第16話

「あの子たちは、なんのためにここに通ってるんだ」


 せっかく魔力を持って生まれたというのに。魔術学院に通うことが叶う人間は一握りだというのに。理不尽な苛立ちと理解してもなお悔しくて、しかたがない。

 自分は入りたくても入ることはできなかったというのに。努力で覆すことのできない持って生まれた才能という一点に置いて。自分は生まれながらに不適格だった。あの子たちはそうではないというのに。

 それでもどうにか「ずるい」というみっともない本音は、アルドリックは呑み込んだ。


「だから憧れないほうがいいと言ったろう」


 諦めたように首を振り、諭す調子で彼が続ける。


「いろんなやつがいる。ここに入ることができる人間は一握りだが、卒業後、宮廷に勤めることができる魔術師はさらに一握りだ。競争が激化して精神が疲弊することは、ある意味であたりまえなんだろう。息抜きの娯楽に、いじめが横行することも」

「……きみはここが嫌いだった? 飛び級で卒業した、十年に一人の天才と言われたきみは」


 少し前。宮廷で「ろくなものじゃない」と吐き捨てたエリアスの横顔を思い返す。そうして、数日前。教務室で勝手な糾弾をしたことも。

 あの瞬間の苛立ちが嘘のように凪いだ気分で、改めて彼に問う。おまえに言っても意味がない、とも。関係がない、ともエリアスは言わなかった。熟考するように目を伏せ、ゆっくりと口を開く。


「おまえがいればよかったと思ったことはある」

「なんだか、いろんな意味で胸が痛いよ」


 淡々とした口調が居た堪れなく、はは、とアルドリックは笑った。

 自分の通った学校にも競争はあった。けれど、ここまでの悪意に満ちたものを見た覚えはない。とは言え、自分はただの通りすがりだ。だから、我慢することはできる。でも――。


「『黒狼』が生まれた理由か」


 は、とまたひとつ。ままならない苦笑がこぼれる。


「そんなこと、想像できるようになりたくなかったな」

「……」

「ごめん」


 沈黙に気づき、アルドリックは謝った。一週間も滞在していない自分が言う台詞でないと恥ずかしくなったのだ。


「きみに無神経だった」

「構わない」


 本当にそう思っているのかどうかはわからない、だが、さっぱりとした答えだった。彼の顔を見ることができないまま、また小さく笑う。


「僕のほうがふたつも年上なんだけどな」

「便宜上、今は俺が教師で保護者なんだろう」


 だから気にするなというふうに伸びてきた手のひらが、うつむいたアルドリックの髪を掻き混ぜる。温かで、けれど、慣れていないことが丸わかりの不器用な仕草。

 なんでなのだろうなぁ、と。思えば思うほど悲しく、悔しかった。他人を慈しむことができる子なのに。


 ――大丈夫だ、アルドリック。俺がいる。


 たったひとりの肉親がいなくなった夜。葬儀を終え、ひとりの家に帰ったアルドリックに寄り添ってくれたのはエリアスだった。


「エリアス」


 うつむいたまま手を伸ばし、彼の腕に触れる。再会して以降、彼の名前を意識してはっきりと呼んだのは、たぶん、今がはじめてだった。


「エリ」


 さらに手を伸ばし、背中を撫でる。自分の腕にすっぽりと彼が収まっていたころに、そうしていたように。


「つらかったね」


 エリアスはなにも言わなかった。いまさらと呆れているのかもしれない。そのとおりだとも思う。

 でも、学院にいた当時の彼が、自分がいたらよかった、と。少しでも考えた時間があったなら。許されるのではないかと思ったのだ。

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