第21話

 確信を持った誰何に、息を呑む。だが、扉が開く気配はない。

 縫い留められたように立ち尽くすアルドリックをよそに、エリアスは扉に手のひらを向けた。どんな魔術だったのか、アルドリックにはわからない。ただ、ドアは開き、きつく下を向いた少女が現れた。


「ゾフィアさん」


 こぼれた呼び名に、彼女の肩がぴくりと震える。だが、それだけだった。それ以上を目線で制し、エリアスが問いかける。彼の足元では、「黒狼」が鳴き声を上げ続けていた。


「俺たちにこれを差し向けただろう。俺たちはおまえを理不尽に扱ったか?」

「いえ」


 震える声が答えたものの、彼女はうつむいたまま。エリアスはさらに問い重ねた。


「差し向けたことは認めるのか?」

「だって、……」


 感情を押し殺すように、ゾフィアが頭を振る。


「でも、騙したんでしょ、私のこと」

「え……」


 下を向いた彼女の顔は見えない。けれど、全身からは、羞恥と怒り。そうして悲しさがあふれていた。

 まさかという思いと、だか、そうなのだろうなという申し訳なさ。アルドリックは質問を振り絞った。


「もしかして、聞いて?」


 彼女がかすかに頷く。恐る恐るエリアスを見上げると、いかにもしれっとした調子で彼は肩をすくめた。


「少し前から、防音の術式を切っていた。言うのを忘れていたが」


 それは、もしかしなくとも、「おまえはなんのためにここにいる」と問いかけたあたりからか。

 本当に、きみは、全力過ぎるんだよ。というか、頼むから、騙し討ちみたいな真似はやめてくれないかな。言いたいことはもろもろあったものの、自分が言うべきことはそれではない。

 自分と同じ地味なこげ茶の髪を見つめ、アルドリックは口を開いた。


「ごめん」


 びくりと彼女の髪が揺れる。誤魔化さずに理由を告げることが最後の誠意だろうと、アルドリックは説明することを選んだ。


「僕は宮廷の事務官で、学院の事件の解決のために、魔術師殿と一緒に派遣されたんだ。きみが僕と喋りやすいと思ってくれたのは、同年代の男の子じゃなかったからだよ」

「宮廷の事務官……?」

「うん、そう。その、恥ずかしい話なんだけど、昔からどうにも童顔で。本当は制服を着る年じゃまったくないんだけど」

「え」


 腹立ちより驚きが勝ったのかもしれない。ずっとうつむいていた顔が上がる。丸くなった瞳に、できる限り柔らかにアルドリックはほほえんだ。なにを思ったのか、エリアスが口を挟む。


「こいつは俺より年上だ」

「ちょっと、言わなくていいよ、そういうことは」


 完全に涙の引っ込んだ――ちょっと引いているくらいの少女の顔が、ほっとするやら、さすがに気恥ずかしいやらで、アルドリックはおざなりに言い捨てた。


「僕だって好き好んで制服を着てるわけじゃないんだから。……ああ、いや、その、事件を解決したいと思っていたことは本当なんだけど」


 後半は彼女に向かって取り繕い、改めて呼びかける。


「ねぇ、ゾフィアさん」


 ゾフィアは目を逸らさなかった。その瞳を見つめ、諭す言葉を紡ぐ。


「これも聞いていたかもしれないけど、僕は本当は魔力がないんだよ。小さいころは魔術師になりたくて、この学院にも憧れていたんだけど。だから、編入してびっくりしたんだ」


 ここは憧れなんてきれいな言葉で飾れる場所じゃなかったね。そう言えば、こげ茶の瞳に涙の膜が浮かんだ。


「わ、私」


 堰を切ったように、彼女は話し始めた。


「憧れてたんです。魔術師になりたくて、入学許可書が届いた時は、本当にうれしくて、なのに」

「うん。それなのに、よくがんばったね。月並みな言葉だけど、本当にすごいと思う。僕はきみも尊敬するよ」


 苦しい環境で、それでも、と。目標のためにがんばり続けることは、言葉で言うことは簡単で、けれど、すごく、すごく難しいことだ。


「きみの力になりたいと思った気持ちも本当のつもりだった。任務から外れたことをしてる自覚があっても、放っておけなくて。きみと、……これは僕の勝手なんだけど、僕の知らない学院生だった彼が重なったんだと思う」

「私……」


 うろ、とさまよったゾフィアの視線が、エリアスの足元に刺さる。

 彼女が話し始めたあたりで鳴き声は小さくなったけれど、今もそこで『黒狼』はかたちをとっている。


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