第11話
翌日の放課後。イダと同じクラスだった男子生徒から話を聞いていたアルドリックは、ふと背後を振り返った。
「なに、どうかした?」
「あ、いや、視線を感じた気がしたから。……なんだ、ゾフィアさんか」
少し離れた花壇の前に立つゾフィアを見とめ、得心する。もしかすると、自分に話したいことがあったのかもしれない。
アルドリックの視線の追った男性生徒が、ゾフィアか、と意味深長に呟いた。
「仲良いの?」
「仲が良いというか、クラスが同じで。親切にしてもらってるけど……」
「さっきさ。イダのやつ、実技の成績は良いけど、気もきついって言っただろ? うちのクラスの女子も何人もやられてたけど、ゾフィアもよく絡まれてたよ。寮が一緒だとかで、目ぇ付けてたみたい」
ほら、ゾフィア、言い返さないから。続いた台詞に、ああ、と相槌を打つ。ごく自然に「かわいそうに」と思ってしまう程度に想像は易かった。
「いろいろ教えてくれてありがとう。もし、またなにかあったら教えてね」
「もちろん。でも、おまえもな。がんばれよ、探偵ごっこ」
揶揄いに、はは、と笑い返す。不謹慎と承知しているが、そういうていにすることが一番都合が良かったのだ。
さて、と。アルドリックはゾフィアに近づいて声をかけた。
「どうしたの、ゾフィアさん。もしかして、僕になにか用事だった?」
「すみません、お話の邪魔をして」
「ううん、ちょうど終わったところだったから、気にしないで」
にこりとほほえんで応えると、彼女はおずおずと切り出した。
「実は相談したいことがあって。できれば、人目のないところで」
「構わないけど、どうしたの? レオニーさんたちのこと?」
力になると言ったのは自分である。柔らかく問い重ねれば、ついてきてくれますか、という返事。緊張した面持ちに、アルドリックは首を傾げた。
「それは、構わないけど。ここじゃ駄目だった? 中庭もあまり人がいないんじゃないかなと思うんだけど」
「今はそうなんですけど、生徒が通ることも多くて。だから、その」
しどろもどろな態度に、そうなんだね、と慌てて頷く。相談をする声かけにも勇気を出してくれたのだろうと思ったからだ。
「じゃあ、ゾフィアさんの落ち着くところに行こうか」
「……ありがとうございます」
こっちです、と硬い声で応じ、ゾフィアが歩き出す。その隣に並びながら、この子、またひとりだったなぁ、とアルドリックは余計なことを考えていた。
教室の様子を見る限り、ずっとひとりというわけではないようだけれど。
――まぁ、でも、たぶん、レオニーさんたちのきつい当たりに一緒に立ち向かう感じではないんだろうな。
「すごいですね」
「え?」
「編入して一週間も経っていないのに、あっというまに友達ができて」
「ああ、うん。……その、男の子と女の子じゃ違うだろうけど。ほら、僕、こんな顔だから。よく言われるんだよね、気が抜けるって」
そういえば、ビルモスさまにまで「ぼんやりした」って言われたな。思い返して笑うと、つられたように彼女も笑みを浮かべた。その反応に、ほっとする。
「でも、ちょっとわかります。アルドリックさん、すごく話しやすいので。こんなふうに男の子と喋るの、はじめてかもしれません」
「十六才の男の子は、同級生の女の子と話すと、ちょっと緊張しちゃうかもしれないね」
「大人みたいなことを言うんですね」
「本当だね」
そのとおりの指摘すぎる。はは、と苦笑で誤魔化し、もう一度様子を窺った。
いじめの相談に乗りたい気持ちも事実だが、被害者たちに関する情報も多く集めねばならない。申し訳なさはあったものの、アルドリックは踏み込んだ。
「言いにくかったら言わなくてもいいんだけど、聞いてもいいかな」
「なんでしょうか?」
「クララさんとイダさんは、どんな子だった? 興味本位と思われてもしかたがないんだけど、編入して早々こんな状況だから気になって。クララさんは同じクラスだったし、イダさんとは寮が一緒だったんだよね」
沈黙。夕方に近づいてなお明るい日差しが、物憂げな横顔を照らしている。
生徒の声は聞こえず、周囲は静かだった。安全な本来の放課後であれば、活発な声も響いているのだろうか。急かすことなく待っていると、彼女は静かに口を開いた。
「ふたりとも優秀でした。とくに実技の面において。魔術兵団の入団を目指していたみたいです」
「そうみたいだね。編入のあいさつで少しお話ししたけれど、シュミット先生も残念がっておいでだったよ」
「そう思います。魔術兵団を目指す生徒は、先生のお気に入りですから。優秀で誰からも恨まれない生徒と仰ったのではないですか」
「ゾフィアさんから見たら、そうではなかった?」
丁寧な言葉の裏に潜む攻撃性に気づかぬふりで、穏やかに問いかける。また、少しの沈黙。
「こんなことを言うことはよくないとわかっていますが、彼女たちがいなくなってほっとした生徒は何人もいると思います」
「きみも?」
不躾な問いに、ゾフィアは自嘲をこぼした。
「『黒狼』に感謝をしなかったと言えば、嘘になります。……最低ですよね」
糾弾しようという気には、とてもなれなかった。
シュミット女史は彼女の予想通りのことを語ったが、そんなことはないだろうと思っていたからだ。
被害者たちを悪く言いたいわけではないものの、揉めごとのひとつもないというのは無理のある証言だろう、と。
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