第12話

 貰ったリストにも、本当に当たり障りのない情報の記載しかないんだよ。怨恨の線で調べてほしいという話だったけど、真剣に探す気があるのかな。

 そうこぼしたアルドリックに、対人関係のもつれでなく、気をおかしくした者による無差別な犯行にしたいのだろう、とエリアスは言った。そのほうが、まだ外聞が良いからな、と。

 彼の推測が事実かどうかはわからない。けれど、もし、対人関係でなにかがあったのだとしたら。臭いものに蓋をする学院側の対応は間違っている。被害者のためにも、加害者のためにも、明かさないといけない。

 たまらず言い募ったアルドリックを、ふっと笑い。


 ――だからこそ、おまえが生徒の中に入る意味があるというものだろう。


 昼間のギスギスとした空気を流すように、昨夜の定期報告を評したのだった。



「きみはどうやって乗り越えようとしたの?」


 言葉かけに迷った末、アルドリックはそう問いかけた。


「そうですね」


 思案するように呟く声は、思いのほか穏やかで。一番つらかった時期は抜けたのかもしれない、と。勝手なことを想像する。


「はじめの一年は泣いてばかりでした。でも、それじゃ駄目だと思って。だって、私は魔術師になるために入学したんですから」

「そうだよね」

「だから、つらい気持ちを俯瞰するように努めたんです」

「俯瞰?」

「切り離す感じでしょうか。つらい気持ちから距離を取ろうって。もちろん簡単にはできませんでしたけど、少しずつ」


 覚えた既視感に、ああ、とアルドリックは頷いた。

 もっと、ずっと、自分が小さかったころ。「自分のために危険を冒して医者を呼びに行った素晴らしい両親」と物語の一場面のように評すことで、彼らの死を乗り越えようとしたことがある。それと、少し似ているのかもしれない。


「ずっと抱えていることは苦しいですから」

「そうだね。そう思うよ」


 しんみりと同意を示したアルドリックに、ゾフィアは目を伏せた。


「『黒狼』に感謝していると言いましたが、怖いと思っていることも本当です。だって、学年トップのクララさんが勝てなかったんだもの。私だったら殺されていたかもしれない」


 口を噤んだ彼女に、それ以上の質問を呑み込む。こちらの話ばかりしてしまったな、と反省をしたからだ。


 ――人目のないところって言ってたけど、第三倉庫に向かってるのかな。


 薬草庫を兼ねた第一倉庫などと違い、第三倉庫は現在ほとんど使われておらず、人の出入りは滅多とないと聞いている。

 ついでに、あまり近づかないほうがいいとも。

 どうしたものかなぁと悩んでいるうち、彼女の足が止まった。


「嘘です」

「え?」


 目を瞬かせたアルドリックに、ゾフィアがうつむく。


「つらい気持ちから距離を取ろうと思って、がんばって、無視とか、悪口くらいなら耐えられたけど、でも、痛いのは怖くて。正面からなにかを言われることも怖くて。断ることも怖くて、ごめんなさい」

「あの、ゾフィアさん?」

「ごめんなさい」


 さらに深くうつむき、懺悔するように彼女は告白をした。


「レオニーさんたちに、アルドリックさんを連れてくるよう頼まれたんです」


 ああ、それで、申し訳ない顔をしていたのか。アルドリックはようやく納得した。同時に、困ったなぁと思う。

 十六才の男子生徒としては騙されたことを怒るべきなのかもしれない。だが、まったくそういう気持ちが湧かなかったのだ。誤魔化すように眉を下げる。


「僕、そこまでなにかしたかなぁ」

「たぶんですけど、ビルモスさまに名前を確認されたことが気に食わなかったんだと」

「ええ」


 そんなことで、という台詞を、アルドリックはどうにか呑み込んだ。この学院では、「そんなこと」が大事になるのだ、と。よくよく思い知っている。

 罪悪感と気まずさが入り混じった顔のゾフィアが気の毒で、アルドリックはなんでもないふうにほほえんだ。

 本当に同級生であれば、多少はひるんだ可能性もあるものの、二十五才のいい大人である。「黒狼」に襲われるだとか。そういった緊急事態でない限り、どうとでもできる自信はあった。

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