第15話

 隣の家に住むきれいな子どもの泣き顔が苦手だった。

 幼いころからかわいがっていたことも理由のひとつだったろうし、染みついた責任感も一端だったように思う。

 ほかにもいろいろと理由はあったろうけれど、とかく、アルドリックはその顔が苦手で、狭い村で彼が揉めごとを起こすたびフォローをしていた。


 無論、アルドリックが勝手にしていたことだ。彼は特別に困っていなかったかもしれない。だが、彼が悪しざまに言われることが嫌だったのだ。

 距離を置こうとしたくせに、なにを言っているのか、と。正しく自分に呆れる気持ちもあったものの、放っておくことはできなくて。よく彼に話を聞いた。

 揉めごとの原因はさまざまで、彼の容姿や能力に嫉妬した相手がけしかけるものも多ければ、彼の忖度しない物言いに端を発するものも多かった。

 他人と揉めることがなによりも苦手で、相手を優先しがちだった自分には信じられないやら、ほんの少し羨ましいやらで。どうしたものかと悩みつつ、「なんで喧嘩になっちゃうんだろうねぇ」と眉を下げたものだった。


 ――我慢してばかりいると、感情に足が生えて化け物になってしまいそうだ。


 それが、正直に言葉にする理由だと幼い彼は言った。そっか、とアルドリックは笑った。

 正確に理解することは叶わなかったものの、彼にとっては「そう」なのだとわかったからだ。


 ――そっか。でも、それで、きみが誰かに悪く思われたり、誰かが悲しい思いをすることは悲しいな。


 お為ごかしのような台詞に、青い瞳が瞬く。きれいだった。


 ――アルドリックは悲しいのか?

 ――ううん、そうだな。僕はきみが悲しいことが悲しいかな。


 たとえば、みんなが離れていって、ひとりになったきみが泣かないかな、とか。そういうこと。だって、僕が高等学院に受かったら、きみと話すこともなくなるだろう? 諭すように告げたアルドリックに、エリアスは不思議そうな顔をした。


 ――なぜ?

 ――なぜ、か。そうだね、それは……。


 胸に走った痛みから目を逸らし、アルドリックはほほえんだ。僕ときみは違う道を進むから、いつまでも一緒は無理なんだよ。

 きみが言ったんだろう、と責めることはできなかった。自分のほうが年上だという自負もあったし、あのときの彼に悪気がなかったこともわかっていたからだ。

 でも、きみじゃないか。僕と自分が同じものであるわけがないと断言したのは。きみには類稀なる魔力があるけれど、僕にはない。きみは魔術学院に入学することができるけれど、僕はできない。僕にはないものを、きみはなんでも持っている。僕はきみが――。



「……っ」


 心臓がバクバクと脈打っている。胸を押さえて飛び起きたアルドリックは、自分がどこかの部屋のベッドに寝かされていたことに気がついた。室内には明かりが灯り、カーテンが引かれている。もう夜であるらしい。


「ここは……」

「目が覚めたか」


 考えるより先にこぼれた問いに、少し離れたところから返事があった。ソファーで開いていた本を置き、近づいた彼がベッドに腰をかける。


「教職員寮の俺の部屋だ」


 ああ、と納得した直後、アルドリックは前のめりに尋ねた。なぜ彼の部屋で眠っていたのか、理由を思い出したからだ。


「ゾフィアさんは」

「話を聞いて、寮に帰らせた。怪我もなにもしていなかったからな」

「……そっか」

「おまえはどうだ?」


 安堵の息をもらしていたアルドリックは、問いかけに身体の感覚を改めた。

 眠っていたあいだに処置をしてくれたようで、嫌な疼きや熱っぽさは消え失せている。まぁ、手刀を落とされたと思しき首はじんじんと痛むのだけれど。首の裏をさすりながら、溜息を吐く。


「おかげですっかり。一級魔術師殿とは思えない物理的な解決をどうもありがとう」 

「おまえはもっと俺に感謝をするべきだ」

「ええ、してるよ。してます。ありがとう」


 あの場合、あれが最善だったのだろうなぁ、ということは。だが、しかし。アルドリックはうんざりと眉を寄せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る