第17話
「こんなことしか言えないし、きみはつらかったと認めないかもしれないけど、でも、よくがんばったね。やっぱり、きみはすごいよ」
苦しい環境で、それでも、と。魔術師になるための正しい努力を重ねて。きっと、今のゾフィアのように。
この子なら大丈夫だろう、と。楽観で自分が逃げを打っていたころも、ずっと。アルドリックは声を振り絞った。
「僕は無理だ」
「わかった」
「え?」
「おまえが無理だと言うのなら、おまえの潜入は打ち切りにしよう。どうしても犯人を突き止めたいというのなら、俺がひとりひとり尋問をしても――」
「待って、待って。違う」
斜め上に展開した話に、慌てて顔を上げる。青い瞳は、どこまで真面目に自分を見下ろしていて。苦笑を堪え、アルドリックは宥める声をかけた。
「学生時代だったら無理だったかもしれないという意味で、問題はないよ」
そういう話をしていたんじゃないのになぁ、と。呆れる気持ちもあるのに、それ以上にくすぐったかった。
――良くも悪くも全力なんだよな。
誤解されやすい性分だし、誤解をされてやむなしの言動も取るけれど、それだけなのだ。
だから、嫉妬をしても、たまらない気持ちを覚えても。嫌いだと思い切ることはできなかった。
それに、とアルドリックは思う。どれほど悪趣味でも、最低ないじめに手を染めていても、彼らは庇護すべき子どもだ。そうである以上、大人が正さなければならない。
「ここはきみの母校で、この国の魔術師を育てる唯一の機関だからね。国に仕える大人として、僕にはここを正常化する義務があるよ」
「そうか」
測るようだった瞳が、静かに頷く。自分が言うのであれば、いったんは信じてみようという顔だった。
小さいころにも何度か見たなぁ、と。場違いに懐かしくなったところで、アルドリックは引っ掛かりを覚えた。目覚める前に見た夢。あれは、たしかにあった記憶だ。随分と忘れていたけれど。
「きみさ」
アルドリックは、慎重に口火を切った。
「大昔、なんで思っていることをストレートに言うんだって僕が聞いたとき、本音を我慢していると、感情が分離して化け物になりそうだ、みたいなことを言ったことがあったよね」
「そうだったか?」
誤魔化しているふうでもなく、エリアスが首をひねる。
「そうだよ」
半ばひとりごちる調子でアルドリックは首肯した。そうだ。彼女の話を聞いたときの既視感のもうひとつは、これだったのだ。
幼い彼が言ったことと同じ。つらい感情を切り離し、分離する。本音を我慢していると、感情が分離して化け物になる。似ているようで違って、けれど、やはり似ている。そんなことが起こりうるかどうかはわからない。ただ――。
「これは魔術のことをほとんどわかっていない僕の思いつきなんだけど」
「なんだ?」
「今回、きみたちが犯人がわからないと言っているのは、魔術を使った痕跡のある生徒も教師もいないからなんだよね」
「ああ、そうだ。だが、ここは外部と遮断された空間だからな。外部犯は考えにくい」
「無意識に呼び出したという可能性はないかな」
「無意識……?」
「その、誰かを害そうとまでの悪意はなくて、ただ、苦しくて、その感情を切り離した結果だとしたら――って、ごめん。さすがに荒唐無稽だったかな」
黙ったままじっとこちらを射る瞳に、アルドリックは照れ笑いを浮かべた。
幼いころから魔術師が活躍する小説を愛読しているものの、いつだったか、「あんなものは、架空のでかませもいいところだ」と。呆れた顔をされた覚えがある。
「そういう設定の小説を読んだことがあった気がして。いい年をしてみっともないと思うんだけど、やっぱり、僕、そういう話は好きで――、と、なにを言ってるんだ。ごめん。忘れてもらってもいいかな」
「いや。もう少し詳しく聞かせてくれ」
一理あるかもしれない、と神妙な顔でエリアスは頷いた。
過去のエリアスの発言を思い出し、無意識に呼び出した可能性を思いついたこと。押し殺した感情が無意識に人を呪ったというエピソードを、小説で読んだことがあるということ。一般的に不可能でも、きみくらい力のある人間であれば、化け物を生み出す可能性はないだろうか。
推測だらけのアルドリックの話を聞き終えたエリアスは、思案する沈黙を挟み、なるほど、と呟いた。
「どううまく隠したか不思議だったんだ。いったいどんな術式を使ったのかが気になって、そちらにばかり意識が向いていたのかもしれない。切り離した可能性は、たしかに排除しきれないな」
「僕が言うのもなんだけど、そういうことってあるものなの?」
「あまり例はないが。潜在的な魔力が強い者であれば可能性はある」
むしろ、と彼が言う。
「ここの教師には、一級魔術師と二級魔術師しかいない。俺がここに来たときは、事件からあまりに時間が経っていたからな。痕跡を辿ることはできなかったが、事件の直後にも、やつらはここにいたんだ。その全員を欺く技量のある生徒がいると考えるよりは、感情を切り離した結果と考えたほうが無理はない」
「……」
「もちろん、あくまで可能性だが」
こめかみに指を当て、息を吐いたエリアスが、黙り込んだアルドリックを見やる。
「アルドリック」
名を呼ばれ、うつむき加減だった目線を上げる。自分を見据える青い瞳は幼い子どものように澄んでいて、嫌になるくらいきれいだった。
「思い当たる相手がいるんだろう?」
違うか、と。重ねて問うた静かな声に、アルドリックは眉を下げた。
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