第18話

 学院の空は、翌朝も真っ青に澄み渡っていた。あと数日で生徒たちは長期休暇に入る。「赤ずきん」の一件が解決しない学院から解放される日を待ち望む者も、どうやら多いようだった。

 早朝の静かな構内をエリアスと歩きながら、ぽつりと話しかける。


「シュミットさん、半信半疑という感じだったね」

「外部の人間の――それも、仮にも教え子であった俺の言うことだ。理にかなっていると思っても、即座に認める度量がないんだろう」


 否定できる要素がない。悩んだ末、はは、とアルドリックは乾いた笑みをこぼした。プライドより大事なものがあるだろうに。


「そうか。大変だね」

「だが、馬鹿でもない。近いうちに判断をするだろう。とは言え、証拠のある話ではないからな。今、誰かが襲われたら、簡単に尻尾を掴めるんだが」

「……あのね、魔術師殿」

「なんだ?」

「僕たちは、その、あとひとりを出さないために、ここにいるってわかってるよね」

「わかっているに決まっているだろう」

「だよね」


 ごめん、と呟いて、そっと溜息を吐く。

 シュミット女史は、一限目の前に演習場で個人指導を頼まれているから、と。そそくさと立ち去ってしまった。その面倒見の良さをすべての生徒に反映してくれたらば、どれほどの生徒が救われることか。風に吹かれた髪を掻きやり、周囲を見渡す。


「でも、可能性の話ではあるけど。次に被害に遭いそうな子の予測がつく以上、放っておくわけにはいかないよ。第二学年の警護を中心に固め直してくれるという話だったけど、大丈夫かな」

「声が届く範囲にいれば、間に合うと思うほかないだろう」


 全員が構内を自由に移動している以上、安全を保証できると言い切ることはできないという至極当然の返事に、そうだよね、と肩を落とす。

 だが、致し方のないことだった。自分たちが間違っていた場合、予想もしない誰かが襲われる可能性があるのだから。

 証拠のない予測に基づいた生徒だけを守るわけにはいくまい。それに、とアルドリックは空を見上げた。


 ――思い当たった相手が間違いだったらいいのにって、ちょっと思ってるんだよな、僕。


 涼しげな横顔に視線を移し、気分を切り替えるように問いかける。


「シュミットさんは、なんできみに当たりがきついのか聞いてもいいかな。きみ、実技の成績だって良かったんじゃないの」

「簡単なことだ。成績優秀の俺が魔術兵団を試験すら受けずに蹴ったことで、面子を潰されたと思っている」

「えええ、……それは、つまり、在学中はあそこまでではなかったと」

「ありがた迷惑だったが。おかげで無駄にやっかまれた」

「そうかぁ」


 しみじみとした相槌を打ち、ねぇ、と再び呼びかけようとした瞬間。空気をつんざく悲鳴が響いた。目が合った青が鋭い色に変わる。


「演習場だ」

「え、演習場?」


 呟くなり駆け出した臙脂のローブを追って、アルドリックも走り出した。演習場はここからそう遠い場所ではない。演習場にいるのはシュミット女史で、彼女は個人指導と言っていた。それで、今の声は、おそらく、あの子のものだ。

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