第20話

「彼女は被害者なのに、彼女が罰せられるんだね」


 昨日の件で報告をしたいから、放課後、ヴォルフ先生の教務室に来てもらってもいいかな。

 教室で告げたアルドリックに、ゾフィアは泣きそうな顔で頷いた。謝りたいが、倉庫のできごとを教室で話すことはできないと書かれた表情に、微塵の嘘もなく。また、早朝の演習場の一件もまったく認知していない様子だった。

 生徒の目撃者がいなかったことが幸いし、レオニーの欠席は体調不良で処理され、シュミット女史の目論見通り通常の一日が終了した。……けれど。


 ――なんなんだろうな、本当に。


 放課後を迎えた、エリアスの教務室。いつもの椅子に座り、アルドリックは鬱々とひとりごちた。教務机から自分を一瞥したエリアスが淡々と口を開く。


「ふたり、魔術師になる道を絶たれている」

「……そうだけど」

「それもいじめの報いか」

「そんなことはないと思うけど、でも」


 理不尽だと思って、と呟き、アルドリックはうつむいた。

 だって、かわいそうだった。強者を窺うゾフィアの弱弱しい笑みも。それでも、と。必死に努力を続けるところも。

 逃げ場のない学園で、留めることのできなくなった感情を、彼女は手放しただけじゃないか。傷つける意図なんて、なかったはずだ。

 その気持ちをわかるのは、僕ではなく、きみじゃないのか。ぎゅっと拳を握り締める。


「おそらく、だが。おまえの言うとおり、はじめは無意識だったのだろう。ひとり目のときは、気がついていなかったかもしれない」


 はっとして、アルドリックは顔を上げた。青い瞳は、じっと自分を見ている。目を逸らすな、というように。


「だが、三人目を襲った今、まったく気がついていないということは無理がある。おまえの心当たりが正解だったと仮定するが。その生徒は、自分が憎む相手が次々と襲われて、自分が関与していないと思うほど能天気なのか?」

「それは……」


 言葉に詰まったアルドリックに、エリアスはひとつ溜息を吐いた。


「おまえは、なんのためにここにいる? 今回の事件の犯人を見つけるためだろう」

「そうなんだけど」


 それは、本当に、そのとおりなのだけど。正論から逃げ、曖昧な相槌を繰り返す。ほんのわずかな沈黙を経て、エリアスは話を続けた。


「気が弱いから駄目だと女傑は言っていたが、そのとおりだ。純粋に魔力の質だけで言えば、ゾフィア・ポールは高いものを持っている。レオニーという娘より、よほど」

「え……」

「気に障ったのだろうな。相手がどれほどの魔力を保有しているかということは、ある程度の魔力を持つ人間であれば目視で測ることができる」


 組紐を通して俺の魔力を流すことで、今回は誤魔化したが、と言い、彼はこうも言った。


「本来は、そういうものだということだ。優秀な魔術師になるためには、当然、努力はいる。だが、持って生まれた魔力の保有量は、努力で覆すことはできない」


 無意識に組紐を握る。わかってしまったからだ。

 どれほど努力を重ねても、魔力を持たない自分が魔術師になることはできない。すぐ隣で生まれた子どもは、あふれんばかりの魔力を持っているというのに。わけてほしいと願ったことがないとは言えない。妬みもした。割り切るまでに時間もかかった。でも。――でも。


「嫉妬の対象には十二分になりうる」

「でも、それだけじゃないじゃないか。彼女はきっと努力をしているし、それに」


 きみだって、と言いかけた直後、エリアスが立てかけていた杖に手を伸ばした。


「頭を上げるな」


 え、という間抜けな声を上げる間もなく、頭上を旋回した杖の残像に、アルドリックは椅子からずり下がった。ガタンと椅子が倒れる音が響き、体勢を整えて慌てて振り返る。


「ちょ、魔術師殿!?」

「『黒狼』だ」


 エリアスの言葉どおり、彼の足元には黒いものが張りついている。

 黒い狼のようなもの、という被害者の表現がいたく正しかったことを、アルドリックは知った。

 杖の先が押さえつけるそれは、生き物というよりも、黒い靄が狼のかたちをつくっているというていに近い。

 ギゥ、ギゥと獣のような声を上げて鳴くそれに、アルドリックは近づいた。「黒狼」が逃げ出そうと暴れるたびに黒い靄は空中に霧散し、またすぐに集まってかたちづくっていく。


「なんで、ここに」


 呟いたものの、困惑した声に答えはない。しかたなく、アルドリックはエリアスに視線を戻した。


「なんというか、きみ、わりといつも物理なんだな」

「しかたがないだろう。消滅させるわけにはいかなかったんだ」

「消滅させるわけにはいかないって、どういう」

「自分の目で見て、どれほど醜悪だろうと、どれほどプライドに障ろうと、自分の感情と認めなければならない」


 アルドリックではなく扉を見つめ、彼は言った。


「ゾフィア・ポール。いるんだろう?」

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