第13話

「じゃあ、行ってみるよ。ゾフィアさんはなにも気にしなくていいからね。先に帰ってて」

「で、でも……」

「本当に大丈夫だから。中に入ったらいいんだよね」


 第三倉庫はもうすぐそこだ。

 躊躇う声を笑顔で交わし、倉庫の扉を押す。明り取りの窓から光が差し込んでいるものの、中は薄暗かった。


「レオニーさん?」


 呼んでみたものの、人がいる気配はない。おかしいな、とさらに二歩ほど進んだ瞬間。「きゃあ」という悲鳴とともに、背中にドンと衝撃があった。たたらを踏んだものの、どうにか止まって振り返る。足元にべしゃりと這いつくばっているのはゾフィアだ。


「ゾフィアさん? 大丈夫――ぅ、わ!」


 顔面にかかった液体に、アルドリックは小さく咳き込んだ。刺激物ではないようだが、口の中が苦い。


「っ、なに……」

「レオニー特製の、惚れ薬!」


 探していた人物の声に、入り口に視線を向ける。レオニーともうふたり。数日前の朝に絡んできたときと同じ三人組が、きゃらきゃらと笑っていた。


「もう、ゾフィアってば男好きのくせに奥手なんだから。編入生のことが好きなんでしょ? 見ててじれったくてぇ」

「だからぁ、私たちが後押ししてあげる!」


 優しいでしょ、なんて。とんでもないことを嘯いたのを最後に、扉が閉まる。呆気に取られていたアルドリックだったが、鍵のかかった音に慌てて扉を叩いた。


「ちょっと!」

「よかったねぇ、ゾフィア」


 アルドリックの抗議など我関せずの調子で、扉の向こうで誰かが笑う。名指しを受けたゾフィアは、青い顔で座り込んだままだ。


「それとも、もしかして嫌だった?」

「そんなことないよぉ、ゾフィアだもん。あれ、でも、これ、学則違反なんじゃない?」

「大変! シュミット先生にちゃんと報告しないと。ゾフィアが編入生を連れ込んでセックスしてましたって!」

「やだぁ、学内での性行為って停学なんだよね。薬草部さえ受からなくなっちゃうんだぁ。かわいそう」

「ちょ……」


 あまりにもあまりにもな会話がどんどんと遠ざかっていく。呆然と聞いていたアルドリックは、我に返って叫んだ。


「ちょっと、あの子たち、悪趣味すぎないかな!?」


 なにが連れ込んでセックスだ。なにが停学だ。誓ってそんなことはしないけれど、ゾフィアにとっては暴力でしかないだろう。


 ――というか、これ、本当に惚れ薬なのかな。


 彼はなんと言っていたっけ。宮廷で聞いたエリアスの講釈を必死で思い出す。基本的には気の持ちよう。心拍数が上がるとか、そういった反応を恋心と誤認するだけ。

 それなら、まぁ、大丈夫だろう。おまけに、これと言った変化もない。言い聞かせ、アルドリックは袖で顔を拭った。

 ほんの少し暑い気がして、ついでに首元のタイを緩める。閉め切られたせいで、息苦しいのかもしれない。はぁ、と息を吐いたアルドリックだったが、はたとゾフィアを振り返った。


「だ、大丈夫。大丈夫だからね、ゾフィアさん」

「だ、大丈夫って……」


 立ち上がっていたゾフィアが、顔に手を当てたまま、じりと後じさりをする。


「アルドリックさん、飲みましたよね?」

「飲み……いや、まぁ、ちょっと口に入ったかもしれないけど」


 鬼気迫った様子に、慌てて取り繕う。

 変な味だなと知覚する程度には口に入ったけれど、でも、たぶん、本当にたいした量ではないはずだ。


「でも、本当にちょっとだし。それに、こういうのって気の持ちようじゃ……」

「気の持ちようって」


 眉を吊り上げたゾフィアだったが、アルドリックの顔を見て、ああ、とうなだれた。そうだ、そうでした、と呟く声が暗い。


「あの……?」

「アルドリックさん、知識があやふやになってる部分があるんですよね。忘れてました。気の持ちようって、流しの方が売ってるもののことを言ってますよね」

「あ、……うん、そうだけど」

「流しの方たちもそうですけど、薬効を気の持ちようで抑えることができるということは、知識がきちんとしているということで。つまり、その気になれば、薬効の強いものも作れるということで、だから、その、レオニーさんのそれは」


 たぶん、ふつうに、強めの媚薬で、と続いた消え入りそうな説明に、アルドリックはもう一度叫んだ。


「ちょっと、本当に悪質すぎないかな!?」

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