間に望むものを与えてやっている事実に端を発した噂話だ。子どもが望むことはただひとつ。自分の部屋で話をしろ」
「ええと、それは、その……部屋に来て身の上話をすれば、対価として与えるということなのかな」
「家の人間が選別はしているというが、本人が窓から手を振って誘うらしい。ろくでもない人間も混ざっているだろうな」
「ええ……」
いろんな意味でとんでもない話だとアルドリックは困惑を浮かべた。どんなおうちなのか知らないけれど、危機感がないというか、なんというか。でも、それ以上に。
静かな横顔を見上げ、恐る恐る問いかける。
「余命いくばくもない子が、幸福の少年って。……その勝手な口出しで申し訳ないんだけど、裕福なおうちなんだよね。良いお医者様とか、たとえば、きみのような魔術師が煎じる薬とか」
「どれほど良い医者でも、魔術師でも、できないことはある」
淡々とした彼の返答で、アルドリックは名も知らぬ少年の現状を悟った。そうして、エリアスが「幸福の少年」と面識があるらしいということも。
「ということは、きみは会ったことがあるんだよね」
「なぜだ?」
「見ないうちから、きみはそんなことは言わないと思って」
「……」
「もしかして、付き合えってその子の家だった?」
視線を合わせないまま、エリアスは認めた。
「少し前に、一度見てくれないかと頼まれたんだ。が、改善を見込む状態にはなかった。痛み止めを与えることくらいしかできないと言ったんだが、よければ子どもの話し相手になってくれないかと乞われてな。金を渡すとまで言われては断りづらいだろう」
自分たちのすぐそばを、楽しそうな声を上げながら子どもたちが走っていく。エリアスは小さく息を吐いた。
「以来、たまに顔を出しているんだが。子どもの機微はよくわからん」
「えぇ……。僕だってわからないよ」
「おまえは昔から子どもの扱いがうまいだろう」
「子どもの扱いがうまかったんじゃなくて、ただきみといただけだよ。それだって、べつに、上手に子守りができていたとは思わないけど」
本当に仮にではあるけれど。自分の子守りがもう少しうまければ、エリアスの性格はもう少し丸くなっていたのではないかと思う。つまり、その程度なのだ。
困ったふうに笑いながら、アルドリックはそっと溜息を呑んだ。彼に付き合うことが嫌なわけではない。ただ――。
――相手の態度に合わせて、なぁなぁにするの、本当に僕の悪い癖だよな。
なにも言わない彼に、また甘えてしまった。だが、自覚はあっても、素直に「ごめん」と謝ることは難しかった。だって、と言い訳のように意識を馳せる。
なぜあんなふうに、半ば一方的に責めたのか。数週間が経った今も、アルドリックは答えを見つけることができないでいるのだ。
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